第32章 最期の時間、そして残るもの


 最期の時は、嵐のように訪れるのではなく、穏やかな朝のようにやって来た。古平と荒川は痛みの緩和と安らぎを最優先に整え、二人は互いの手を握りしめた。誠は窓際で静かにノートを閉じ、言葉を紡ぐことを一旦やめた。


 悟、翔子、塩谷夫妻、杉村光輝——彼らの最後の時間は、互いの声や昔話、懐かしい音楽、そして小さな食事で満たされた。告発の騒音が外で高まっても、その場の湿度は変わらない。彼らが望んだのは、外の正義ではなく、自分たちの意思に基づく最期の尊厳だった。


 渡された手紙、握られた手、交わされた微笑。荒川は涙を流しながら、看護師としての祈りを込めてその場を整えた。古平は医師として最後の瞳の輝きを確かめ、誠は耳を澄ませて最後の言葉を綴った。外で裁きがあろうと、ここでは別の秩序が働いていた。


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