1-②

「お化け……?」ナズナさん、さすがにそれは失礼ですよ。これは立体映像というものだ。にしても、モノクロで解像度は低いし映像自体は上半身だけで切れてるし、おまけに走査線だらけでえらくクオリティが低い。幽霊に見えても仕方ないが、現状では使用可能な帯域・領域も限られているんだな。

「……よくぞここまで来たなナズナよ」走査線だらけのゴギョウさんが口を開く。なんだか古臭いSF映画みたいだけど、真似したんじゃあるまいな?

「いま、こうしてお前に語り掛けてはいるが、ワシはもうこの世にいないのだ」ナズナの身がぎゅっと強張る。「おじいちゃん……」

「ワシは自分の死後、自分の代わりになってお前を導くための人工知能をあらかじめ組み上げ、そこにワシの人格を複製したのだ」「……ちょっとなに言ってるのかわかんない」そうだよなあ普通。ナズナはマンガとかアニメとか、あんまり興味ないもんなあ。

「つまりここに存在するワシはワシであってワシではない。ブランシュ・ネージュ艦橋ブリッジシステムの内部に構築された仮想人格なのである」ブランシュ・ネージュ!やはり地下で起動したものはそれか。ねえナズナ、宇宙船は本当にあるんだよ。

「ワシの死後に覚醒したワシはこれまで度々スマホの自作催眠アプリを通じてお前に指示を送っていたが、その都度記憶は封じてきた。故に現在只今の状況は不可解なものだろうがしかし」スマホの自作催眠アプリ?なにそれ僕もちょうほしい。

「ねえ、さっきからおじいちゃんなに言ってのかな?セリ、わかる?」「む、ナズナ、誰と話している。そこに誰かいるのか」あ、ヤバっ。僕はベルトのバックルを調整した。

「あー、こんばんはゴギョウさん、セリです」「なんじゃお前は、いままでどこに居た?まるで気配を感知しなかったぞ」「よく言われます」陰キャなもんでどうもどうも。

「なに言ってんの?セリなら最初から隣にいたじゃん。ここまで、わたしを連れてきてくれたんだよ」立体映像というのはその場に投影されてるだけであって、映像自体が物を見たり聞いたりしている訳ではないんだよ、ナズナ。

 だから、干渉波ジャミングを使って検知を避けることも可能だ。隣にいる人間の目には見えていても、機械的な、しかも稚拙な警戒装置を欺くなんて容易いことさ。なにしろこっちは延々とそんな訓練ばかりしてきたんだからな。こういう時、日本語には便利な言葉があります。

 それは「忍者ニンジャ」だ。ちょっと恥ずかしいよね。人には、特に幼なじみの女の子には、とてもじゃないけどそんなことは言えない。秘密にするしかないよね。

「セリ?おお、よくナズナに纏わりついてくる友達のいない小僧か」悪かったな畜生。でもおかげでナズナさんとは下の名前で呼び合う仲を維持キープしていますよハハン。

「セリくんや、ここまでナズナを連れてきてくれたことには礼を言おう。ささ、もう帰んなさい」やれやれ、ゴギョウさんも今際の際には「君、孫を頼みましたぞ……」なんて殊勝なことを言っていたのに、その記憶はバックアップされて無いんだ。

 でもね、貴方は立派でしたよ剣士ゴギョウ殿。立派に戦い見事に御敵を討取られた様は、確かに僕が見届けました。お身体に無理を強いてそこで力尽きられたこと、返すがえすも残念です。貴方がもっと長生きしてくれれば、まだこの状況が訪れることは無かったのでしょうから。

「これは大切な家族の話なのでな」失礼ながらそれは嘘だ。なぜなら、あなたとナズナは、

「セリなら大丈夫だよ!友達だもの!!」


 ともだち。


 その言葉を聞くのは辛い。何の疑いもなく溌溂はつらつとナズナにその言葉を言われるのは辛い。僕は嘘を吐いていたんだよ、ずっと。君については君自身よりも深く知っていたのに、そのことを告げられなかった。本当のことを言えなかった。そういう人間を、君は友達と呼ぶのかい。僕だったら、そうは呼ばない。もとより僕には、友達なんていないけれども。


「しかしナズナや、セリくんが知るようなことではないのだぞ」「……わかった、もう聞かない。わたし帰る」「な、なんじゃと!?」「行こうセリ、さよならおじいちゃん。元気でね。生きているのか死んでいるのか、よくわからないけど元気でね。ねえセリ、さっきの話なんだけどさあ」「まてまて、待ちなさいナズナ」


「仕方あるまい。ではセリくんもそこで聞いてくれたまえ。いわば君は『証人』である」あーたぶん僕、これからあなたが話すこと全部知ってますよ。

「ではナズナよ、気をしっかり持って、落ち着いてよく聞きなさい」コホンと咳払い。小芝居まで複製する必要ってあるのかな。

「お前は、ワシの孫ではないのだ」「えっ……さっき家族の話だって言っておいて、それ?」やめてさしあげろ。

「……そしてお前、いや貴女は地球人ですらないのです。貴女こそは征天大銀河星間帝国皇室第14皇家ミリシエール家内親王、ナーズナディール・パ・ラ・ミリシエール皇女殿下その人であります」胸に手を当て首を垂れる立体映像。とりあえず驚いた顔をしてみる僕。フリーズしてるナズナ。

「それって……」普通は信じないし、信じられないよなあ普通は。「偉いの?」そこかーい。

「もちろんでございます」もちろんでございますよ殿下。僕なんかとは比べ物にならない高貴な血筋だ。これまでよくしていただいてありがとうございます。これからは僕のことは精々犬めとお呼びください。

「ミリシエール皇家といえば征天大銀河星間帝国に72ある皇家のなかでも」「そんなにあるんだ」「とりわけ武門に秀でた誉ある御家で御座います。帝国の寸土に至るまで臣民のなかにその名を知らぬものとてありません」いやあ、地球の人たちは誰ひとりそんなこと知りませんが。

「しかし、その名声を妬む者もおりました。ささやかな諍いが軋轢を呼び、72皇家を二分三分させるがごとき争いがまさに起ころうとしたその時に、その原罪をミリシエール家一門に擦り付ける者が現われ……」


 この辺のお話は、あとで教科書でも読んでください。


「結果ミリシエール皇家は閉門の憂き目に遭い、ご当主様、皇女殿下の御祖父にあたる方となりますが、第14皇子たるグラン・ディフロス殿下は無残にも人柱となることを申し渡され、皇女殿下の御父上たるリュウゲ様、御母上クスハナ様は囚われの身となり何処かへと幽閉されたのでございます」

「生きて……いるの?お父さんとお母さん」「わたくしにもその後のことは判りません」僕も知らない。亡くなられたとも聞かないのだけれども。

「わたくしは家令としてお仕えしていたグラン・ディフロス第14皇子殿下より最後の下知を受けて、産まれたばかりの貴女を伴い、この帝国辺土最辺境の更又先の文明の威光及ばぬ暗黒の地、時にその実在すら疑われる星「地球」へ、殿下の戦列艦ブランシュ・ネージュと共に落ちのびよと命じられたのであります」まったくひどい言われ様だなあ地球。まあなにしろ、あまりに帝国本星域から隔絶されて、既に自分たちが帝国の一員であることすらまったく知られていないほどの、最果ての田舎だからなあここ。田舎暮らしは気楽でいいですよ?


「それより早や14年、ご立派になられましたな皇女殿下。今や本艦は、名実ともに貴女様のもの、皇女殿下の手となり脚となり、剣となって働くものなのです」「わたしの、宇宙船……」


 ゴギョウさんは知らないだろうけれど、その話にはもう一本、補助線がある。皇子妃クスハナ様の庭園番士ガーデナーのなかに、ナーズナディール皇女とほぼ同時期に生まれた息子を持つ夫婦者めおともののがいたんだ。その者たちはクスハナ様直々の密命を受け、乳飲み子を連れて密かにブランシュ・ネージュの後を追い、地球に潜伏したのさ。何も知らない善良な地球人の夫婦を装い、孤独な老人に接触し、なにかと世話を焼くフリをして密かに皇女と戦列艦を庇護下に置いた。地球の経済ネットワークに非合法に介入して得た資金と不法に設立した幽霊企業ゴーストカンパニーを用いて宇宙船の埋まった土地を購入し、偽の開発計画をいくつも起こしいくつも頓挫させ、人目をそこから遠ざけた。そして。

 皇女殿下と同い年の息子は、幼い時期から交友関係を結ぶことを命じられた。良き友人として振舞い、良き理解者を装い、常に皇女殿下の傍らに在って、密かにこれを監視し密かにこれを警護せよと命じられた。身命を賭し全てを捧げ、そしてなにひとつ、自分たち家族と帝国皇家の真実については気取られることなくあれと命じられた。

 すべては、ナーズナディール・パ・ラ・ミリシエール皇女殿下の帝都に凱旋帰国が叶うその日のために、その日のためだけに生きよと言われた。


 僕はどうすればよかったんだろう?


 家を出ればよかった?なにもかも見捨てて。ナズナも見捨てて。

 真実を伝えればよかった?君は宇宙人でいつか誰かに殺されるかもしれないんだよって、ナズナに言えたらよかったかな。

 駆け落ちは、実は一回やってみたんだけど、あれは大失敗だったな……。

 僕は結局、僕自身の望みと願いで、ナズナの傍にいることにした。そういう納得をした。つもりだった。

 でも、どこまでが自分の意志で、どこからが命じられた義務なのか、境界線が見えない。わからないんだよもう、僕には。


「覚えてはおられぬでしょうが、10年前はここで火事騒ぎがありました。未だに詳細は不明ですが、わたくしはあれが破壊工作ではなかったかと疑いを捨てきれずにいました」あっ、それ僕のしわざです。いやあ若気の至りというヤツでなんともお恥ずかしい。当時4歳の放火魔たぁこの僕のことさ!


「うちゅーせんなんてこわしちゃえばいいんだ!なずなちゃんかわいそうだよ!!」

「セリ、馬鹿なことしてはいけないよ。この下に眠っているものは、みんなにとってとても大事なものなのだからね」「みんなってだれだよう、なずなちゃんだけしらないなんてひどいよ!」「スズシロくん、そこをどいて。セリにはお仕置きが必要だわ」「いやスズナさんそれは」「かーちゃん!!やめてよかーちゃん!!」母さん、かーちゃん、カーチャン……


 はっ!!

「急にどうしたのセリ、すごく顔色悪いよ」

「うんちょっと心の傷がね」「なに?」


「しかし、わが身命が失われたいま、皇女殿下はこの辺土に於いて孤立無援であります」いやいや、ここにひとり御味方が居りますぞ。表向きにはただの無力な幼なじみでありますが。

「御命を狙いに次なる討手が来ることも十分に予想されます故」「えっ……」君は悪くない。君は何も悪くないんだ。

「事ここに至っては、皇女殿下御自らブランシュ・ネージュを駆って帝都に馳せ参じ、ミリシエール皇家の潔白と家名の挽回を図る他はありますまい」「何を言っているんだか、わからないですおじいちゃん」「わたくしも共に参ります。殿下の剣の腕も上達されました」精々県大会目指せるぐらいだろ。


 死ぬぞ。それは、ナズナが。


 君は死んだ老人の繰り言につきあうことは無い。遥かな宇宙の政治権力に翻弄されることなんて無い。君はただ、この星で普通に生きて普通に幸せになればそれでいいんだ。


 そんな方法は無いんだけれども。


 君も、僕と同じで、どこにも逃げ場なんて無いんだ。星ではない光がメガネに灯る。ほら、もうすぐやってくるよ。君を狙うものが。


 君の敵が。


 そして君の敵は、僕にとっても敵なのだ。


「むむ、何奴!」「えっなになに」上から来たか。人間にはあり得ないほど大きな跳躍で、ロングコートにソフト帽を被った影が2体、夜空を突いて地表に急降下する。大体ゴギョウさん、話が長過ぎなんだよな。「だ、誰よ!?」あれはねナズナ、人間ではないよ。現地習俗に紛れて溶け込むための被服を纏っていても、その下の出来の悪いガイコツみたいな機械頭ダミーヘッドは隠しようも無い。夜間活動ぐらいにしか使いようが無いんだこの手の器材は。

 潜入暗殺スニークアサシンボットなんて大層な名前がついてるけれど、使い捨ての人形みたいなアンドロイド。さっき「キジ撃ち」してきたやつと同型だけど、しかし父さんなにやってんだよ。制限区域内に合計3体も侵入してるじゃないか。

「おのれどこの家中の手のものか!ワシを殺したのはこいつらだな」いえ、ゴギョウさんの死因は動脈瘤破裂でした。健康には注意しましょう。これはどっちかと言うと貴方が倒した相手の「置き土産」みたいなもんですね。「おじいちゃんの、かたき……」やめなよナズナ、震えてるじゃないか君は。そもそも、木刀で何とか出来るような相手じゃないんだよ。僕はこっそりハンディライトの出力を上げる。再充填チャージは万全じゃないけど、やるしかない。2体のボットは顔面の口蓋を展開し、砲口がせり出す。本当はまだふたりに正体を知られたくはないんだけどな。

「ふたりとも、地面にしゃがんで頭を伏せていなさい」なんですかゴギョウさん「なに、おじいちゃん!?あっ地震だ!!」いや地震ではないなこれは。しかし足元の地面は激しく揺れ、亀裂が走って地中から立ち上がる物体が5つ。柱のような形状で、うまいこと遮蔽物にはなってくれそうで有難い。5つ?あーそうかなるほどな。漸くお目見えだ。「これ……指だよセリ」そうだよナズナ。僕らはいま宇宙船の上にいるんだ。掌甲板パーマーデッキが持ち上げられ、視界が高く、遠く広がる。暗殺潜入ボットよりも遥かに巨大な腕が、僕らを乗せて動く。

「セリ、後ろ、見てよ……」そこに何があるのか、僕はずっと昔から聞かされてきた。皇女殿下を護るが如くに、その存在もまた身命を賭して守れと言われた。僕にとって生きるとは、そういうことなのだと言われた。

「ロボットだ……」目も口もOの字に大きく開いて驚くナズナ。君がそんな顔するのを見るのは初めてだね。しかし、初めて見るのはこの船の方もだ。これまではデータばかり見せられてきたけれど、実物を目にするのは僕もこれが初めてなんだ。はじめまして、白雪姫ブランシュ・ネージュ

「……綺麗」そうだね、僕もそう思うよ。この船は綺麗だ。


 かつてその船は「大理石と真珠の海から産まれた女神」と讃えられていた。女性的な優雅で細い船形シルエットに堅牢な籠手ガントレットを備え、後方に長く伸びた髪のような錣兜サーリットヘルムと、ふくよかな胸甲キュラスから伺える膂力。推進機関は巨大な臀部装甲スカートアーマーと一体化されて下半身を覆う。装甲帯アーマーベルトには長く伸びた主刀メインフレームを装備し、美しい女性の表象をそのまま形づくった面頬フェイスマスクには穏やかに抑制された笑みアルカイックスマイルが浮かぶ。船体全体は絶白と真銀の装甲で固く護られた、まさに「女神」と呼ぶに相応しい姿だ。


「これって一体、なんなのおじいちゃん!?なんなのよ、セリ……」

 僕は何も言えない。

 何も言えないけれど、僕は知っている。

 ナズナ、これが君の探していたものだよ。君の、宇宙船なんだよ。

 人型宇宙船トループ・スターシップ、“ブランシュ・ネージュ”。提督艦級戦列艦アドミラルクラス・バトルライナーだ。

 戦列艦バトルライナー。宇宙空間での戦闘に於いて決戦兵力となるもの。君を星々の世界へと導く存在。君を宇宙へ、戦いと争いのさなかへ連れ去っていく宇宙船。


 この女神はね、ナズナ。「軍神」なんだよ。


「ふたりとも、耳を塞ぐのじゃ」「えっなんで」なにィ!ブランシュ・ネージュの甲板が振動を始める。あっヤバいぞこれは。僕は慌ててナズナの両耳を押さえて、それでも声が届くように大声を上げる。

「ナズナ!口を開けて、大きく!!」振動は激しくなり、周囲の空間が歪んでいくのが視覚出来る。僕はナズナの耳を押さえたまま、視線を彼女から外し余所を向いた。

 3次元空間が歪曲する際に、女性の姿を見つめるのは失礼だからね。これはマナーの問題ですよ。

 その不自然な姿勢のままに、脳が擦り切れるようなひどい痛みが走る。ナズナが悲鳴を上げているけど、こっちは耳 が死にそうでよく聞こえない。空間破砕振動波ディメンジョンスマッシュがその消失点を合わせた潜入暗殺ボットは、それらが存在する3次元空間ごと破壊され、粉砕された。歪んだ視界の片隅で、それが見えた。


 耳鳴りが酷い。あたりが静まり変えったのか、単に聴覚が麻痺しているのかさっぱりわからない。

 このクソジジイ、掌甲板に生身の人間を乗せたまま大気圏内で近接C防御I波動WW兵装Sなんか使いやがって!輻射の衝撃をまともに受けたら死んでるところだぞ!!ナズナ、ねえナズナってば!!

 ナズナは、僕の腕の中で目を閉じて安らかに……。


 ……安らかに気絶していた。髪留めが外れてしまって長い髪がほどけて、それでも僕の言うとおりに口を開けてくれていたから、鼓膜の方は大丈夫だろうと思う。けど、緊張もほぐれて弛緩した感じはその、なんだこの状況は。ごくり、と動いたのはなんだ。僕の心臓か。違うぞそれならどきりだろう。ごくり。

「皇女殿下、如何なされました」全部!お前の!せいだろ!ナズナにもしものことがあったら殺すぞジジイめ!例えもう死んでいても殺すぞ!!


――でも、本当はナズナはこのまま静かに眠っていてくれた方がいいのかもしれない。朝になって目を覚ましたら今夜のことはすべて夢で、いつも通りの日常に戻ったほうが、ナズナは幸せなのかもしれない。それでも、君は偽りを良しとはしないのだろうね。僕とは違って。


 ごきり。いや一緒に動くな喉と心臓よ。本来これは王子様を探すべき状況である。王子様はどこか。あたりを見渡してみても王子様はひとりも見当たらない。うむ、確かにいないな。いや残念残念。ごくりどきり。

 ふうっ。では仕方ありますまい。不詳このわたくしめが皇女殿下にお目覚めのキ

 その時突然、不可解なことが起こった!ナズナの全身が神々しく光り輝く。なにこれなんだよこれ待って僕まだなにもしていません!無実だ!!これはまるで、まるで……うわー、わー、わー、わあぁ……。


「ああっ!わたしどうしてた!寝ちゃった!?」起き上がるナズナ。おはよー。よく眠れた?

「わたし、あれ、髪の毛が……銀色」髪の毛が銀色だねえ。

「服も」服も銀色だねえ。

「ていうかこの服なによ」なんだろうねえ。ああ、立ち上がるとよくわかるねえ。心を早口にして思うとハイネックと長袖が身体にぴったりフィットして露出の少ない方向にすごくマニアックな競泳水着とニーハイブーツを合わせたような恰好をしているねえ。胸元には大きな制御輝石コントロールジュエルがひとつあしらわれているので、つい目が行っちゃうねえ。

「ちょっとセリ」絶対領域はうん、これは確かに絶対だねえ。ナズナくん、僕が知らないうちに君はいつの間にか、大人の階段を昇っていたんだねえ。

「大変失礼いたしました皇女殿下。お召し物を操舵服ステアスーツに召し換え致しましたので、もう安心でございます。御ぐしの色は、それが帝国皇室の血を引く何よりの証。殿下本来の輝星銀色スターブライトシルバーの御髪なのです」ゴギョウさん、さっき殺すぞと思ったのは撤回します。貴方はとても良いお仕事をなされましたな。

「セリ」

 たぶん僕はものすごくマヌケな人類に特有の顔をしていたのだろうと思う。ナズナのこっちを見る目が「ものすごくマヌケな人類に特有の顔をした人間を見た人の目」になってたからだ。すごいね冷凍ビーム出そうなほど冷たい視線だね。ああナズナだめだよそんなに大きく腕を振りかぶったら却ってお胸が強調されちゃって視線がそっちに誘導されてぐるりと目が回って。

「ジロジロこっち見んなバカあっ!!」うむ。いいパンチだ。腰が据わって、スピードも速くフォームも安定している。体幹がいいんだろうね。しっかりと的を見据えて、第一迷いがない。僕もすっかり油断していたから、頬にまともに喰らっちゃったよ。でもね、少しは迷ってほしかったかな。僕らいま、地表から20mぐらい離れたところに立ってるんだからさあ!

 ぶべばっ!とカエルがクルマに潰されたときのような悲鳴を上げて僕は殴り飛ばされた。「ああっ!セリが死んじゃうっ!!」そうだね今日は飛行装備フライトユニット持ってこなかったから、落ちたら死んじゃうね。やあ本当にこれはダメだな。えっ!?

 掌甲板から転落した僕の腕を、ナズナが必死につかんでる。操舵服のウェスト周りには純白で半透明の“翼”が、まるで鋭角的なパレオのように実体化していた。あー、これは姿勢安定装置フィン・スタビライザーだ。ナズナも落ちそうになったから半自動で展開されたんだな。皇族の操舵服にはそんな機能があるのか。頭ではそんなことを冷静に考えながら、心には別の思いが沸き上がる。ブランシュ・ネージュと不可視の力場で繋がって、空中に浮かんだナズナの姿はまるで、まるでああ、とても言葉にならない――。

 胸元の制御輝石が輝きを増し、操舵服の全身からも光が溢れる。ナズナは片手で掴んだ僕の腕をそのまま持ち上げて、掌甲板に向かって柔道の要領で叩きつけた。そんなことが出来たのも操舵服が輝石を通じてブランシュ・ネージュからパワーアシストされているからだろう。あの、受け身取らなかったんでこれ無茶苦茶痛いですよ?軽く死ねます。そのまま無様にゴロゴロ転がる僕らをブランシュ・ネージュの指先が止める。

「ごっごめん、ごめんねセリ」「いやその、僕が悪かったよ。助けてくれてありがとね……。でも、普通に助けてくれてたら、もっとよかった」ナズナが吹き出し、釣られて僕も笑った。

 そのままふたりで大笑いした。巨大ロボの掌の上で寝っ転がってゲラゲラ笑ってるって、なんだよこの状況。ゴギョウさんが亡くなってからはじめての、心の底からナズナが笑ってる状況。「いま、わたし飛んでたよね?」「そうだね、飛んでたよ」夜空に軽々と浮かんだナズナの姿は、まるで僕を導いてくれそうに見えた。どこへ?どこかへ……。


 ふたりで寝そべって夜空を見上げていると、まるで昔に帰ったみたいだ。星々が瞬く。

「なんだか、昔みたいだね、セリ。星が見えるよ」そうだね、僕も今そう思ったよ。

「昔から、星を見るのは好きだったのよ」僕はそうでもなかったよ。

「わたしが星を好きなことに、理由なんてなかったんだけれど」ひとが何かを好きになることに、理由なんていらないんだ。

「いまは、理由が出来た」そうかい。僕は今でも、星は嫌いだな。昔から理由があり過ぎる。

 星は、いつか君を連れ去ってしまうから。君は、いつか星の世界に行ってしまうから。

 だから僕は、星が嫌いだ。星空が嫌いだった。

「あの星空のどこかに、わたしの生まれた場所があるのかなあ。お父さんとお母さんが、いるのかなあ」その問いかけの半分は正解で、半分は僕にもわからない。なんと言っていいかわからないから僕はただ思ったことを言うだけにする。


「綺麗だね」


 なにが綺麗かって、それはね。

「わたし、行ってみたいよ。その場所に、その世界に。いま、そこへ行けるなら、手を伸ばすことができるなら、絶対に行く。それはきっと、わたしにとって大きな一歩になるんだ」そういう決断ができる君が綺麗だなって思うんだよ。

 ナズナが起き上がり、僕の上に覆いかぶさる。さかさまな顔が重なって、天球のどんな星よりも綺麗な瞳が僕をまっすぐに見つめる。銀色の髪がひと房、優しく僕の頬を撫でる。

 僕は努めて、星空を見ている。

「だから――」


「あのふたりはなんでいつもつるんでるんだ?」って陰口叩かれてることはよく知っている。それはたぶん、いまこの時のためなんだよ。


「――セリ、星を見に行こうよ」

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