第8話
「このあいだ服を買ってあげたじゃない?」
高校生になって初めての夏休みが近づいてきている七月上旬。
いつものように朝、夏の訪れを感じながら幼馴染と一緒に登校していた私に対して、よーちゃんは嬉しそうに言いました。
「はい。まぁ、と言っても未だ着れずにいるんですけどね……」
「ふふん!そんなことだろうと思ってたわ!今日の放課後、『おうちデート』をやるわよ、美月の部屋で!」
「おうちデート?……それって具体的には何をするんですか?」
「まずデートなんだから服は部屋着じゃなくてしっかりオシャレしとくこと。それから、もうすぐ学期末テストだから一緒に勉強するのよ」
なんだ、試験勉強ですか。
デートと言われたから、もっとこう、なんと言うか、イチャイチャみたいなのを私たちがするのかなと少し想像してしまいましたが、どうやら名ばかりのお勉強会のようです。
「良いですよ。なにか分からないとこでもあるんですか?」
「そうね、頭の良い美月には教えてもらいたいことが沢山あるわ」
「なんか含みのある言い方ですね」
「気のせいじゃない?」
こうして放課後、私たちはお勉強会もとい『おうちデート』をすることが決まったのでした。
放課後によーちゃんに勉強を教えることになるため、授業中にさらっと分かりやすく重要なポイントなどをノートにまとめておきます。内職してても真面目だけが取り柄な私は疑われることすらされません。いやまぁ、ちゃんと授業も聞きながら並行して物事を行っているので、仮にバレてもそれは時間を無駄にしないように工夫するのは偉いことだねって先生に逆に褒められてしまい兼ねないのが、この私なんですが。
「ねぇねぇ小岩井さん!夏休みにみんなでバーベキューに行くつもりなんだけど、一緒にどうかなっ?」
「………みんな?」
みんな?
おかしいですね、その「みんな」の中に私は含まれてないのでしょうか?それとも私も後ほど同じように誘われるのでしょうか?
四限目までの授業を終え、お昼休みに突入した生徒たちは毎度毎度懲りずに、必ず一度はよーちゃんにむらがるんです。
今日はどうやら夏休みに遊ぶ予定を立てていたみたいで、それによーちゃんもどう?みたいな展開が繰り広げられています。
「きっと楽しいよ!」「俺らバーベキューとか慣れてるから!」「そうそう!小岩井さんに楽しんでもらえる自信あるぜ!」
クラスの男子たちがいつものよーちゃんとは違った反応を見て、これはいけるかもと思ったのか猛アピールを始めます。
「………そう」
けれど、何かを考えこんでいる彼女は彼らに微塵の興味も示さず、ただいつも通りの淡泊な返事をするだけ。
「そのみんなって、クラスメイト全員?」
「あー、……そうだね!全員誘う予定ではいるよっ!けどね、ここだけの話……」
一番最初によーちゃんをバーベキューに誘った女の子が、なにやらよーちゃんの耳元で囁いています。まぁ、だいたい何を言っているのかは予測できますけれど。
「………行かない」
「えっ?」
「つまらなそうだから、行かない」
そう言ってよーちゃんは席を立ち、教室から出ていきました。そんな彼女を止める人なんて、勿論いるはずがありません。
よーちゃんに何かを耳打ちした女の子は突然の拒絶に驚いたまま固まり、周囲の人たちも結局はいつもと変わらないよーちゃんの淡泊で掴めない応対に落胆し、教室の空気は微妙に気まずいものとなってしまいました。
そんな気まずい空気も昼休みが終わる十分前あたりにはすっかり霧散して、教室は夏休みに思いを馳せる生徒たちの活気で満ち溢れています。
けれどよーちゃんは、未だ教室には戻ってきていません。
そろそろお手洗いに行くついでに幼馴染を探してみようかと廊下に出ると、私は誰かに腕を掴まれました。
掴まれた腕に視線を向ければ私のよりも大きそうな手。
そこにつながった腕から順々に視線を追っていけば、平均的な背丈に呪いたくなりそうなほどの大きさをしている胸部。おどおどしている様を見るとどことなく、あ、気が合いそうだなと思えてしまう雰囲気。
彼女はニヘラと笑いながら言いました。
「わ、わたっ、わたしっ!み、みみみみみ、み見て、まし、ました!」
「な、なにをですか?」
「朝。きょ、教室でキスしてるとこっ」
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