【エリザ】第7章:集合的無意識の深淵

 エリザとダンは、集合的無意識の深淵に立った。

 そこでは、人類共通の原型が、暗闇の中で蠢いていた。


「ユングの集合的無意識理論を、まざまざと感じるわ」エリザは身震いする。「私たちの無意識の中に、太古からの記憶が眠っているのね」

「そう」


 ダンは静かに言う。


「神話や民話は、その集合的無意識の表れだ。だからこそ、普遍的な構造を持つのさ」


 エリザの目の前で、ユングの集合的無意識理論が鮮やかに可視化された。

 深い闇の中から、人類共通の原型イメージが浮かび上がり、それらが複雑に絡み合いながら、神話や民話の源泉となっていく様子が見えた。


「これは本当に驚くべき光景だわ」


 エリザは身震いしながら言った。


「ユングが言うように、私たちの無意識の奥底には、人類共通の原型が眠っているのね」

 彼女は熱心に観察を続けながら、自身の考えを整理した。


「ユングの集合的無意識理論は、人類の精神性の深層を見事に捉えているわ。私たちは皆、個人的な経験を超えた、人類共通の心理的遺産を持っている。それが神話や芸術、そして私たちの夢の中に現れるのよ」


 エリザは一般の人にも分かりやすいように説明を加えた。


「簡単に言えば、私たち人間には生まれつき共通のイメージや物語のパターンが心の奥底にあるってことよ。例えば、'英雄'や'母なる大地'といったイメージ。これらは世界中の神話や物語に共通して現れるでしょう?それは、私たちの無意識に共通の基盤があるからなの。この理論は、人類の普遍性を示唆していて、文化の多様性の中にある共通点を理解する助けになるわ」


 エリザは、自分の研究を思い起こす。

 世界中の民話に、共通の文法を見出そうとしてきた。

 それは、人類の集合的無意識に根ざしたものだったのかもしれない。


「世界中の民話には、確かに共通の文法があるわ」


 エリザは熱心に語り始めた。


「例えば、'英雄の旅'というパターン。主人公が日常の世界を離れ、試練の世界に入り、困難を乗り越えて成長し、特別な力や知恵を得て帰還する。これは『オデュッセイア』や『桃太郎』、『スター・ウォーズ』など、時代や文化を超えて見られるわ」


 彼女は続けた。


「また、'善悪の二元対立'も普遍的ね。正義の味方と悪の勢力の戦いは、多くの物語の核心にある。'変身'のモチーフも共通しているわ。動物が人間に、あるいは人間が動物や別の存在に変身する話は、世界中に存在するの」


「数字の象徴性も興味深いわ。'3'という数字が特別な意味を持つ話が多い。三度の試練、三人の主人公、三つの願いなど。'7'も同様よ」


 エリザは熱を帯びた声で締めくくった。


「これらの共通点は、人間の心の深層にある普遍的なパターンを反映しているのかもしれない。私の研究は、この普遍性を明らかにしようとしているのよ」


 ダンは、エリザの目を見つめた。


「君の研究は、人類の叡智の結晶だ。それを明らかにすることで、君は人類を新たな次元へと導くだろう」


 その言葉に、エリザは胸が熱くなるのを感じた。

 ダンは、自分の研究の意義を、誰よりも理解してくれている。

 彼といれば、どんな困難も乗り越えられる気がする。


 だが、その期待には、不安が付きまとう。ダンへの信頼が、依存になっているのではないか? 自分の研究は、本当に正しい方向に進んでいるのだろうか。


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