第四十三話 進めペスカ隊長

 カルーア領、それはライン帝国との境界に面し、国境門を有する領地である。近年、エルラフィア王国とライン帝国の関係が良好な影響も有り、交易の窓口としても発展をしてきた。


 二十年前の悪夢以来、不戦協定を初めとした様々な協定が、両国で結ばれている。それにも関わらず、突如として帝国は国境門を超えて侵攻を始めた。

 死傷者こそ出なかったものの、国境門近くの街に侵攻した帝国軍は、数件の建物を破壊し田畑を焼いた。それ以降、国境門を封鎖し立て籠っている。状況だけ見れば、協定違反である。しかし、その行動は不可解に他ならない。

 

 戦争の意志が有るなら、既に大軍を率いてカルーア領を占領していてもおかしくはない。ライン帝国は、ラフィスフィア大陸で最大の戦力を誇る国家なのだから。

 しかし一連の行動は、一部の隊が暴走としか思えない小規模のものである。悪戯にしては度が過ぎているが、戦争の意志有りと判断するには根拠として心許ない。

 そんな謎の行動に、ペスカは邪神の存在を示唆した。そして、事実確認を行う為の遠征隊を組織したのである。


 カルーア領に入るには、王都周辺の直轄地を抜け、一度別の領地を経由しないとならない。ペスカ一行は、王都側とカルーア側の二つの関門を越える必要がある。

 また、カルーア領を目指すのは、ペスカの造った戦車とトラックだけではない。帝国との一戦を想定し作らせた、銃器の数々を運んでいる。


 そんなカルーア領を目指すペスカ一行は、戦車を先頭に大型荷馬車数台が後を続き、荷馬車の横に護衛兵、最後尾にトラックの編成で街道を進んでいった。


 王都を出発直後に、ペスカ達の行動を牽制するかの様に、黒いドラゴンが出没し始める。しかし、戦車とトラックの魔攻砲で跡形も無く粉砕した。


「やっぱり出て来たね」

「ロメリアが関わってるってのが、濃厚って事か?」

「そう言う事だね」

「でもよ。こんなわかりやすくて良いのか? こっちにばれないようにしないとさ」

「良いんじゃないの。どうせ、ちょっかいかけてきてるだけだしさ」

「それよりさ、兵士の人達が慌ててるぞ」

「全くドラゴン如きでアワアワしちゃって、カツを入れないとね」


 ドラゴンの出没で、カルーアの兵達が動揺するのも無理からぬ事であろう。如何に優れた武器を携えていた所で、ドラゴンの吐き出す炎は兵士の数十人は一瞬の内に塵芥へと変えるだろう。


 しかし、ペスカと冬也は何度となくドラゴンを討伐している。それは任務と言うより作業に近い感覚であろう。  


「じゃあ、いっちょ行こっか。お兄ちゃん」

「任せとけ、ペスカ」


 冬也の撃った魔攻砲は、ドラゴン達を一掃する。そしてカルーア兵からどよめきが上がる。カルーア兵にも魔法部隊は存在する。そこで見たものは、彼等が力を合わせたとて成しえない偉業に近い出来事であった。


 それを実際に目の当たりにし、兵士達の闘志が漲っていくのが見て取れる。戦車の砲弾が特別なのは、既に説明されている。自分達が持っている武器に殺傷能力が無い事も先刻承知だ。

 しかし、これだけの事を見せられたのだ。問題になっている帝国軍の侵攻も、『簡単に何とかなるのでは』と考えてしまうのは、決して不自然な事ではないだろう。


 またトラック側には、王族直通の魔工通信が別に設置され、瞬時の報告が可能になっている。王族直通の魔攻通信は、近衛隊副隊長が受け王族へ報告する手筈になっている。シグルドはドラゴン出没の都度、魔攻通信で王都へ詳細を報告していた。


 王都近郊を抜け、ドラゴンの影が見当たらなくなると、張りつめていた空気が緩み始める。そんな時ペスカがトラックに向け、魔攻通信で連絡を取り始めた。


「あ~テステス! そちら異常は無いか?」

「異常無し。ドラゴンの影も見当たりません」

「ペスカ、ドラゴンが出た時に連絡したろ。今更テステスって」

「甘いねお兄ちゃん。こういうのは雰囲気だよ」

「そうよ、冬也君。雰囲気って大事よ」

「シルビアさんまで絡んで来ると、面倒臭さが増すんだよ」


 眉をひそめる冬也に、ペスカが追い打ちをかける。


「そんなお兄ちゃんに朗報です。これからこの部隊の隊長は私ね!」

「はぁ? 何言ってんだお前! シグルドが隊長じゃ無いのかよ」

「冬也、問題無いよ。陛下からはご了承頂いている」

「ペスカ様が、隊長よね」

「適任ですな」

「セムスの言う通りです」

「シグルドは副隊長で通信兵ね」

「うぉ~い! 副隊長が通信兵ってどういう兼任だよ」

「仕方ないでしょお兄ちゃん。人数少ないんだし。トラックの運転は、シグルド以外の三人が交代でやってるんだから」

「謹んで拝命致します、ペスカ様」

「シグルド君が適任ね」

「そうですな。何でも器用に熟すシグルド様の事、立派に任務を果たされるでしょう」

「私もセムスと同意見です」


 何を言っても四倍になって返って来る状況に、冬也は頭を抱える。そしてペスカは冬也に更に追い打ちをかけた。


「お兄ちゃんは、私を撫でて、褒めて、甘やかす係ね」

「誰がやるか、バカヤロー!」


 冬也の鉄拳がペスカの脳天にさく裂すると、戦車が大きく蛇行する。当然ながら、後方の荷馬車や護衛兵からは、どよめきが走る。冬也は慌てて座席にしがみつき、ペスカは急いで戦車の態勢を立てなおした。

 そして涙目のペスカが上目遣いで、冬也を見つめ呟く。


「お兄ちゃん。フレンドリーファイアだよ。運転手への暴行は禁止です」

「ごめんペスカ」


 流石の冬也も項垂れて、ペスカに頭を下げた。

  

 ペスカの指揮の下、遠征隊は順調に進み、王都側の関門を出発した当日に抜ける。途中の領地では、ロメリア教残党の襲撃を危惧していたが、頻発する事はなかった。


 途中の村々で、一行は物資補給や野営を行う。一行は予定通りに行程を進んでいく。護衛兵はペスカの指示に従い、淡々と仕事をこなしていった。


「やっぱり、何処の村でも食糧不足なんだな。有難く貰ったけど、気が引けるな」

「それは仕方ないよ。何せ戦時中だしね」

「いや、未だ戦争は起こってないんだろ?」

「似た様なもんだよ。こんな時に割を食うのは農家の人達だし」

「やるせねぇな」


 時折出没するモンスターは冬也が機銃を操り殲滅し、出発から三日目にはカルーア側の関門に辿り着いた。関門ではカルーア領軍の一部と合流し、兵器の受け渡しが完了した。そして受け渡しと共に、兵器の使用方法を再度説明した。

 

 合流の完了と国境門へ向かう旨の連絡を領主へする様にと、ペスカは関門の兵に指示を出す。そして一行は、帝国軍と対峙するカルーア領軍本隊に合流する為、国境門へ向かい進み始めた。


 順調な事に越したことはない。ただ、順調すぎると不安になるのが、人の心というものである。モンスターやロメリア教残党の出没は、想定済みである。残党どころか、ドラゴンが何度か飛来したのみである。それが不安に感じたのか、冬也はペスカに問いかけた。

 

「なぁペスカ、残党って奴ら出て来なかったな。モンスターも思ったより少ないし、どうなってるんだ?」

「残党達は、領都や大きな街を中心に暴れてるみたいだからね。私達が通った小さな村には現れないんじゃない?」

「なんか違和感が有るんだよ。神様なら、やろうと思えばもっと大規模な事が出来んだろ? モンスターも人を操る事も、何か限定しすぎてねぇか?」

「お兄ちゃんが感じている違和感は、ゲームで良く有る『混沌の魔王が現れ、人々は恐怖していた! と言いつつ、始まりの街は平和そのもの』みたいなやつ?」

「そう、それ!」

「一応は、神様の中でもルールが有るみたいなの。人に干渉しすぎないってのがね。邪神ロメリアは、ルールのぎりぎりで、人の世界に干渉して楽しんでるみたい」

「どういう事だ?」

「二十年前の事件は、ドルクと自分の信徒達に限定して、干渉してたんだよ。人の世界に干渉しすぎた神は、他の神から罰を受けるから。今回も一部の人に干渉して、騒ぎを大きくさせてる可能性があるね」

「そりゃあ要するに、単なる嫌がらせや悪戯とかのレベルじゃねぇのか?」

「確かにね。ただ神様が絡むから事が大きくなる」

「いい迷惑だな」

「ほんと、いい迷惑なんだよ。お兄ちゃんには、期待してるよ。マナの扱いがかなり上達してるし。それにそろそろ目的地だよ」


 ペスカに言われ冬也が前方を確認すると、国境門が見えていた。そこには、封鎖された国境門上で徘徊している帝国兵と、それを取り囲むカルーア領軍本隊の姿が有った。

 

 合流した後に、カルーア領軍の本体にも銃器が渡される。そして、領軍を率いていた隊長から、礼と共に情報がもたらされた。

 依然として、帝国軍は国境門に立て籠もり威嚇攻撃を続けており、どの兵達も表情が無く、虚ろな目で単調な攻撃を繰り返すだけとの事だった。

 それは予想していた展開であり、洗脳状態なのは間違いないだろう。


 ただし洗脳状態なのが、国境門に立て籠った一部の帝国軍だけならばの話だが。

 エルラフィア王は、帝国との連絡が取れないと語っていた。国境門の状況は、ただの一部に過ぎないのではないか。もし、この状況が帝国中に広がっていたとしたら、問題は帝国だけには留まらない。大陸全土に影響を及ぼし、果てや大陸中で起こりつつある戦争を加速させる要因になる。


 遠征隊一同が気持ちを引き締め直す。ライン帝国に何が起きたのか。状況調査と事態好転に向けた、遠征隊の活動が開始された。

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