【トール】第7章:ダークマターとダークエネルギーの海
暗黒の深淵が私たちを包み込んだ。
目に見えない何かが、宇宙の大部分を占めている感覚。
それは、これまでの章とは全く異なる、不気味さと神秘性を帯びていた。
「ここが、現代宇宙論の最大の謎だ」
ダンの声が闇の中から聞こえてきた。
姿が見えない。
「宇宙の質量とエネルギーの大部分が、未だに正体不明なんだ」
私は周囲を見回そうとしたが、何も見えない。
ただ、圧倒的な存在感だけが感じられた。
「ダン、怖いわ」
私は素直に告白した。
「何も見えないのに、何かがあるって分かる。この感覚……正気を失いそう」
すると、ダンが笑い出した。
その笑い声は、この暗黒の中で不思議なほど明るく響いた。
「なぜ笑うの?」
私は少し怒りを感じながら尋ねた。
「ごめんよ、トール」
ダンは笑いを抑えながら答えた。
「君の反応が、人類の反応そのものだったからさ。見えないものを恐れ、理解できないものに不安を感じる。でも、それこそが科学の原動力なんだ」
その言葉に、私は少し気持ちが和らいだ。確かに、未知のものへの恐れは人間の本能だ。しかし、その恐れを超えて探求することが、科学者の使命なのかもしれない。
「じゃあ、どうすればいいの?」
私は尋ねた。
「想像力を働かせるんだ」
ダンは答えた。
「見えないからこそ、可能性は無限大だ。君なら、この闇の中に何が潜んでいると思う?」
私は目を閉じ、想像力を解き放った。
すると、不思議なことに、闇の中に微かな光が見え始めた。
「見える……」
私は驚きの声を上げた。
「銀河を取り巻く、巨大な網のような構造。それに、宇宙全体を満たす、不思議なエネルギーの流れ」
「素晴らしいよ、トール!」
ダンは興奮した様子で言った。
「君は今、ダークマターのフィラメント構造と、ダークエネルギーの遍在性を感じ取ったんだ」
私は目を開けた。
闇は依然として存在していたが、もはや恐ろしいものではなかった。
むしろ、好奇心をかき立てる存在に変わっていた。
「ダン、これって……私たちの理解を根本から変える可能性があるわよね」
私は興奮を抑えきれずに言った。
「その通りだ」
ダンは真剣な表情で答えた。
「ダークマターとダークエネルギーの正体を解明することは、宇宙の過去と未来を理解する鍵になるかもしれない」
私は深く考え込んだ。これまで、私は目に見える現象だけを追いかけていた。しかし、真の宇宙の姿を理解するには、見えないものにも目を向ける必要がある。
「ダン」
私は決意を込めて言った。
「私、この研究に人生を捧げたいと思う。見えないものを見る方法を見つけ出すわ」
ダンは優しく微笑んだ。
「その決意、素晴らしいよ。でも忘れないで。この謎を解くのは、君一人じゃない。世界中の科学者たちと協力しながら、少しずつ真実に近づいていくんだ」
その言葉に、私は大きくうなずいた。孤独な天才ではなく、協力し合う科学者の一員として、この大きな謎に挑戦していく。その思いが、私の中に新たな希望を灯した。
私たちはダークマターとダークエネルギーの海を後にした。しかし、その存在は私の心に深く刻み込まれていた。見えないものを追い求める。それこそが、真の科学者の姿なのかもしれない。
この経験は、私の研究者としての姿勢を大きく変えるきっかけとなった。目に見える現象だけでなく、見えない領域にも目を向け、想像力と論理を駆使して真理に迫る。その新たな挑戦に、私の心は高鳴っていた。
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