第七話 初めての街
見渡す限りの草原は、森の中での戦いが嘘の様に感じるほど平和な光景で、疲れた心を癒していく。小一時間ほど歩くと、放牧されている牛や豚等の、家畜の姿が見えて来る。とても異世界とは思えない風景に、首を傾げながら冬也は歩いていく。不思議そうな表情で歩く冬也を見て、ペスカはとても楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「なぁ、さっき出てきたウサギやら何やらは、ここには出てこないのか?」
「あれは動物だからね。日本でも山に入ればハブやらイノシシやらが出るでしょ?」
「じゃあ、あのマンティコアとかいうのは?」
「あれは正真正銘の化け物だよ。異常事態だよ」
取り合えずは質問をしてみたものの、「ふ~ん」といった感じで冬也はサラリと話を流す。それだけペスカの話を荒唐無稽に感じていたのだろう。『異世界など存在しない』と信じて疑わない者を納得させるのは、そう簡単ではないはずだ。
実際のところ、周囲の風景を『やっぱり外国の何処か』と言われたら、冬也は疑うことなく信じただろう。
更に歩くと農園に差し掛かったのか、様々な野菜が育てられていた。日本では見た事が無い野菜が多い。
「なぁ、ペスカ。やっぱり俺を騙してるのか? ここって外国だろ? オーストラリアか?」
「まだ言ってんの? 異世界だって言ってるじゃない」
そして、農園の奥で微かに見えたのは、日本人なら見慣れた稲穂の姿であった。
「ペスカ、あれ米だよな。って事は日本か? でっかい草原が有るって事は、北海道か?」
「あのさ、お兄ちゃん。北海道にヒグマは居ても、マンティコアは居ないでしょ。いい加減に認めなよ」
諭される様にペスカから言われても、納得がいかず冬也は首を傾げる。街道を歩き農園を過ぎようとした時に、高い城壁が見えて来る。
日本とは異なる造りの西洋風の城壁には、大きな城門が有り、数人の門兵が立っていた。あれは白人なのだろうか。遠目でもわかるのが、明らかに日本人と異なる容姿と、がっちりとした体躯をしていた。
城壁から門兵に至るまでを見れば、十七世紀のヨーロッパの風景を再現したと考えた方が、まだしっくりくるのかもしれない。
「ペスカ、あそこって観光地かなんかだろ? 中世の遺跡みたいなさ。入場料とか必要なんだろ? 一応金は持って来てるけど、ユーロとかに交換しなきゃだよな?」
「お兄ちゃん。あれは普通の街だよ。一応は兵士が検問してるけどさ」
「いや、兵士風のコスプレした外人だろ? それに言葉はどうすんだ? ペスカは喋れるのか?」
「外人じゃ無くて、異世界人だよ。体形は現代の欧米人に近いかもね」
「そうじゃ無くて、言葉だよ言葉。コミュニケーション」
「まあ何とかなるって。気楽にいこ~よ」
城門には、街に入るための列が出来ていた。違和感を感じながらも、ペスカの後に続いて冬也は列に並ぶ。街に近づけば益々違和感が増す。並んでいる人々は、掘りの深い欧米風の顔立ちで、自分よりも高い身長の男性が多い。男はズボンにシャツ。女性はスカートの服装が多いが、デザインが現代と違う。ざっくりとしたズボンとTシャツの冬也でさえ、明らかに周囲とは浮いていた。
「市民証を出せ。よし入って良いぞ。次!」
だがその時、更なる違和感が、冬也に訪れる。門兵の言葉が聞こえる。いや、理解出来る。
「ペスカ、俺あいつの言葉が解る。何でだ?」
「それは、睡眠学習効果だね」
「お前、俺に何をしたんだ? ってそれよりも市民証ってのは持ってないぞ。どうやって入るんだ?」
「お兄ちゃん。私を誰だと思っているの。元天才美少女大賢者だよ!」
「また変なのが増えたぞ」
やがて順番がやって来る。甲冑を纏った兵士はこちらを見ると、ギロリと睨みを利かせて、市民証を要求する。さもありなん、衣服からして周囲とは全く違うのだ。兵士が警戒してもおかしくはない。だがペスカは当たり前の様に、懐から一枚のカードらしき物を取り出し提示する。
「ペスカが来たって、クラウスに伝えといてね」
ペスカがカードを提示した瞬間に、兵士達が騒めき出し一瞬で態度が一変した。兵士達は、一斉にペスカに対して深々と頭を下げる。
「大変失礼致しました。メイザー伯の関係者でいらっしゃいましたか。どうぞ、お通りください」
仰々しい態度に変わった兵士達の姿に、冬也は口をあんぐりと開けて驚いていた。
「ペスカ、お前何者?」
「だ~か~ら~、超天才美少女大賢者だよ」
最早、突っ込むのも忘れた冬也は、門を抜けて街の中を見渡した。街並みは、美しいレンガ造りの建物が並んでおり、道は石畳で綺麗に整備されている。さながら、ヨーロッパへ旅に来た気分になる街であった。
「なんか、すげぇな」
「そうでしょ。えっへん」
「なんでお前が、どや顔なんだよ」
「だって私の功績だし」
「はぁ? 何言ってんだよペスカ」
「細かい事は置いといて、先ずは宿の確保とご飯だね」
「だからユーロは持ってねぇんだ。どこで換金するんだよペスカ」
「もうっ、円もユーロもドルも使えないの! 全部このペスカちゃんにお任せよ、お兄ちゃん」
「もう兄ちゃんはついていけねぇ~よ」
溜息を付く冬也の手を引き、ペスカは迷うこと無く街を進み、いかにも高級そうな宿へと入って行く。そして、先程のカードを受け付けに見せる。
そしてやけに仰々しい態度で案内された部屋は、高級そうな調度品が多く飾られる、広い部屋だった。
「ペスカ。だからお前何者だよ」
「何度も言ってるし。超絶天才、いだっ!」
「それは、もういい」
「うぅ~!」
頭を叩かれ、ペスカは恨めしそうに冬也を見つめる。そんなペスカに付き合いきれず、冬也はベッドに飛び込む。慣れない戦いの上、歩き通しだったのだ。冬也はすぐに意識が遠くなる。
「お疲れ様。ありがとう、お兄ちゃん。大好きだよ」
ペスカの優しい声が、遠くで聞こえるかの様に、冬也は寝息を立てていた。
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