【トール】第2章:相対性理論の迷宮

 私たちは、時空が歪んだ巨大な迷宮に足を踏み入れた。壁には、アインシュタインの場の方程式が刻まれている。その複雑な数式の海に、私は一瞬たじろいだ。しかし、すぐに私の特殊能力が発動し、数式の意味が鮮明に浮かび上がってきた。


「ここでは、一般相対性理論と特殊相対性理論が交錯しているんだ」


 ダンが説明する。


「重力と光速の関係が、ここでは目に見える形で存在している」


 私は息を呑んだ。時空の構造が、まるで生き物のように動き、変化していく。質量、エネルギー、光が、複雑な舞踏を繰り広げている。それは、私がこれまで教科書で学んできたことを遥かに超える、生きた相対性理論だった。


 しかし、この壮大な光景を目の当たりにしながらも、私の心の中では依然として警戒心が渦巻いていた。ダンの存在が、この現実をどこまで操作しているのか。彼は本当に私を導いているのか、それとも何か別の目的があるのか。


「どう? 驚いた?」


 ダンが私の反応を窺うように尋ねた。

 私は正直に答えた。


「ええ、これは……信じられないほど美しいです。でも同時に、少し怖くもあります」


 ダンは優しく微笑んだ。


「その感覚は大切だよ。畏敬の念を持ちつつ、恐れに支配されないこと。それが真の探求者の姿勢だ」


 その言葉に、私は少し心を開いた。

 しかし、完全に信頼することはまだできなかった。


「でも、これもまだ序章に過ぎない」


 ダンは続ける。


「本当の冒険はこれからだ」


 私は深く息を吸った。これから先に何が待っているのか、想像もつかない。しかし、真理を追求する情熱が、私の中で燃え盛っていた。


「準備はいいよ」


 私は決意を込めて言った。


 ダンはうなずき、私たちは迷宮の奥へと進んでいった。歩みを進めるにつれ、時空の歪みがより激しくなり、私の感覚は混乱し始めた。上下左右の概念が崩壊し、過去と未来が交錯する。


 その中で、私は突然、幼少期の記憶のフラッシュバックを体験した。両親と一緒に初めて天体望遠鏡を覗いた瞬間、宇宙の広大さに圧倒され、同時に深い孤独を感じた記憶。その感覚が、今の私の心と重なり合う。


「大丈夫?」


 ダンの声が聞こえた。

 私は我に返り、頷いた。


「はい……ただ、少し圧倒されて」

「その感覚を大切にして」


 ダンは言った。


「それこそが、宇宙の真理に触れている証なんだ」


 その言葉に、私は少し勇気づけられた。しかし同時に、ダンへの依存度が高まっていることにも気づいた。この状況で、彼以外に頼れる存在がいないことに、ある種の恐怖を感じた。


 私たちは迷宮の中心へと向かっていった。そこでは、時間と空間の概念が完全に溶解し、純粋な「存在」だけが残っていた。


「ここが、相対性理論の究極の姿だ」


 ダンが静かに告げた。


「すべてが相対的で、同時にすべてが絶対的な場所」


 私はその光景に圧倒された。これが宇宙の真理なのか。しかし、それを理解しようとすればするほど、私の中に空虚感が広がっていった。


「この先には何があるの?」


 私は不安と期待が入り混じった声で尋ねた。

 ダンは神秘的な笑みを浮かべた。


「それは、君自身が見つけ出すことだよ」


 その言葉に、私は深い孤独感を覚えた。結局のところ、この旅は私一人のものなのだ。ダンは導き手かもしれないが、真理を掴むのは私自身でなければならない。


 私たちは相対性理論の迷宮を後にした。次の目的地へと向かう中で、私の心は複雑な感情で揺れ動いていた。興奮、恐怖、好奇心、そして深い孤独感。これらすべてが、私の中で渦巻いていた。

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