第四十九話 内乱勃発

 帝国各地では異変が起きていた。各都市からは男や兵士が消えていた。町や村からもだ。それは、ペスカ達が見た領都の光景と同様であった。


 消えた男衆は、兵士達と足並みを揃えて行進している。虚ろな顔をして、その目には何も映ってない様でいて、隊列は一切の乱れもない。それはある種、異様な光景とも言えよう。


 兵士達は武器を携えている。街の男達は包丁やナイフなどを手に持ち、農村の男達は鍬等を手に持っていた。

 武装した彼等が向かう先はただ一つ。帝都であった。


 ☆ ☆ ☆


 ペスカは、領都に僅かの兵を残す様に指示した後、アサルトライフルとロケットランチャーの操作説明をトール隊に指導した。


 カルーア軍も簡単に操作してみせたのだ。トール隊がそれに苦戦するわけもない。指導の後は、カルーア軍対トール隊の実戦を模した軽い演習を行った。

 そこでは、トール隊が見事な連携でカルーア軍を下した。


「なぁ、トールさんって優秀な指揮官だと思わねぇ?」

「そうだね。もっと大きな隊を任されても、おかしくないよ」

「俺よりよっぽど活躍しそうだな」

「まぁ、お兄ちゃんはそういうんじゃないからね」


 演習の後は、領都で兵站の補給を行う。そしてペスカは、トール隊とカルーア領軍を、アサルトライフル班とロケットランチャー班にそれぞれ分けて四班に再編成した。そしてシグルドを指揮官として任命する。


 帝国兵である二班の指揮を、そのままトールに預ける。カルーア領軍のアサルトライフル班はシルビア、ロケットランチャー班はメルフィーに指揮をさせる事に決めた。


 ペスカ一行はトール隊を先頭に、戦車、トラック、カルーア領軍の隊列で、領軍を追う為に進軍を開始した。


「急ぎてぇ所だけど、こればっかりは仕方ねぇのか」

「私達だけなら、直ぐに帝都へ着くけどね」

「それだと、駄目なんだろ?」

「今回ばかりは、戦力が多い方が良いと思う」

「所で、お兄ちゃんはさっきから何やってんの?」

「あぁ。これか? マナキャンセラーのイメージを固めてんだよ」

「弾が無くても撃てる様に?」

「そう。いなくなった人達が、俺達に立ち向かって来るんだろ?」

「その前に無力化させるつもりだけど」

「だったら、弾の消費は抑えねぇとな」

「お~、考えてるね」

「それと、必殺技みたいなのも考えておかねぇとな」

「ロメリア用に?」

「そう。お前の話を聞く限り、相当な相手みたいだからな」

「相当どころじゃないよ。かなりヤバいんだよ」

「だから、準備だ」


 行軍速度は、当然ながら歩兵に合わせたものになる。その為、車がスピードを出せたとしても、全体の速度は上がらない。その為、冬也は運転と監視をペスカに任せて、自分は瞑想を続けていた。


 帝国内でロメリアが暴れているのは、間違いがない。そうなると、ロメリアが再び現れる可能性も濃厚だろう。

 帝国兵や連れ去られた男達を鎮圧すれば良い訳ではない。圧倒的な力を持つ神と対峙しなければならないのだ。

 

 以前の戦いでは、ペスカの大魔法すら通用しなかったと聞く。それ以前に、悪神を前にして立つことさえ難しかったと聞く。

 そんな相手をどうすれば、倒せるのか。それを、冬也は模索していた。


 街道は帝都へと続いている。そして、相変わらず多数の足跡が残っている。それを見る度に帝国兵達は不安気な表情を浮かべる。


 説明は聞いていた。洗脳が解除される様子も見た。しかし、同胞と戦わなければならないと考えれば、不安にもなるだろう。

 そんな兵達を、時折トールが一喝していた。


「貴様ら! そんな事で仲間が救えると思うな! 前を向け! 我々は敵を挫き勝利する為に進んでいるのではない! 我らの愛する帝国を取り戻す為に戦うのだ!」


 そんな中、安堵出来る事も少なからずは有った。途中の村々の住民は、規模が少ないが幸いだったのか、精神汚染を免れていたのだ。

 住民達が言う事は、概ね予想通りであった。領軍は民兵を集めつつ、帝都へ向かい進軍した事が判明した。

 領主が強引に男達を連れて行ったと話す村人達は、怯える様に震えていた。


 精神汚染を受けていれば、怯える事も無かったろう。しかし、それでは生きているとは言えまい。空っぽになり、記憶を無くしてまで、人形の様に過ごす。それならば、怯えながらでも明日への希望を持ち、生きながらえた方がよっぽどましだ。


 そして、彼等の希望はここに有る。


 トール隊の面々は、住民達を勇気づける様に声をかけた。「安心しろ、我々が家族を取り戻す」と。そう断言した強い言葉は、自分達に発破をかけたものでもあろう。

 しかし、そこで見せた笑顔に勇気づけられた者達は少なくない。彼等もまた、住民達にとっての英雄になったのだろう。


 三日程で領境を仕切る関門に到着したが、門は開け放たれ見張りの兵が見当たらない。ペスカの指示で、トール隊が門の中を確認すると、兵士の死体が散乱している状態だった。門の中は荒れ果て、戦闘の形跡を示していた。

 

「トール、あなた達と違う紋章を付けた死体が多い様に見えるけど、帝国軍?」


 トールが歯軋りをしながら、ペスカに応える。


「ペスカ殿、この関門を守備していた帝国軍で間違い有りません」

「くそ、悪い予感ってのは、何で当たるんだよ」


 悪神は、更に追い打ちをかけるのだと、この惨状を見て冬也は痛感していた。


 兵士達を洗脳して連れて行くなら、関門を守る兵達も同様にすればいい。ここで血をながさせる必要がない。

 そうしたのは、何故か。簡単だ、こちらに精神的なダメージを負わせるため。そして、こちらを怒りで満たすためだ。


 冬也の頭には、以前に女神が語った言葉が過っていた。『怒りではロメリアを倒せない』と。女神の言葉に間違いは無い。何故なら敵は陰湿な手を使って、こちらを自分のテリトリーに引き込もうとしているのだから


「トール、兵士を埋葬してあげて。念の為に火葬でね」


 ペスカの命令に、トールが質問を返す。


「ペスカ殿、ただ埋めるのでは駄目なのですか?」

「遺体を操られて、色々されるのは面倒だしね。一応の予防策だよ」


 遺体の埋葬を終え暫く進むと、街道沿いに荷馬車が倒れ、血塗れの商人が複数倒れているのを見つける。トール隊に確認に向かわせるが、商人達は既に事切れていた。馬は逃げ荷馬車内は荒らされていた。

 その光景に、冬也は吐き捨てる様に言い放った。


「山賊って事じゃねぇよな。これがロメリアのやり方かよ!」

「冬也、怒りは抑えた方がいい。悪神の思う壺だ」


 冬也を落ち着かせるように、シグルドは答える。シグルドが敢えて言った言葉の意味は充分に理解している。しかし、感情は上手く言う事を聞いてくれない。

 好き好んで、自らが守るべき者を殺める兵は存在しない。そう、これは邪神の企みなのだ。この惨状を自分達に見せて、奴は高笑いしているのだ。

 そう考えるだけでも、胸糞が悪くなる。怒りで頭が沸騰しそうになる。

 

 遺体は手早くトール隊により火葬され、進軍を再開させる。そして、襲われる荷馬車は一台では無かった。


 帝国に近づく程、襲われる民間人の数は増えていく。誰もが逃げる所を、後ろから襲われた様に倒れていた。トール隊を始めカルーア領軍も、固い表情で押し黙っていた。

 民間人の遺体を見つめ、冬也は拳を強く握りしめ呟いた。

 

「糞野郎。自分達が何してるのか判ってやがんのか」

「お兄ちゃん、落ち着いて。ロメリアに呑まれないで」

「でもよ、糞!」


 ペスカは、先の邪神戦を思い返し冷静であろうと努めていた。また、冬也が怒りを露わにしているからこそ、冷静であらねばと思えたのかもしれない。

 憤りも悔しさも全てを呑み込んで、ペスカは無言で冬也の頭を引き寄せ、自らの胸で優しく抱きしめる。そして冬也は、黙ったままペスカに身を預ける。ペスカの温かな体温が、ささくれ立った冬也の心を、優しく癒していく。

 冬也が落着いて来た頃を見計らい、ペスカがやや厳しい口調で話しかける。


「お兄ちゃん。多分この先はもっと酷いよ。慣れろとは言わない。怒りに流されないで」

「そうだな。ありがとう、ペスカ」


 ペスカの言葉は、自分にもかけた言葉なのであろう。それを理解した冬也は、ペスカの頭を優しく一撫ですると戦車に戻る。冬也に続いて戦車に乗り込もうとするペスカに、トールが声をかけた。


「あの先に見える小高い丘を越えると帝都です」


 ペスカは冬也に戦車の運転を任せ、ハッチから体を半分出し、周囲の状況を確認しつつ進軍する。

 少し進むと、爆発音や金属がぶつかる音が聞こえて来る。その音は丘に近づく度にはっきりと聞こえる様になった。慌てて駆けだそうとするトール隊に、ペスカは隊列を崩さぬ様に指示をする。

 丘を登り切った先は、広大な平野になっており、高い城壁に囲まれた帝都が見える。そして数千にも及ぶ軍隊が、帝都を囲み攻撃をしていた。


「待てよ! ロメリアって、他の国を攻める為に兵を集めてたんじゃねぇのかよ!」

「冬也、予想は裏切られるものだよ。悪い方にね。ペスカ様、これは既に内乱です」

「そうだね。やってくれるよ、ロメリアの奴。所でトール、領軍ってあんなに多いの?」

「恐らくあれは、辺境領全ての軍が、攻めているのだと思います」


 魔法を使って城門の破壊を試みている部隊がいる一方で、弓や投石で帝都内に攻撃を仕掛ける部隊いる。他には、はしごを立て掛け、侵入を試みる部隊も見受けられる。

 帝都は完全に包囲され、侵攻を受けていた。対する帝都軍は、城壁の上から弓や魔法で対抗し、攻勢を凌いでいた。

 

 攻撃は止む事が無く続いている。魔法に当り両足を失っても、這いずる様に帝都へ攻撃を仕掛ける兵がいる。はしごから落とされ血を流しても、再び這い上がって来る兵がいる。魔法は途切れる事無く放ち続けられ、城門は破られようとしていた。


 辺境領都の軍が大挙して帝都へ侵攻した。その事実を目の当たりにし、トール隊に緊張が走る。焦燥に駆り立てられる様に、帝都に向かう者が出始める。

 皆の動揺を鎮めようと、ペスカは一喝した。

 

「落ち着け! 諸君らは何をしにここに来た。彼らも諸君らが守るべき、帝国民では無いのか? 冷静になれ!」


 ペスカの言葉に冷静を取り戻すトール隊。続いてペスカの指示が響き渡る。


「皆武器を構えよ! ロケットランチャー班は先陣、続いてアサルトライフル班が進め! トラックは後方支援。良いか! 皆隊列を崩すな」


 ペスカの命令で全軍が隊列を整える。内乱鎮圧を掛けたペスカ達の戦いが始まった。

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