第20話 獣の森・19 捜索と瓦解

 木の板を組み合わせたような、古い木こり小屋のように見えた。壁は黒く変色し、屋根の上には落ち葉が積もっている。ところどころには緑色の苔が生えている。入口に扉はなく、脇に薪が積んであるのが外からも見える。ハルトマンは周囲を警戒しながら素早く小屋へ近づき、中を調べ始める。

(小屋を魔法で隠蔽していたわけだし、研究施設は魔法ではない方法で隠していると見た。それと、『ウルフキャット』が自力で出てこられる大きさと容易さ……)

 す、とハルトマンの目が細くなる。視線が小屋の中を駆け回り、一つ一つ吟味していく。

 ほこりの積もった粗末な暖炉、雑多に積まれた薪、変色した布がかけられた水瓶、崩落した天井、脚の折れた寝台、丸めて放り出されたまだら模様の毛布、錆と刃こぼれのひどい手斧、欠けてくすんだポット……

 あれか、と声に出さずにつぶやき、ハルトマンは小屋の外を振り返る。

「班長、ちょっと来てくれ」

「何か見つけたようですね。少し待ってください」

 しばらくして小屋の戸口に現れたレムナスは、指先を泥で汚していた。何をしていたのか聞くと、苦笑しながら両手を払い、

「土いじりですよ。地下に空洞があるようだったので」

「空洞……」

 レムナスの言葉を繰り返し、ハルトマンは小屋の奥へ目を戻す。その一点を見つめながら、一つだけ問いを発した。

「班長。その空洞ってのは、あそこにも通じてるか?」

 ハルトマンの視線を追い、その意味を理解したレムナスが槍を構える。二人は頷き合うと、まずレムナスがそちらへ足を踏み出した。一瞬遅れてハルトマンがウエストバッグからバンブスの水筒を取り出し、投げる。目標は崩れた天井の木材が山になっているところの床だ。水筒はその手前に落ち、残骸の一部にぶつかって止まった。直後、レムナスが槍の先を水筒ごと床に突き刺す。

「『氷を。凍てつく雪華を。剛き結氷を。傾ぐ厚氷を』」

 水筒から溢れた水が音を立てて凍り、残骸が床から持ち上がった。氷は二人から見て左側が厚く、右側が薄い。氷は見る間に厚さを増し、左側の残骸がハルトマンの胸の高さまで持ち上がった。レムナスは槍を半回転させて氷から引き抜き、改めて槍を刺す。

「『厚氷よ。起きよ。まろびよ。開封せよ』」

 氷は溶解と凍結を繰り返し、やがて右側がじりじりと浮き上がり、床と垂直になった。氷は尚も巨大化し、反対側に倒れて砕けた。細かい塵やほこりが舞い上がり、二人は軽く咳き込んで残骸のあったところへ目を向ける。

 まず見えたのは太い金属の取手だ。二つのでっぱりに、それらを繋ぐ形で金属棒を溶接してある。素人の手によるものなのか、継ぎ目がかなり荒っぽい。この取手が取り付けられている扉は、元々は金属の枠に木の板をはめ込んだものらしいが、木の板に大きな裂け目が走り、今にも外れそうだ。その隙間から漏れた光が中を照らしており、覗き込むと石造りの階段が見えた。

大当たりだΕπιτυχία! 状況的にここで間違いないな班長。これからどうする? 」

 言葉とは裏腹に、ハルトマンはポケットから出した小さな球を、いつでも転がせるように構えている。その顔は好奇心を抑え切れない少年のようだ。司令官の立場にあるレムナスはそれを窘めつつ、

「まずはリアノへ連絡します。魔法監士の応援を呼びましょう。貴方はその間に、中を軽く調べておいてください」

 レムナスの目は、獲物を見つけた猟犬のように輝いている。了解、と頷いたハルトマンは、手の中の球を裂け目へ放り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る