終焉ノ世界ノ最終紀行

ロクボシ

第一話 終焉ノ世、一人ノ少女

“いつ、死ぬのかな”



 終末の世界の中、彼女はそんなことを考えていた。灰色の空、冷たい雫が体を濡らしていく。地面もやがて、泥濘ぬかるんでいく。ぼさぼさの長い髪は重くなっていく。


 都合の悪いことに、周囲に雨宿りができるような建物は無い。ヒビ割れた道に倒壊した建物、世界はこんな物ばっかりだ。



 なんでこんなとこに来ちゃったの?



 そんなことを考えながら、かつてビル街であっただろう廃墟群の方向へ向けて彼女は歩きだした。




 もう戻れなくなるとわかっていながら。




 1節 冷えた熱と冷えない感情



 足を進めて廃墟群に着いた彼女は、街を、街だったものを、歩いていた。



 彼女や、それ以外の世界の住人にとっても当たり前な光景ではあるが、不思議な景色である。



 人の気配がなく、建物は廃墟になって、道路には点々と小さな池があり、そこらじゅうから植物が生い茂っている。



 時々ある高い草をかき分けながら、しばらく生活できそうな建物を探す。



 雨と土の匂いが鼻を突く。



「ここがいいかな」



 そう細い声で呟いた彼女は、比較的良好な状態の建物の中に入っていった。



 しかし、今の彼女は何も物資を持っていない。缶詰の一つもないのだ。



 草原や森の中ならまだ食べられる物が生えていたりするが、ここは街の中。ロクな食料なんてほぼ残っていない。



「なんで出てきちゃったの……?」



 いらついた表情と声でそう言った。



 彼女は3日ほど前、家出した。両親と暮らしていた小さな廃墟から飛び出してきたのだ。



 過保護で無駄な世話ばかり、彼女がそう思い込んでいた親から離れるために。実のところ、11歳程度の彼女への接し方としては何もおかしな所は無かった。



 だが、その態度が彼女は気に入らなかった。それゆえついに喧嘩し、怒りのあまり家を抜け出してきた。



 一人だけいた兄も、たった数ヶ月前に怪我から侵入した感染症により命を落とし、それが彼女にとってかなりの衝撃だったことも関係しているのだろう。



 家を出て行った後の両親は不安にさいなまれたが、いずれ起こりうることだっただろうと、自分たちも命の危険にさらされるために捜索を諦めた。



 家族の分断など、こんな世界ではよくあることだ。だが、感情を抑えておけるかはまた別のことだ。



 彼女の感情はもうぐちゃぐちゃだ。



 怒りのまま出てきたため、帰り道なんてほとんど覚えていない。精々大きな山があったとかそれくらいだ。泣きそうになりながらひたすら入った建物を上に上がっていく。



 だが、街は広大かつ入り組んでいる。



 地下は二百メートルから上空は六百メートルまで、隣同士の建物は何十階か毎に互いを連結したりしながら立体的に築き上げられている。



 もはや建物の上に建物があり、それらが全て一つの巨大な建物になっているような立体都市だ。



 それゆえ普通の都市に比べ崩壊は進んでおらず倒壊の心配はあまりないのは不幸中の幸いだろう。



 しかし、長い間住んでいたりしない限り、看板を見ながらでないとかなりの確率で迷子になる。さらに、その看板も文字らしい文字は読み取れない。



 看板を道標にするのは不可能に近いだろう。



 つまり、彼女は迷子になってしまったのだ。



 何もすることができないまま、彼女は適当な部屋に倒れ、天井を見つめた。



 休みを挟みつつなものの、3日前から歩き続けた彼女の体力はもう限界だ。寝たら命に関わる、そう分かっていても睡魔に勝てず、彼女は深い眠りに落ちた。




 2節 新たな遭遇



「ん……?」



 彼女が目を覚ますと、そこは寝た部屋とは別の部屋だった。そして、時間帯は夜、焚き火の灯りと熱も感じられる。



「あ、起きた?」



 彼女のすぐ近くから、明るい女性の声が聞こえた。



 目を開ければ、焚き火の灯と宵闇よいやみに照らされ、灰色のコンクリートが色付いてグラデーションする部屋が映った。



 声の方に目をやると、そこには明るい茶髪の元気そうな少女がいた。そして、さらに男子が2人、落ち着いた雰囲気の人と元気そうな人が部屋の奥から見守っている。



 3人の年齢は、皆15歳から17歳くらいに見える。



「誰……?名前は……?」



 彼女は怪しい者を見る目で言った。



「そっか、怖いもんね、先に名前言うね。私の名前はリノ!そっちにいる静かそうなのは、レイトで、うるさそうなのはイブキね。よろしく!」



「わ、私はハルカです。よろしくお願いします」



 たどたどしく、ハルカはそう答えた。



「ハルカちゃんはなんであんなとこにいたの?服も体もボロボロじゃん」



「えっと、私は……」



 なかなか切り出すことはできなかった。ハルカは頭の中で事を整理し、やっと自分のしたことの程度に気がついた。すると途端に涙が零れ落ち、止まらなくなった。



「どうしたの!?」



「えっ、と…………」



 ————



 数分すると泣き止み、ハルカは事情を説明した。



「なるほど。お父さんとお母さんとケンカしてきちゃったんだね」



「リノさんとレイトさんとイブキさんはなんで一緒なの?」



 そう質問すると、三人は話をしてくれた。



「俺たちはな……言われてみればなんでいるんだ?」



イブキお前が食いもんなくてぶっ倒れてるのを僕が見つけて、僕がリノと知り合いだったからここに連れてったんだよ」



「ああそうだった。その節はほんと世話になったわ」



「もう二年くらい前かなあ、懐かしいね。ちょうど食料がなくなりかけだったから見捨てることもできただろうに、レイトが優しいからわざわざ水と缶詰持ってったんだよね」



「変なことは言わなくていい」



 この崩壊した世界では、困っている人を見捨てるなどおかしくない。それこそ、食料が枯渇状態なら尚更だ。それなのに助ける、というのは、レイトが本当に優しい人である証だろう。



 その話と三人の和やかな雰囲気がハルカを安心させたのか、少し肩の強張りが和らいだ。



 その後しばらく四人で談笑した後、ハルカはボロボロの寝袋を一つ借り、焚き火の火を消し、眠りにつくことにした。



「じゃあ、ハルカちゃんおやすみ。また明日ね。イブキとレイトもおやすみ」



「おやすみなさい」「おやすみ」「おや〜」




 また明日、陽が昇れば四人で起きる。




 ここから、不思議な関係の四人の日常が始まった。

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