8 麹菌を採るつもりが

 うどんの汁に必要なものといえば、出汁と醤油だ。

 いりこが手に入ったから、次に手をつけるのは醤油だろう。

 そう思いつつ、取り敢えずいりこ出汁と貝出汁、塩をあわせたつゆで温かいうどんを食べる。

 うん、悪くはないけれど、やっぱり醤油が欲しい。


 我が故郷香川県は、醤油作りがそこそこさかんだった。

 有名なのは小豆島や坂出だけれども、高松にだって幾つか醸造元がある。

 小学生の社会科見学でもお馴染みだ。


 当然私も、作り方を知っている。

 大雑把にではあるけれど、だいたいこんな感じだ。


 ① 蒸した大豆と炒って砕いた小麦を混ぜ合わせ、種麹を加えて、麹を作る

 ② ①の麹を食塩水と混ぜ合わせ、諸味をつくり、発酵・熟成させる

 ③ これを絞って容器に入れ、しばらく安置して、表面の油や底に沈んだおりを分離する


 これで生醤油の完成だ。

 市販の醤油にするには、この後に火入れ作業を行うけれど、私が使用するなら、時間停止状態で収納出来るから問題無い。

 生醤油うどんという食べ方も、讃岐うどんとして正しいし。


 さて、問題は麹菌があるかどうかと、此処に大豆がない事だ。

 ヒヨコマメもどきで、はたして醤油は出来るのだろうか。


『麹菌に酷似した菌は、ケカハの地にも存在しています。山岳地帯との境の森林部分に、小麦粉を練って蒸したものを置いておけば、分離可能な状態まで増やす事が可能です。

 また此処で収穫したヒヨコマメは、地球の大豆と比べ、脂質とタンパク質が少なく、デンプンが多めです。ですので小麦をやや少なく、ヒヨコマメを多めに使用する事で、似たような成分となる可能性が高くなります』


 なるほど、基本は小麦と大豆は1:1だが、ここで豆を多くする訳か。

 理解した。それではまずは山に、麹菌を採取しに行くとしよう。


 ケカワの地の南側の境は、海側から見える山脈の稜線だ。

 この山脈、高さはそこそこあって、最高地点はおおよそ1,060m。

 そしてこの山脈から麓近くまでは、それなりに水がある場所もあり、木も生えている。


 残念ながら平野部まで来ると川の水も伏流となって、あとは海のごく近くまで地上に水面が現れないのだけれど。


『例外的に冬の雨期、洪水となった時は平野部の河川にも水が流れます。その際は河川だけでなく周囲も水浸しになります』


 全知よ、悲しい補足ありがとう。

 さて私は、麹菌を採取すべく、脳内に浮かんだ地図を適当に指定。

 この前箸となる雑木を採取したのより更に山側、そこそこ木も草も生えている辺りへと移動する。


 川が一応流れている辺りに到着。生えているのは、凸凹した太い幹に、やたら枝分かれしている、小さい葉っぱがついた樹木。


 下草は生えてはいるが、乾燥する夏季が近いからか、枯葉色をしている。

 ただ川沿いに生えている草に、なんとなく見覚えがあった。とうが立って、小さなサヤインゲンみたいな細長い鞘を大量につけている、この植物は……


『地球のアブラナ科の植物に近い種類です』


 やはりそうか。どうりで見覚えがあるはずだ。

 香川県には、菜花とかマンバなんて野菜が、季節によってはメジャーだったりする。


 菜花とはそのまま菜の花で、マンバというのは標準語でいう高菜の一種。

 このマンバもアブラナ科なので、放っておくと見た目も菜の花っぽくとうがたち、菜の花そっくりの花が咲き、種を作る。

 

 今は枯れているので、葉っぱや花は食べられない。

 しかし実がついているので、これは収穫可能だ。


『この実を、次に此処に生えるのに支障がない程度に、かつ徹底的に採取』


 そう念じると、そこそこ大量の種が収納に入った。

 もう弾け散っているかと思ったけれど、結構残っていたようだ。


 これだけあれば、菜種油を絞れるだろう。そして油と小麦粉があれば、天ぷらを作れる。

 うどんに天ぷら。最強の組み合わせではないか、これは。


 あと、確か大根もアブラナ科だったよなと、思い出した。

 ならこの植物の下に大根があったりはしないだろうか。


『残念ながらこの植物は、夏季は根まで枯れてしまいます。それに育ったとしても、根は食用にはなりません。 

 ところで麹菌の採取はしないのでしょうか?』

  

 すっかり忘れるところだった。

 この辺で取れるか、もう少し奥の方がいいか。

 そう思いつつ、木の枝先を見たところで、私はまたまた気づいてしまった。


 枝の先の方に、白い小さい花が、房状にまとまってついている。

 この花の形と葉の付き方、間違いなく覚えがある。香川県の県の花ともなっている植物、オリーブではないだろうか。

 

『地球のオリーブに近い種類の樹木です』


 良し! 時期になったら、オリーブ油も確保可能だ!

 あれは秋から冬に収穫だから、まだまだ先だけれど。


『それより、麹菌はいいのでしょうか?』


 そうだった。此処へは麹菌の採取に来たのだった(2回目)。


『木々の枝の間に、練った小麦粉をやや大きめに置いておいて下さい。適宜湿らせて乾かないようにすれば、数日で必要な菌が生えるでしょう』


 つまり醤油は、すぐには作れないと。

 今現在あるものを、いつものように採取出来ないのだろうか。


『菌類は小さすぎるので、見て集めるという方法は困難です。ですので見てわかる程度に生えた状態を作り出し、そこから対象の菌類を分離するという方法を取ります』


 見てわからないものは、見える状態にする必要があるという事か。 


『その通りです』


 なるほど、理解した。

 それでは今日は、麹菌については準備作業だけ。


 ただしこの場所で、菜種という貴重な収穫を得る事が出来た。

 だからもう少し、この辺りの山麓と山に良さそうな物がないか、じっくり探してみてみるとしよう。


※ オリーブ

  香川うどん県の県花・県木で、県章のモチーフにもなっている樹木。ご存じの通り、良質の油がとれる事で有名。

  なお世界的には地中海性気候のところにしか自生していない。つまりこの木が自生えている=地中海性気候と思っていい。


※ まんば

  高菜の一種で、香川全域で栽培されている。ただし西讃では『まんば』ではなく『ひゃっか』と呼ぶらしい。この葉っぱを油揚げや豆腐と煮た料理『まんばのけんちゃん』は、冬の香川のソウルフード。なお西讃地方では同じ料理が『ひゃっかの雪花』となるらしい。

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