魔王による魔王のための支配

ザクロ925番

第1話 魔王降臨


 ある日突然、天から声が降ってきた。

 大陸全土に響き渡る大音量。どこにいても誰でも、貴族から農民、賎民、奴隷に至るまで全ての人間はこの声を聞いた。


《妾は魔王である。たった今より、この大地の全ては妾の所有物となる。首を垂れてせいぜい、恐れ慄くがよいぞ! はーっはっはっ!》


 おどけてふざけた感じの喋り方で、どこかいとけない少女じみた甘い声。自分勝手でワガママなことがよくわかるような語り口だ。

 けれども、歴史に類を見ないほどの大規模かつ広範囲な拡声魔法を前に、絶大な力の差を、人々は思い知ることとなった。


《それではまず、虐殺から始めるとするかのぅ。妾は魔王じゃからな。横暴であるからして、殺戮が大好きなのじゃ。なので、手始めに……妾が嫌いな奴はことごとく、順番に殺すぞ♡》


 物凄く明るい語り口だが、内容は剣呑だ。

 心の底から殺戮が楽しみで仕方ありません、というのを隠しもしていない。

 なるほど、魔王というのは本当のようだ。

 多くの人々は瞬時にそれを察した。

 古来より、魔王というのは一千年に一度現れて、この世の全てを手にせんと暴虐の限りを尽くすものであると語り継がれている。

 魔王が発生する原因は不明であり、自然発生するのではと考えられているが、なにぶん、前回魔王が現れたのは千年前なので詳細な記録が残っていない。また、残っている資料によると、魔王の正確な出現時期や正体ではなく、魔王がどのように大陸を蹂躙したのかを記すばかりであった。

 曰く、毎日百人の娘を召して嬲り殺したとか、余興のために勇猛な戦士を剣闘奴隷に堕として殺し合いをさせたとか、酷い場合には無辜の民を集めて長期間の拷問の果てに殺した。などなど、枚挙にいとまがない。

 先の魔王の暴虐は約五十年続き、現れた勇者によって討伐されたのだが、記録によると魔王はどこからどう見ても年若い青年にしか見えなかったという。つまり、恐らくは老いがないのだ。

 別な時代の魔王は五百年近く大地を支配下に置いたという伝承もあるので、討伐は著しく困難であり、倒さなくては永遠に君臨し続けるということでもあった。

 何より恐ろしいのが理不尽なまでの魔法の力で、雷を落とす、真夏に雪を降らせるなどはもとより、命を弄ぶことまで容易にやってのけるという。

 今代の魔王が現れてしまったーー。

 人々は恐怖により絶望し、心の弱い者はその場で蹲り膝を着いたのだが、次の魔王による発言は意外なものだった。


《まず、横領をして暴利を貪る悪徳領主は全て殺すぞ。王族もじゃ。まあ、横領していても領地のために働いた方のメリットが大きいと妾が判じた者は殺さぬが、理不尽に税を上げ領民をいじめる者は即刻処刑じゃ。死ぬがよい。さん、に、いち!》


 魔王によるカウントダウン。その時点で、大陸に存在する六国それぞれで国が定めた税率を無視して自領の民から非合法に富を巻き上げていた悪徳領主、及び、悪徳役人は死亡した。全員、その場で倒れての即死である。


《おぉ、ず、随分多く死んだのぉ。では次じゃ。十五歳未満の子供を売り買いし、搾取した者も全員処刑とするぞ♡ さん、に、いち!》


 今度は、奴隷商人や女衒、児童買春などを行ったことがある者が全員死亡した。これもやはり即死である。


《ぇ、えぇ〜? 思ったより多いのぉ。妾、魔王じゃがこれは……ちょっと引くぞ? では次じゃ。なんの罪もない女に無体を働き、辱めた者を殺すぞ♡ 妾は女じゃからな。女に優しくない者は嫌いじゃ。妾が嫌いなので漏れなく殺すぞ♡》


 さん、に、いち!

 掛け声の後に、盗賊や山賊、海賊、強盗などは勿論、女に対して強姦をしたことのある性犯罪者が全員死亡した。これはかなりの数であった。街で、村で、あらゆるところで死体が溢れた。


《沢山死んだのぅ! うむうむ、これは妾も予測しておったぞ。まあまあの死者数じゃ。これより先も、先述の罪を犯した者は即刻死亡するよう、魔法で設定しておいたのでな。ゆめ忘れるな!》


 この時点で、人々は気が付いていた。

 あれ? この魔王、なんかおかしいぞ? と。

 確かに殺戮の限りを尽くしてはいるし、殺した数も相当なものとなっているし、慈悲も情け容赦も無いのは事実なのだが、殺される者には一応、理由がある。

 いや、趣味嗜好により殺しているのは事実ではあるし、判決が処刑一択しかない極端な残虐さがあるのもまた事実だが……価値観が魔王らしくない。


《では次じゃ。妾は魔王じゃからな。魔王らしく理不尽に人間を拷問するぞ♡ まず、反抗せず大人しく、真面目に働いている奴隷や賎民に鞭を打った者を、順に広場に引き立てて同じだけの鞭打ちの刑に処するぞ。あっ、因みに、理由なく子供に鞭を打った者や殴った者も同罪として、鞭打ち刑じゃ。せいぜい高らかに悲鳴を上げよ!》


 この魔王、子供好きでは?

 人々は訝しんだ。

 ていうか、理不尽じゃなくない?

 恐らくは魔法によるものだろう。普段から奴隷の扱いが酷すぎると評判になるような鬼畜ばかりが、ふわふわと浮遊魔法で自動的に最寄りの広場に運搬されて、空中に出現した鞭でビシバシ叩かれている。その叩かれている誰もが、奴隷でなくとも顔を顰めるほどの嫌われ者ばかりであり、あいつならああなって当然だよ、と思われる者たちばかりなのだ。


《むぅ、どうやら、虐殺の結果、保護者のない子供が沢山出てしまったようじゃ。かなしいことじゃのぅ。かわいそうじゃのぅ。そういった身寄りがなく食うに困ってしまった子供は、一時的に妾が身柄を預かるぞ! それでは……とくと見るがよい! 天に聳えるは、妾力作の空中移動式魔王城じゃ!》


 天に、島が浮いている。

 大地をそのまま丸くくり抜いたような大地が浮かんでいて、その上には巨大な漆黒の城が聳え立っている。

 誰もが呆然と空を見上げるしかなかった。

 この世界では、空を飛ぶものなど、鳥か魔物ぐらいしか存在しないのだから。

 大地ごと城を空に飛ばすような、反則級の大魔法。難攻不落の魔王城の威容を前に、人々は言葉を失った。およそ、人類には太刀打ち出来ぬ相手だと悟ったのである。


《妾の享楽により孤児となってしまった子供は、諸々の準備が落ち着いたら元いた場所に帰すぞ。それと、死体だらけなのをそのまま放置したら衛生状態が悪化してしまうので、防腐魔法を一週間限定でかけた。面倒を掛けるが、残された者でどうにか葬るがよい。それと、人口が予測より大きく減ってしまったようじゃから、特別サービスで現在生存している者全てに傷病回復魔法を掛けておくぞ。妾が配下となりたい者は、追って募集要項を連絡するので、待て続報! じゃ!》


 世界に驚く声が途切れて、生き残った人々は不安にざわついた。

 人によっては近親者が殺されて嘆き悲しんでいたり、取り乱し叫んでいたりはしたが、方々に存在する、ごく普通の、善良な人々は、色々な土地で、それぞれに、同じことを呟いた。


「なんか、あの魔王……下手な王族よりまともじゃないか?」

「少なくとも、農民のことを考えている辺りはかなり信頼出来ると思う」

「死体だらけ、つってもなぁ。戦争するよか被害は少ないし、衛生面にも配慮するあたり、なんだかなぁ」


 魔王の処刑を免れた人々は普通に善人ばかりだったので、多くが「うーん」と唸って頭を捻ることになった。主に、害にしかならない貴族や役人、その土地の嫌われ者や鬼畜や犯罪者しか処断されていないので、今ひとつ反抗心が湧いてこない。

 普通なら、魔王が現れたとなれば各地で勇者として若者が任命されて、魔王討伐のために旅に出るものではあるのだが、今回に限っては、各村落ではなんとなく、結論が出せずにいた。

 これは各国の王宮でも同じことで、生き残ったのが普通に善良で普通に国のことや民のために働いている貴族官僚役人ばかりだったので、彼らは非常に頭を悩ませた。


「とりあえず、もうちょっと様子を見てみましょうか」

「転移魔法で攫われた子供たちの身柄が心配ですが、空を飛ぶ手立てがない以上、祈るしかありませんね」

「一応、勇者チームを組織しましょう」

「配下を募集すると宣言していたことだし、同時進行で、魔王城内に潜入するための隠密を集めましょう」


 こういう訳で、突然現れた魔王は、圧倒的な力と殺戮を纏っていたものの、あんまり人々から恐れられない、という、非常に珍しい登場となった。


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