第52話

 「おっす、入間さん、川口さん」


 食堂にいた入間さんと川口さんを見つけた小川君は元気に挨拶をしている。それを僕達は後ろから見ている。


 「あ、小川君、それに二人も」


 入間さんはおーいと僕達に向かって手をぶんぶん振っている。いや、目の前の小川君を見てあげて……。小川君の顔は見えないが恐らく悲しい顔をしている事だろう。


 「三人揃ってどうしたの?」


 「いや、小川が……」


 「いや~、本庄が気分転換に食堂に行こうって言いだして~」


 小川君が何故か嘘をつき始めて、僕達は唖然としている。いやいや、君が女子に会いたいからってわざわざ連れて来られたのにあんまりな言い分だ。本庄君は文句を言いたそうにしているが、小川君の女子に会い来た事を隠したいという意図を汲んで歯を食いしばって耐えている。本庄君、偉いな……。


 「二人はどうして食堂に?」


 「いや、越谷さんが寝ているから私達が部屋にいたら邪魔かなと思って」


 基本的に同室は同じ班のメンバーになるようになっている為、寝不足の為、部屋で寝ている越谷さんを思って出て来たという事か。


 「越谷さん、大丈夫そう?」


 「うん。保険室の先生も大丈夫って言ってたよ。今も寝ているだけみたいだし」


 「それは良かった」


 ジョギングの時、かなり辛そうだったから心配だったが、大丈夫みたいで良かった。ちなみに緊急の事態の為に保険の先生も来ているのだとか。


 「……で春日部君が介抱したんだっけ?」


 「えっ」


 その話は川口さんにしてないのに何で知ってるんだ。合宿所に着いてからは先生達に任せてるから一緒に居たわけじゃないし。


 「女子寮でも噂になってるもん。春日部君が越谷さん支えて帰ってきたって」


 「いや、別にそんな大層な事は……」


 僕はせいぜい、越谷さんと一緒に歩いてきたくらいだ。特に何かをしたわけでもないのにこうやって噂話になってしまうのは正直面倒だなって思う。


 「まあ、でも春日部君が優しいの知ってるもん。当然だよね」


 「……、うん?」


 川口さんはニッコリしている。僕がよく分からず首をかしげる。その様子を見ている本庄君と入間さんは苦笑いをしていて小川君に関しては何かプルプルしている。


 「……、ここに瑠衣いなくて良かったね」


 「春日部も罪な男だな……」


 「……晃が言う?」


 何か入間さんと本庄君がコソコソと何か話しているが何話しているんだろう。そして小川君が何故か僕を睨んでいる。何もしていないのに怖いんですけど……。ふと、食堂を見渡すと僕達の事をチラチラと見ている。まあ、川口さんがいるからだという事もあるが、学園のマドンナが僕達男子と話しているから気になるのかもしれないと感じた。


 「ずるい……」


 僕が川口さんと話をしているからか、小川君の恨みゲージがドンドン上がって行っているのを感じる。これはまずい。


 「いや、でも小川君、流石サッカー部だよね。ジョギングやってても楽そうだったもんね!!」


 「えっ」


 いくら何でも分かりやすすぎるおべっかだったか?それを聞いた小川君はまたプルプルしてしまう。


 「ま、まあな。あれくらい楽すぎてもう何週も出来そうだったぜ!!」


 「ちょろ……」


 やばい、声に出ちゃった。だが調子が戻ってきた小川君には聞こえなかったようで小川君以外の皆は苦笑いをしている。まあ、こういう陽気な所が小川君の魅力だよねと思った。その後、飯盒炊飯の時間が近付いて来たので僕達は自分の部屋に戻る事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る