視聴者たちが教えてくれた怖い話

斑猫

第1話 異聞宝石譚――あるいは狐憑きの話 (提供者:森ちゃん(管狐・メス))

 元号がまだ大正か昭和と呼ばれていた頃、あるところに、身分と本性と宝石を隠し持っていた貴人と、思いがけずその秘密を知り、妄執に取り憑かれた若者がおりました。若者は、宝石の持ち主が悲運に巻き込まれて生命を落とし、そうしてどさくさに紛れて宝石を手に入れる事を望み始めました。動乱の最中にあり、互いに兵士という身分であるゆえに、いつ死ぬか解らぬ日々を過ごしてもいたのです。


 そしてほどなくして、若者の望みが叶う日が来てしまいました。すなわち弟分として可愛がっていた貴人が生命を落とし、のもつ宝石を手に入れたという事です。もっとも、そこで貴人が実はさる亡国のが男装していた事、かつて若者に宝石を隠し持つ事を明かした真意に若者は気付いてしまいました。気付いて、気付いたもののもう遅かったのです。正気と狂気の境目も解らぬままに、若者は宝石を全てわが手に収めました。


 そしてそれを――一匹の銀狐が見つめていたのです。


 ともあれ件の若者は、宝石を手に入れた顛末について、酒に酔いながら不特定多数の人々に語るようになりました。もっとも、酔っているためなのか、話の内容の為なのか、彼の話をマトモに取り合うものは少なかったのですが……


 ところが、若者にとって思いがけぬ事が起きたのです。元の宝石の持ち主である貴人が姿を現したのです。


 貴人の姿を見た若者の戸惑いは、無理からぬ話でした。敵兵に捕まり、その上腹部に宝石を撃ち込まれた屍となり、樹上に吊るされていた事は、他ならぬ若者が知っていたからです。その様を、若者は目の当たりにしていたのですから。


 戸惑う若者に対し、貴人は市井の者たちに語っていた事を自分にも話せと詰め寄りました。そしてもちろん――若者は話しました。


「あなたの話は概ね信じよう。私も多少は見聞きして、その事を知っていたのだから」


 そこまで言うと、今度は若者に宝石を全て差し出すように命じました。宝石を受け取った貴人は、醒め切った表情でもって若者を見下ろしていました。


「だが――あなたは心底を愛していた訳ではないのだろうな。それならば、この宝石はお前の持ち物などではない。この盗人め」


 言うや否や、貴人の姿は一匹の銀狐に変じました。何が何だか解らぬうちに銀狐はひらりと身を翻し、薄暗い闇の中に消えていったのでした。


 先の銀狐が何者だったのかは定かではありません。初めから妖狐だったのか、元々は単なる獣だったのか。それすらも実は重要な事ではないのです。しかし恐らくは、戦地で生命を落とした貴人の血肉を――端的に言えば胆などを口にしていたのかもしれません。だからこそ、彼女の念や魂の一部が乗り移ったとも解釈できますからね。


 その後の若者がどうなったのかは定かではありません。但し銀狐については、猟師が狐を捉えて腹を裂くと数十個の宝石が出て来ただとか、狐めいた若い女が、宝石を元手に町で商売を始めただという噂がにわかに立ち上ったようです。


 もっとも、それが真相かどうかは定かではありませんが。


 ※

〈話題提供者のひとこと〉


 いかな高貴な血を引くお狐様であっても、強い人間の、それも死後の念に操られる事もある……それこそが、この話の恐ろしさではないかと私は思っているのです。


 え、こちらのお話、聞き覚えがあるという事ですか? ええ、死後の恋、ですか。はい、確かにこの話を意識した所はございますね。ええ、ええ。確かに私のお話は、所謂本歌取りになるのでしょうねぇ。

 ですが、個人個人にとっては全く違うオリジナルの出来事であっても、第三者や遠い目線から見たら、全て同じに見える事もあるのだと、下賤の身ながらも思うのです……


 ※※

〈総括〉

 この森ちゃんと名乗っている管狐の女性は、触れた物の思念を読み取る、サイコメトリーの能力に恵まれているそうです。

 そしてその能力を活用して仕事をなさっているそうですが……その事について恐怖心を抱いているのではないか。僕にはそう思えてならないのです。


 参考文献:乙女の本棚シリーズ「死後の恋」(夢野久作+ホノジロトオジ 立東舎)

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