靴の剥がし方

@hakotya

靴屋

だから脱がすじゃないってば、剥ぐんだよ。

そう、剥がすほう。

そんな顔になるほど珍しい? 一回くらいは聞いたことあるような職業だと思うんだけど。君の世代だとあんまり聞き馴染みないのか。


とりあえず、実際に体験してみるのが百聞は一見にしかずだね。

ふふ、緊張してる。

別に君は何もしないから平気、平気。

ただじっと見てればいいんだよ。

靴の剥がし方をね。


ほら、そんなこと言っているうちについたよ。ここがうちの工房。

ようこそ私達の靴屋へ。歓迎するよ。あ、引き戸の下段差あるから気をつけて


ね、やっぱり君も思うよね。ボロっちいって。

床は染みだらけだし、電灯は時代に合わない丸電球、木組みのせいでそこら中が軋んでるし、

あと、ちょっと臭う。

それともやっぱり周りの靴の方が気になる?

あはは、やっぱり。君からしたらそうだよね。

どう? 見た目は素朴なのが多いけど、こうやって壁の四面にずらりと並べば中々に立派だろ。 私も最初に見た時は驚いたよ。

ああ、別に私は店主じゃないんだよ。

最初にここに居たのは彼。呼べば出てくるかな。

爺さーん


来ないね。耳が遠い振りして無視してるんだよきっと。爺さん職人気質で気難しいからさ、賑やかなのは苦手なんだって。

この仕事も、始めはただ自分の気に入った靴をこうやって並べて鑑賞してたんだって。

それがいつの間にか、好事家とか政府のお偉いさんとかに気に入られるようになって、

知ってた?意外と高給取りなんだよ、この仕事。でも爺さんはそういう人達相手に商売するのは向いてないんだよね。いつだったか、靴を買いに来た人の靴が気になっちゃって、そこの染みはその時に・・・・・・

あの時は酷かったなぁ。

あ、ごめんね。興味ないよねこんな話。

さっそく始めよっか。

そこに靴脱いで座って。ほらはやく。

うん、えらいえらい。

それじゃあ、今日はどんな感じにいたしますかー? ふふ、なんて、美容師ごっこ。

実はもうメニューは決まっててね。「窓開け」と「くつ下」の二つだよ。

どんなことするのかって?それはやってからのお楽しみ。ちゃんと見ておきなよ。


その前に、まずはこれ。

私はこれでも結構下準備をするタイプでね、君も家で料理をする時は始めに材料を丁寧に洗うだろ?それと一緒だよ。この行程を挟むことで後の加工がやりやすくなるんだ。

濃度はこれくらいでいいかな。

いくよー。

はい、ぼちゃん

ほら、ちゃんと奥まで浸からせて。

まだだよ、染みきってないからね。一度上げて、もっかい。

うん、いい感じに溶けだしてきたね。もういいよ。


このくらい柔らかくなって表面がぶよぶよし始めたら準備完了。

最初は「窓開け」だから、必要なのはこれとこれ。あれ?爺さーん、タガネとトンカチ替えたのー?

えー、困るな。使い慣れた道具じゃないとやりづらいんだよね、私。

ま、しょうがないか。ちょっと待ってて。


お待たせ。ん? 別に、ただのマッキーだよ。窓を開けるときに間違えて他の場所を開けないようにしないといけないから、その目印。

初心者の頃はよくやるんだよ。


じゃあここで一つ。窓を開ける数は何個がいい? ほとんどの人は三個か四個なんだけど。

一個? はは、それは少なすぎだってば。

完成した時の通気性を維持して靴の寿命を延ばすためなんだから、それじゃ意味ないよ。

まだ決めれない?もー、優柔不断だな。

なら私が決めてあげる。

そうだな、様子見で最初は二個にしてみよっか。

よし、あれ?表面が滑ってマッキーじゃ上手く描けないや。


これも駄目。ちょっと想定外だな。でも他に良い方法も思い付かないし。うーん、どうしようか。


別にいいか、めんどくさい。

とりあえず、いけるところまでいってみよう。


こうやって爛れた表面の間にタガネを入れて、柄の底にトンカチを水平に添えたら、

準備はいい?

せーの


えい


あちゃー、やっぱり力加減が少し難しいな。弱すぎてもあまり意味ないし、ちょっと強くしてみるね。


えい


あ、ちょっと中身が出ちゃった。でも、なかなか鮮やかな色してるじゃん。良い靴になるよ、きっと。


えい


それじゃ、最後の一個いこうかな。名残惜しいけど、お疲れ様でした。



えいっ。






縺縺吶縺ョ縺ソ縺ョ縺ゅ縺溘 !!!!









あ、起きた。この指何本か分かる?


よかった、まだ頭はイカれてないみたい。

君が喋れなくなるとこっちも困るからね。でもあれが最後の言葉になっても、悪くないんじゃないかな。


それくらい新鮮でよかったよ、君の叫び声。

そうだ、中々起きてこなかったから先に「くつ下」まで終わらしておいたよ。


何があったか知りたい?


まずはね、ぐちゃぐちゃに膨らんだ君の足の皮を、肉の気泡を潰さないように細心の注意を払いながら剥がしていったよ。

剥ぎ終わった皮の見た目がちょうど「くつ下」になるみたいにね。

次は外干しだね。剥いだ足の皮が長持ちするように、ほら、君が頑張って「窓」を三つ剥がさしてくれたからさ、乾燥が早かったんだよ。

そして最後に、

いいや、実際に見せた方が早いや。



はい、これが今の君の足。

それとこれが君の「くつ下」



あは、そんな顔も出来たんだね、君。



ほらご覧よ、爺さんが君の「くつ下」を気に入ったみたいだ。

爺さんああなると私に仕事させてくれないから。

本当は「三枚おろし」も「二度漬け」も「千本通し」も私がやりたいんだけどね。


もうやめてくれって?


何言ってんの、まだ「くつ下」しか出来上がってないじゃないか。「靴」になるにはまだまだ序の口だよ。


ほら、暴れない暴れない。


じゃあ私床の掃除しなきゃいけないから、これで。

ごめんね。本当は私も立ち会いたいんだけど、爺さんがやると臭いがキツいから。


でも、今度はちゃんと爺さんの説明を聞いときなよ?

君も、親とか周りの忠告を聞いていたらこんなことにはならなかったのにね。

帰りたい?

だめだめ。

君はここで床の染みになるんだよ。


それじゃあ、またね。








あ、もしもし。 はい、お疲れ様です、先生。

ええ、今ちょうど終わったところです。

はい、はい。

ええ、彼女も別に大したことは言いませんでした。

最後の方は、ごめんなさい、許してくれって、それだけでしたよ。


はい、もう一人追加?


もう、私達も便利屋じゃないんですよ?

まぁ、高給取りなんで何も言いませんけど。

はい、はい。それでは。


今後とも、我が靴屋をよろしくお願い致します。

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