後追の果てに
如月ちょこ
影を踏まれていた
クラス内カースト上位でも、みんなからの人気があるわけじゃない。
それが示されているのは、カースト最上位でクラスの中心人物の取り巻き――こいつらも、なかなかカーストは高い――に対して、必ずと言っていいほど裏で叫ばれる『付属品』という悪口。
チラチラとこちらを伺いながら、クラスで目立てない人達が言ってくる。
本人たちは仲良い認識でも、周りから見ればそう言われていることも多い。
……もっとも、本人たちが仲がいいと思っている可能性も高くは無いのだが。
そして――俺も、こいつ――修斗のことはただの俺に付いてくる付属品としか思っていなかった。
『付属品』という言葉は、全部こいつに向けられていると思っていた。
光には、必ず影が現れる。
俺という光に対して、修斗は影の役割だと。
心の中で、そうバカにしていた。
誰とでも最初に仲良くなるのは俺で。
なにをするにも、俺が先に動いて、修斗はあとから追ってくる。
まるで、俺を監視しているかのように。
少しだけ、気味が悪かった。なにをしても、俺の後を追ってくる。
いつから、とかじゃなく。気づいた時から。
俺たちは、クラスの中で“光”だった。
ただ、そんな仲間の中で修斗だけは“闇”の要素を孕んでいて。
それでいて、俺のしたことをなんでも模倣して、軽々こなす。仕事人、という名が付けられてもおかしくはないほどに。
そんな修斗に、得体の知れない怖さを感じていた。
こいつが何を考えているのか、たまにわからなくなった。
“The shadow of SHU-YA”
『柊弥の影』
これは、修斗がみんなから裏で呼ばれていたあだ名。
なんでも由来は、俺の後を追っているから。
俺の影を踏みつけているように感じる、とみんなは言っていた。
正直なことを言ってしまえば、完全に同意だった。
だって、俺の事ばかり追いかけて、俺と同じことばかりして。
何が楽しいんだろう、ただ影に隠れるだけで。
そう思って一度、本人に言ってやったことがある。
「お前には、意思がないのか? 俺の後を追って楽しいのか?」
正直、かなり踏み込んだことを言ったと思う。
こいつ自身、自分が裏でなんと言われているのかは気づいているだろう。
ついに友達と思っていた俺にまで言われるようになったのか、と思ったかもしれない。
「んー? 楽しいよ?」
けど、帰ってきた返事はとても能天気な言葉。少し笑いすらあった。窓の外を見て、周りの、俺たちがもう見飽きた風景に思いを馳せているようで。
今の俺の言葉は何も気に留めていないのだろうな、ということがよくわかる。
とても不気味な表情。
視線が、一切動かない。ずっと俺の方を見ているままで。動揺がない。
こいつにはなにを言っても、多分伝わらないのだろうなぁと、その時悟った。
……そして、多分相手も同じことを思っていた。
だからもう、修斗に自主性を期待するのはやめて、俺についてくるだけの行動を楽しみにすることにした。
それは、俺の周りも同じみたいで。
いつしか、“The shadow of SHU-YA”のあだ名は、日本語訳されながら、平然と本人の前で叫ばれるようになった。
本人も、それが面白いのかいつも笑っていた。
俺があだ名で呼ぶ時は特に、だ。
そして――俺が忙しく、ほかのみんなで集まっている時も、笑いながら“……の影”と聞こえてくる。
こいつが後を追って来ることは、もはや当たり前で。
高校受験も、大学受験も全て俺と同じところ。
俺が血反吐を吐くような努力をして進んできた道を、いとも簡単に通ってくる。
――疑念が湧いた。
――なんなんだ、とその時初めて思った。
なんでこいつはこうも簡単にここまで俺の模倣を続けることができるんだ。
きっかけもなく、ただ気づいたら俺は追われるだけで。
修斗は、俺の事を追うだけで。
ずっと、それが正しい形であると思い込んでいた。
けど、もしかしたら、俺はただ遊ばれていただけなのかもしれない。
自分が上に立っているという気分を、こいつに味わわせてもらっていただけ。
本当は、全部こいつの手のひらの上で――。
よく考えてみれば、あいつはよく俺と一緒にいる時は笑っていた。
それが、面白いから笑ってたんじゃなくて嘲笑であったなら?
俺と一緒に、できなくて悩んでいた問題を解いている時も、実はこいつはわかっていたなら?
そう気づいた時には、もう冷静な判断なんてできるわけもなかった。
長らく修斗の行動になにも口出ししてこなかったが、不安に駆られてあいつを呼び出す。
中学の時の友達と遊んでいたらしい修斗だが、すぐに呼び出しに応じてくれた。
暗い俺の部屋、ただ二人きり。
昔は光り輝いていたはずの俺は、いつしか闇へと変わり果てていた。
「なぁ、お前、ちょっとくらい俺の事を超えてみろよ。俺より先に進めないのか?」
修斗が部屋に入ってきてすぐ。気づけば、こう口走ってしまっていた。
修斗は一瞬虚を突かれたような表情を見せ、すぐにいつもの能天気な顔へと戻る。
もし、この言葉を聞いてもなおこいつがなにもアクションを起こさなければ、俺はまだ上に立ったままでいられる。
さっき抱いた疑念は俺の勘違いで、やっぱりこいつは俺の下と思える。
一種の賭けだった。
そして、今の動揺で、勝った。とも思った。
「あぁ、わかったよ。もう終わりにしようか」
しかし現実は無情で。修斗から放たれたこの言葉と共に、その賭けには見事に敗北する。
この言葉をなげかけてからというもの、俺は全てにおいて修斗に負けた。
友達の数、勉学の実績、女の数、金。
何一つとっても、俺は修斗に勝てなくなった。
光には、必ず影が現れる。
昔は俺が光であった。ただ、今はもう――。
唯一残っていた、意味の無い昔はこいつよりも上であったというプライドも、久しぶりに会った時に全て壊された。
なぜなら、俺が大学で研究していた分野で修斗が新発見をしたから。
いくら頑張ったところで、結局お前は俺に勝てない。言外にそう言われた気がした。
昔と真逆の立場になった。
耐性がない俺は、この状況に完全に心を折られた。
何か、何か一つでも修斗より先に進めることは無いのか。
その方法を、家に閉じこもって模索することで、日々がすぎていくようになった。
親からの心配の声掛けも、いつしかなくなっていた。
明けない夜はない、とはよく言ったものだ。
ほとんどの人にはその言葉が当てはまるのかもしれない。
けれども――俺は、例外であった。
暗闇の中を、ただひたすらにあてもなく進む。
世の中1人の力でできることは本当に少なくて。
修斗より先に進めること、そんなものはなにも見つからぬまま――いや、一つだけ見つかった。
そうだなぁ。今振り返ってみれば多分俺は、“修斗より先に進むこと”に、囚われていたんだと思う。
光り輝いて、昔の俺のように周りに人がいる。
そんなあいつの影でいることはごめんだと。
だからこの方法を見つけた瞬間、『これしかない!』と思ってしまったんだ。
ずっと暗闇の中をもがき苦しみ進んでいた中で、ふと現れた光明。
藁をも掴む思いで利用させてもらった。
――――俺は、修斗よりも先に、あの世へ進むことにした。
不思議だった。あの世に来たら、もう意識も何も残らないと思っていた。
ただ、実際にはあの世は生き方がとても自由で。
自分が死んだあとの周りの様子を上から観察することも出来た。
多分、生きていた頃に不可能だけどやりたいと思っていたことが、ここでは全てできる。
……あぁ、あいつよりも先に進んでる。
その事実だけで、俺はほかの何事にも耐えられる気がした。
俺の世界が、光り輝いて見えた。
何年ぶりかわからない。ただ、今までよりも確実に、世界に色がついた。
俺の死を悲しむ人が、ほとんどいなくなっていたことも。
俺が死んだ後に、両親がほっとしたような顔をしていたことも。
俺が死んだ後に――修斗が、俺の葬式に来ていたことも。
全部、全部耐えられた。
――耐えられてしまったから、興味本位で俺の葬式を覗いてみることにした。
上から見るお葬式っていうのはとても新鮮で。
死んでいる俺を、死んでいる立場で見る。
無性ヒゲを生やして、髪の毛もボサボサで。
手入れなんて全くしていなかった俺の遺体。
対して髭は剃られ、髪の毛はセットされて。
それどころか、奥さんと一緒に俺の葬式に参列している修斗。
ここでも、やはり光と闇がある。
頭がおかしくなりそうだけど、そんなことですら楽しかった。
俺の葬式に参列している人は10人ほどだった。
当然だ。修斗に敗北を突きつけられてからの俺は、ほとんどの人との縁を切っていたから。
――いや、本当は。敗北を突きつけられる前に、“親友”というのはいなくなっていた。
そしてその10人も、悲しそうな顔をしている人はいない。
だからなんだ、お前よりも先に進んだ俺は無敵だと、今にも言ってやりたかった。
葬式は進み、皆がお焼香をたく時間がやってきた。
最初は両親から。続けて親戚。
そして、友人。
友人の中で一番最初にお焼香をたくのは、修斗だった。
修斗が前に出る。
俺は興味本位で近づく。
すると、葬式中であるというのに、小さく声が聞こえた。
その声が聞こえると共にほかの、俺と修斗の共通の友人たちは笑いを噛み殺す。
「ご冥福をお祈りします。――――“The shadow of SHU-TO”」
――――修斗のその言葉と共に、俺は全てを理解した。
後追の果てに 如月ちょこ @tyoko_san_dayo0131
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