【27】痕跡
「おまえ、一体何者だ!? 風と闇……二つの適性を持ち、あまつさえ俺の合成魔法をより洗練された形で習得しているなんて……」
「そんな驚くことでもないでしょう? 魔法は才能の世界。魔力量も適性も等級も何もかも、生まれた瞬間に運命づけられる。あんたはただ、私よりも才能が無かった。それだけよ」
いきってんなぁ。
「じ、実に古い考え方だ! 今ではどんな者でも一等級程度の魔法は使えるし、努力すればどんな魔法も──」
「それって無属性魔法の話でしょ?」
「っ!」
「元々あった属性魔法を、人間が勝手に改良してできた魔法。だから私ちょっと嫌いだもの。無属性魔法って。いわば負け犬の魔法。属性魔法こそ魔法の真髄よ」
「……」
エリーゼは彼から目を離し、街の方へと体を向ける。
「というわけでバッジ貸してね」
「……クソ。どういうつもりだ貴様?」
「あんたには関係ないわ」
そうして彼女は、未だ川に浸かっている俺を見る。
「いつまでそうしているつもり? あなた淡水魚?」
「おまえが突き飛ばしたんだろ」
「そうだったかしら? いいからさっさと会合に行くわよ。少し早いけど」
「え、待てよ。魔法は? 俺も使いたい」
「あのね。そんな一朝一夕で習得できるわけないじゃない。今日の授業はここまで」
「えーもったいぶんなよぉ!」
立ち上がって彼女を追うが、水を吸ったスラックスがちょっと重い。
エリーゼの横につくと、彼女が歩きながら手をかざし緑の魔法陣を出した。心地よい温風が吹く。
「風邪ひくわよ」
「どの口が言ってんだ。ぶっ飛ばすぞ」
「やれるもんならやってみなさい」
すると、あの赤髪魔法使いが呼びかけてきた。
「フォルトレット殿下にも同じことを言えるか……?」
「……」
エリーゼは振り返ることなく立ち止まった。
「我らがマジックギルドの創設者であり、あの魔王軍を下した人間界有数の魔法使い……ナタナエル・フォルトレット殿下。あの方は無属性魔法を誰よりも極め、魔界を落とし、今の地位にまで登り詰めた。決して負け犬の魔法などではない」
「あっそ」
それだけ返して、彼女はまた歩き出す。
気にしないような素振りを見せていたが、先ほどよりも歩みが少しばかり速くなっているのに俺は気づいた。
※ ※ ※
公国中央広場に隣接されたレストランにて、昨日、店主の遺体が見つかった。
遺体は刃物で首を飛ばされており、それが直接の死因になっているのは誰の目にも明らかだった。
「君。赤い装束を纏った魔族が、店主を殺したと言ったな?」
少し伸びてきた金髪を横に分け、私は現場を見下ろした。
死体は既に片付けられ、それがあった場所には赤い線が引かれている。
「は、はい! この目で見ました! 角の生えた魔族のガキです! ありゃ噂のレジスタンスですよ!」
「ガキ……現れたのは一体だけか?」
「そうです!」
「他に客は?」
「客? あぁ、いましたよ。確かあっちのテーブル席に男女が。カップルって感じでも、姉弟って感じでもない、妙な二人がね」
目撃者の中年男が指をさす。
すると、同じく現場の捜査に当たっていた衛兵の男が口を開いた。
「角の生えた魔族のガキ……となると、やはり店主を殺したのは──」
「十中八九、レジスタンスのリーダーだろうな。しかし、一つ気がかりなことがある」
「と言いますと?」
私は右目に灰色の魔法陣を出し、壊れた天井を見る。
「闇属性魔法の痕跡だ。等級は二だな」
「見て分かるものなのですか?」
「私には分かる。そして、リーダーの適正属性は火。過去に起きた事件から鑑みるにそれは間違いない」
「そうでした。となると、この天井の損傷は一体……」
「おそらく、件の男女客のどちらかが放ったものだろう」
話を聞いて、中年男が思い出したように口を挟んでくる。
「そういえば、舐めた態度を取った奴隷に俺が仕置きを加えようとした瞬間、この天井が壊れたんですよ!」
「ほう。その時、男女客に動きはあったか?」
「あ、すみません……ちゃんと見てませんでした。でも、その時まだレジスタンスはいなかったです!」
衛兵の男が椅子に上り、天井の穴を凝視する。
「奴隷を助けようとしたのでしょうか? しかし、それならなぜ天井を?」
「まぁ、怖気づいたのだろう」
今日日、魔族奴隷制に反発する人間など珍しくもなかった。その大半は裕福で平和な国に生まれた知識人や、魔界を手中に収めた公国の繁栄を面白く思わない諸外国である。だが、そのどれもが直接的な制裁を下すことはない。公国に盾つくことは、私に盾つくことと同義だからである。
「……」
瞳の魔法を発動したまま今一度店内を検めて、男女客が座っていたというテーブル席の横で立ち止まる。
「妙だな。この二人」
赤いソファが向かい合ったテーブル席。その片方に目を向けながら男に問う。
「その男女客、片方のソファに二人並んで座っていたのか?」
「片方に並んで? いや、普通に向かい合って座ってたと思いますけど」
「なら、こっちに座っていたのは男か、女か?」
「えーっと、確か女だったような」
「……」
衛兵もテーブル席に近づいてくる。
「殿下?」
「女が座っていたというソファからしか魔力反応がない」
「そんなまさか……」
衛兵は中年男に怒鳴る。
「おい貴様! 本当に二人いたのか!?」
「えっ!? い、いましたよ!」
「なら、魔力を有さない人間がいるとでも?」
「そ、そんなこと言われたって……いたもんはいたし」
声を荒げる衛兵の前に手を出し制止する。
「いいや。私が招集したマジックギルドの者なら、自身の魔力を消すという芸当もやってのけるかもしれない。証拠にこの女、私ですら正確に読み取れないような常軌を逸した魔力量を有している」
「殿下ですら感知できないと!? まさか、ありえませんよ!?」
「そうだな。おそらくこれもそういう風に誤認させる魔法なのだろう。何のためにそんなことをしているのか謎だが、とにかく並みの魔法使いでないことは確かだ」
私は踵を返し、店の出入り口へと歩き出した。
「どこへ?」
「決まっている。城だ。そろそろ依頼を受領したギルドの連中が集まる頃だからな。その男女にも会えるかもしれない」
そして、私は店を後にする。
やや建付けの悪い扉を開けると、錆びたドアベルの音が店内に鳴り響いた。
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