2-1
フレックは速くもなく遅くもない馬車に揺られていた。
窓から外の様子を覗う。
穏やかな田園が続いていた。
目的地までまだ遠い。
手持ち無沙汰を紛らわすように、東部魔境戦線に関する報告書へ目を通す。
カミオカンデ王国の東部に位置するワースワース領。
その領地の真隣には人類未踏の人外魔境がある。
そこには弱肉強食、暴力と暴食の世界が広がっている。
人類とは明らかに違う生態系、思考能力、意思疎通能力を保有する魔物達の世界である。
魔物達は魔力を持ち使用する知識もある為、本当に凶悪だ。
そして人類を隙きあらば捕食しようとしてくるのだ。
魔境の上位種に捕食される側の下位種が、更に弱い人類の味を覚えてしまった結果である。
黙って捕食される人類ではなく、元々魔物の被害にずっと遭っていたワースワース領の人々は強く、争いは激化した。
そうして次第、戦線は出来上がった。
それが東部魔境戦線である。
戦線は後退することはなかった。
かといって攻勢に出ることも出来なかった。
引き下がらぬように維持し続ける日々が続いた。
その内に問題を起こした若者、特に貴族を教育し直す場に利用されるようになった。
死と隣り合わせの場所。
貴族だ血族だ血脈だ身分だなんてものは、通用しない魔境の脅威。
その現実に、それでも戦わねばならないことに、目が覚めない人間は死に、目覚めた者は変わる。
そんな感じである程度成果が見込める再教育方法になった為、カミオカンデ王国の貴族達はこぞって廃嫡出来ない問題児を魔境戦線へ送る様になった。
ちなみに魔境戦線で死亡すると中央では名誉の死になるので、問題児に頭を抱えていた貴族の面目は躍如される。
悲しみは、その後静かに粛々と同じ轍踏まぬように家訓とするばかり。
ヘリオスフィアに婚約破棄された糞屑問題児フレックも、もれなく東部魔境戦線へ派遣されることとなった。
しかしていくら何でも12歳の子供が行くような場所ではなかった。
けれど落としどころはそこしかなかった。
でなければ廃嫡だ。
それだけは避けたいと考えた一族の温情と、フレックの能力を見込んでの文官としての派遣であった。
通常は一般兵士、使いっ走り扱いから始まる。
それが前線には出ない文官だ、破格の待遇と言えよう。
そこが中央の常識が通じない東部、だとしても。
フレックは自身が纏めた報告書から顔を上げた。
窓から見える景色に目を遣るが、目的地までまだまだ遠いのが分かった。
何度読み直しても変わらぬ字面にはもう飽きていた。
そもそも自分が書いた文書だし、誤字脱字なんてとっくに全部撃退してる。
かといって、外を眺めるのにはとっくに飽きていた。
一眠りしとくか。
フレックは座り直して目を閉じた。
眠りにつくまではいつも通り。
幼い頃を思い出す。
まだヘリオスフィアの婚約者で居られた、あの頃を。
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