ツンデレで小悪魔で掴めない小羊は今夜、淫らなネコに転職します

百日紅

プロローグ

第1話

 高校一年生。六月下旬。梅雨。じめじめ。


「蒸し暑いわね、この部屋」


 勝手に人の部屋に忍び込んできて、第一声がそれですか。


 大した予定のない、ごく普通の日曜日。

 小さい頃から家が隣同士という理由でよく私の部屋に猫のように転がりこんでくる幼馴染は、今日も今日とてやることも無しに忍び込んで、当たり前のように私の隣に腰を落ち着かせています。


 小岩井こいわい よう


 それが彼女の名前で、学校では同性の私ですらたまに見惚れてしまうスタイルや美貌から、陰で『夢の世界の小羊こひつじちゃん』なんて呼ばれたりもしています。

 なかなか親しい友達を作らず、学校のみんなの輪にも入りたがらない、どこか掴めない彼女。まるで手を伸ばしても届かない美女としてそんな二つ名が付けられたみたいですが、彼女にピッタリですね。


 だって彼女、幼馴染としてずぅーっと一緒にいる私ですらたまに何を考えているか分からないし、掴みどころが本当に無いんですもん。


「今日も何しに来たんですか、よーちゃん」

「べつに?ただ除湿をつけるにしてもエアコン代が勿体ないじゃない。せっかく家が隣なんだから、美月みつきの部屋で一日ごろごろした方が得と思っただけ」

「……そう、ですか。割と打算的なんですね。幼馴染としては少しショックです」

「えっ?な、なんでよ」

「打算で私の部屋に来ただけで、私と一緒にいたいとかは思ってなかった訳でしょう?はぁ、今まで割と私、よーちゃんの面倒を見てきたつもりでしたけど、所詮は打算に負けるほどの好感度だったんですね」


 そう言いながら私は彼女が来るまで読んでいた文庫本を置いてエアコンのリモコンを取り、除湿をつけます。

 ちらと隣に座る彼女を見れば、確かに汗をうっすらとかいていて半袖の白いシャツがぴたっと肌に貼りついているみたいです。


 彼女はそんな煽情的な姿になりつつある自身の格好なんてまるで意識していなくて、ただただ狼狽えています。


「な、なんでそうなるのよ!私はべつに―――」

「冗談です」

「へ?」

「最近よくその私には無い胸を強調してわざと当ててきたり、スタイルの良さを見せつけるためにやたら学校でも私の隣を歩いてきて、でしょう?でしょう?いつも言ってるのに、学校では地味な私には近づかない方が良いって。まぁ良いんです。反応してないだけで、よーちゃんの思惑は分かってるんです。これはその、ちょっとした仕返しってやつです」


 彼女のようにぱっと目を引く容姿でもなく。

 彼女のように誰からの評価も気にも止めない性格でもない。


 そんな私は『月のように美しく輝いた人生を送る女の子』という意味で付けられた名前にふさわしくなく、親や幼馴染の彼女以外と目を合わせられなくて前髪で顔の半分を隠してしまうような地味な性格の女の子。


 私は「はぁ」と小さくため息を吐いてから立ち上がります。


 彼女は私の冗談に顔を赤くしてぷるぷると小刻みに震えています。

 もしかしなくても結構怒ってますかね?これ。


「し、死んじゃえ!美月なんて死ねばいーんだ!」

「はぁ」


 私はもう一度ため息を吐きます。


「本当に私に死んでほしいんですか?」

「そうよ。美月なんて死ねばいい」

「そうですか。……お茶を取ってきます」

「待って」


 彼女が歩き出した私の手を掴みます。


「なんですか?」

「や、やっぱり死んでほしくない。美月にはずっと長生きしてほしい///」

「………」

「美月?」

「………そう、ですか。……あの、お茶、とってきます」

「うん」


 部屋を出ます。


 歩きます。


 階段を下ります。


 リビングに入ります。


 冷蔵庫の前に立ちます。


 しゃがみこみます。


 ………悶えます。


「~~~~~~っ!」


 なんですか今の。

 横座りで私の服をちんまりと引っ張っちゃったりして。おまけにあんなことを言われたら、ドキドキしちゃいますよ。

 同性で、そこらの男子みたいに恋愛フィルターも何もかかってない私ですら悶えてしまうこの破壊力。


 危ないです。

 意識してしまいそうです。これからも気をつけないと。



 ◇ ◇ ◇


 顔が熱い。恥ずかしい。

 部屋を出て行った美月の、あの驚いた顔。……隠すように出て行ったけれど、美月も顔が赤くなってたような。ちょっぴり嬉しい。


 いやそれよりも!


 ふつふつと怒りが湧き上がってくる。


 高校生になってから、全然女の子として意識してくれない“みーちゃん”に振り向いてほしくて。

 恥ずかしいけれど、それらしい行動をとり続けてきた。

 けれど、美月はまったくそれを私のアピールだとは認識していなかった。意地悪されてると誤解してた!


 そんな訳ないじゃない!


 もう頭に来た。

 今日からはもっと攻めて攻めて攻め倒して!

 さっきみたいに美月の顔を真っ赤にしてやるんだから!!


 そう意気込んだところで、着てきた白いシャツが汗でぴったりと肌にくっついて、胸のボディラインが少し強調されてることに気づく。


「あ、あわ、あわわわわわ」


 ちょっとこれは、やりすぎかも。

 私にはまだ早いかもしれない………。

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