1-④
「あのクソジジイ!足元に生身の人間がいるのに最大出力で離床するなよ馬鹿野郎!!」
危ないところだった。
ねえナズナ、これから君が向かう先には、様々な出会いと、胸躍る冒険が待っていることだろうね。それはきっと、君の糧となって君を成長させてくれるのだろう。でもね、宇宙は綺麗ごとだけで出来ている訳ではないんだ。星々の世界で君を待ち構え、君を害するものから、君を守り、時には手を汚すことも辞さないためには、ただの「幼なじみの男の子」が隣にいるだけじゃだめなんだ。やっぱり、一緒には行けないんだよ。
「それに、ナズナはまだ気づいていないだろうけれど、あのクラスの宇宙船には
まー言っても皇族専用艦だからぁ、もしかしたら天蓋付きのキングだかクイーンサイズだかのベッドがあるかもしれないけれど。それは柔らかくてふかふかで、いい匂いがするのかもしれない。知りたい。出来ればナズナといっしょに知りたい。けれども未練は断ち切れ、断ち切れよ男子。
「あれ?」足元に何か落ちてる。
あーこれナズナが無くした髪留めだ。たまたま防御球盾の内側にあったから、吹き飛ばされずに済んだんだな、拾っておこう。いつかナズナに渡せる日も来るさ。
「これって……」この髪留め、よく見たら昔僕が買ってナズナにプレゼントしたやつじゃないか。百均ショップで売ってた、ペンギンの飾りがついた子供用のおもちゃだ。なんでそんなの付けてたの……?
やれやれ。僕は地球というより月か火星みたいになっちゃった廃園地でため息を吐いた。ここはもうただの「廃」だね。よくもまあ、こんな状況で目の前に落ちてたもんだなあ。すんごい偶然。
そんなわけない。
いるんだろうなあ。僕はメガネを、
いるとわかれば見当はつくさ。僕は後ろを振り向いて、なにか高いものを探した。いたいた、倒されずに1本残った立木の梢に、満月を背負ってやけにガタイのよい人影がひとり。「はっはっは、とうッ!」とひと声叫んでその人物は樹上から空中高く飛び上がった。いやそんな掛け声だけ通信してこなくてもいいですから。
僕の目の前で拳・膝・足の三点着地を綺麗に決めて、Tシャツに短パンのマッチョがすっくと立つ。これが僕の父さん、元庭園番士のスズシロです。趣味はTVのヒーロー番組を見ることと、人の後ろで腕組みして爽やかに笑うこと。ねえそのTシャツのダサいサメ柄って流行ってんの?流行ってんのそれ??
「おーセリ、無事だったか」「見てわからないんですか。こっちは死にかけましたよ父上」だいたい、いつから見てたんだよ。「お前がナズナちゃんと家を出てからずっと見てたぞ」「……勝手に心を読まないでください」
「見ていたならお判りでしょうが、廃園地の制限区域内で少なくとも3体の潜入暗殺ボット、ならびにその母船と思しき機体を確認、これと交戦しました。すべて撃退しましたが」
「はっはっは、すべて撃退って、セリが倒したのはボット1体だけだよなあ、はっはっは」うっ……。「いやあ、ナズナちゃんはすごいなあ。今夜はブランシュ・ネージュと接触できればそれで良しと思っていたけれど、起動するどころか戦闘までこなすとはね。L.V.S.を抜刀したのには驚いたが、あれは血筋かな。ずいぶん上手く扱ったものだ」あれは僕のアイデアなんですが。「皇女殿下はかなり苦労されていましたよ」「そりゃまあ、そうだろうけどな」
「父上が加勢してくれれば、もう少し楽に行きましたものを」少しは手伝えよまったく。元々残存戦力の掃討は父さんの仕事だったじゃないか。「うん?加勢したぞ。“影縫い”でな」「えっ」
――“影縫い”。対象物に高次元で“針”を打ち込んで干渉し、3次元空間での動きを封じる技だ。それであの仮装巡洋艦は地表で満足に動かなかったのか。そりゃあナズナの打ち込みも綺麗に決まったわけだな……。
「ははぁ、さては気づいてなかったな、セリ?」「……はい」……ううっ、消えたい。穴があったら入りたい。「はっはっは、まだまだ修行が足らんぞ」ぐぬぬ。
「あれ、でもあいつは振動ワイヤー放って来ましたよ?」「はっはっは、足止めはしたけど全部固縛したら却って不自然だろう、陰から支援するのに目立ちすぎてはいかんぞ。はっはっは」チクショウ!
「それと父上」「あのなセリ、普通に話せよ」「いえ、任務中ですから」ケジメはつけないといけない。
「ともあれ、皇女殿下に接触していたのは予想通りゴギョウ殿の複製人格でした。ですが、ブランシュ・ネージュの
「意見具申、直ちに追跡の必要がありと認めます、故に“ラーベ・クレーエ”の起動を承認していただきたく」
「……そうだな、それはセリに任せる。こっちは後片付けをやらなきゃならんし」これだけ派手に暴れたらもみ消しだって大変だ、まあがんばってくださいね。僕は関わらずにいよう。あっ、街のほうでまたなんか爆発してる。
「ああ、向こうにも10体ばかりボットが降りてきたからな。いまは母さんが対応している」うわ。さっき見たあれやっぱり母さんか。ますます関わりたくないな、うん。一刻も早く飛び立たねば。「陽動のつもりなんだろうが母さんが派手に立ち回ってくれたおかげで、却って街の人たちの目をそっちに誘導することが出来た。ブランシュ・ネージュの戦闘は全然気づかれていないぞ」そんなわけないだろう!あるんですか?いや、さすがに、さすがにそれはいったい、ナニやったんですか母さん!?
「ではやはり、直ちにラーベ・クレーエの起動承認を願います。こちらに戦闘が飛び火されては皇女殿下の支援にも迎えません」父さんが中空で指を動かし、
「アイハブコントロール!」よし!僕も中空に
余剰次元に格納されていた
いま行くよ、ナズナ。君の影を追い、君を陰から守って、僕は僕自身の道を行く。たとえふたつの航路が交わらなくとも、必ず僕は君を支える。そう誓ったんだ、ずっと以前に。君とはじめて出会った日に。僕は後ろを、父さんも街も振り返りもせずに戦列艦に乗り込んだ。
ラーベ・クレーエの操舵室はブランシュ・ネージュと違ってモニター視界は狭いし、操艦も
「じゃ、元気にやれよーセリ。それとナズナちゃんに再会したら、ちゃんと『好きだ』って告白するんだぞ」
「ばっ!あばばばばっ!!なにを言ってるんだよ父さんッ!」ナニヲ言ッテイルノデスカ父上。「……皇女殿下と自分では身分が違います。畏れ多いことです」
「なんだなんだあ、まだ若いのに考え方が古臭いぞセリ。イマドキの皇族が、ましてやナズナちゃんが、身分差なんか気にするものか。それにお前とナズナちゃんが上手く行ったら、うちの家格だって上がる。我が家もいろいろと安泰だ」父さんの考え方は生臭いです。
もう一枚のグラスにもウインドウが開く。なにやら半裸どころか5/8裸の、降って湧いた痴女のようなものが、夜の街並みを背景にして潜入暗殺ボットと激しく戦う映像が流れる。前が見えない。やめてほしい。
これが僕の母さん、元庭園番士のスズナです。趣味は言いたくありません。
「イッてらっしゃいセリくん!がんばんなさいよ!もっとこう、ああグッと、ググッとねェ」母さん、いい歳してパツンパツンで異様に露出度の高い
時々歓声や嬌声が混じるのは、これ、周辺で見物してる野次馬の声だな。どうか人の母親を「ご町内の平和を守る淫靡なスーパーヒロイン」を見るような目で見ないでくださいお願いします。「……そ、そういうのは父さんに送れよっ」「ぬぅふふ~、スズシロくんには別アングルでもっとすンごいの送ってるから大丈夫💖」「はっはっは、スズナさん。セリの前だよ、はっはっは」「生臭い、生臭いよふたりとも!!」あーもー母さんの相手なんかしてられないのに。
「母さんね、ほんとはナズナちゃんにうちの子になって、セリとは禁断の関係から始めてほしかったんだけどねー。『セリおにいちゃん!』『ナズナ!』とか言ってね、がばあってね!オッオ、オゥ!ふゎあ」「やめてください。僕らは同い年です。誕生日も2か月しか違いません」まったく、人の気も知らないで隙あらば勝手なことを。
「フャン!ハぅッ!でもぉ、セリだってほんとはナズナちゃんにもこういう服着てほしいんでしょ~、うふふッ」「生臭いを通り越してそれもう不敬罪だよ!やめてよ!!」クソッ、いつか帝室保安庁に訴えてやるぞ!
ああ、こんな両親に育てられたら僕が真面目になるのも当然だ。ちゃんとしよう、真面目に生きよう。邪魔なメガネを外してチェックを続行する。メガネを外すと「目つき悪いよ」ってよくナズナに言われるけれど、どうせいまここには僕ひとりだ。
「あのなセリ」うるさいメガネだなあ。なんですか父さん。僕に弟か妹が出来たのなら、帰ってからゆっくり話を聞かせてください。
「ラーベ・クレーエの
「星系監視網に感あり。たったいま太陽系内に三隻の戦列艦が浮上したぞ。所属は不明だが味方の増援が来るとも聞いてないなあ」マジかよ。「
「それでそのブランシュ・ネージュなんだがな」なんだがってなんだよ。
「月面に不時着というか、墜落した」「なんだってええ!!!」「ああ、別に被弾とかした訳じゃないぞ。単に機関不調だなこれは」なんてこったい。ナズナにとっては小さな一歩だったな……。
「どうやらそこで迎え撃つつもりのようだな。向こうの出方がまだわからんが、幸い落ちたのは月の裏側で地球からは観測されないよ。まあ慌てず急いで落ち着いて早く行ってやりなさい、はっはっは」無茶を言いやがってチクショウ!
「言われなくとも直ちに離床します!ラーベ・クレーエ、発進!!」待っててナズナ!いま助けに行くから!!
漆黒の闇を貫いて、
――僕は君の、護衛艦になる。
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