ある騎士が生きる理由

十六夜

第1話 『ユーティツィア帝国建国伝説』

 現在のユーティツィア帝国の帝都アルティアが『アルティア王国』と呼ばれていた時代。それは、まだ小国が乱立していた時代でもある。

 当時のアルティアは周辺諸国と争いを繰り返していた。日が昇ると同時に伝令が駆け込んで戦闘を知らせ、正午の鐘と共に兵士の母が祈り、日が沈むと別の伝令が被害を告げた。双方に人的被害のない小規模なものから、多数の死者を出す大規模なものまで、アルティア王の元には毎日のように報告が届けられた。

 そんな生活に嫌気が差した王は、近隣の国へ使者を出した。『争いを止め、和議を結べないか』。人々の生活が脅かされない世を願う王の書簡には、概ねこのようなことが記されていた。

 アルティアの王の書簡に対し、ある国は黙殺し、ある国は保留とし、ある国は交渉を要求した。

 交渉の申し入れに王は喜び、すぐさまそれに応じ和議を結んだ。保留とした国には改めて使者を出した。黙殺した国とは争いが続いた。しかし王の御心を知ったアルティアの兵は、これまでより一層士気が高まった。王の嫡男である王子が指揮官として参戦したことも、その理由の一つだった。

 しかし、それは長くは続かなかった。

 王は病に伏せ、王子は敵の攻撃によって命を落とした。

 民は嘆き悲しみ、王は身を裂かれる思いだった。兵は王子の死に怒り敵兵を押し戻したが、攻勢に転じるほどの士気はなかった。アルティアの兵は次第に押され、戦場は徐々に街へと近付いていった。

 このままではアルティア王国は滅亡する――誰もがそう思った時。

「ここはわたくしにお任せを」

 兵の中から一歩進み出たのはアルティアの王女。王子に続き王女まで喪うわけにはいかないと、兵達は急いで王女を追いかける。王女はそれを待たず、持っていた魔法の杖を振るう。

 眩い光と共に三頭の獣が現れた。獣は王女に従い、一頭は速く、一頭は美しく、一頭は荒々しく、敵陣を駆けた。獣の通った後には、地に倒れる敵兵の姿があった。

「さあ、敵陣に穴が空きました。この隙に兵を進め、敵将を捕らえるのです」

 王女の号令に、呆然としていたアルティアの兵は我に返った。一斉に敵陣へ突撃し、敵将を捕えた。兵士は捕虜とした。

 王女はそのまま捕虜を連れて敵国へ入り、捕虜を引き渡す代わりにアルティアに有利な条件で和議を結んだ。

 王女がアルティアを勝利へ導いた瞬間だった。

 アルティアの兵は、民は、王は、勝利に沸いた。

 獣を連れた王女の噂が隣国へ広がったのは、それからすぐのことだった。

 ある国は恐れ、ある国は笑い、ある国は憤った。しかし、どの国も獣を操る王女の姿を目の当たりにすると、恐れ以外の感情を抱かなくなった。それほどまでに王女の獣は強かった。

 獣だけではない。王女の持つ杖から放たれる魔法も、敵を寄せ付けないほどに強かった。


 アルティアが近隣の国を制し、ユーティツィア帝国を作り上げたのは、六年後のことだった。

 王女は王から王冠クラウンを継承し、ユーティツィアの初代皇帝となった。


 民が、花が、獣が、天が、新たな王の誕生を祝った。


 皇帝陛下万歳。

 ユーティツィアに栄光あれ。

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