第10話

 少女が言うには、食用のオイルを使いたいらしい。

一瞬『飲む』という奇妙な動詞が聞こえた気がするが、

『使う』の間違いだろう。


 さて、どうやら俺は相当なお人好しらしく、

彼女が本当に不審者であるという想定をかなぐり捨ててまで、

自分の家の、ダイニングルームに彼女を連れて行った。


 皿洗い用の洗面台の近くには

鋭利な包丁が2,3本立てかけられているから、

もし彼女が、、なんて考えると、俺の今している事は自殺行為ーー

最悪背中をぐさりと刺されてあの世行き。


 よく、『女は男の3歩後ろを歩くべきだ』という古き悪しき

男女観を掲げている亭主関白気質の男性が存在するが、

道を先導する上で、後ろを歩く奴は我が家に上がり込んだ赤の他人

という今この状況において、抱く感情は恐怖でしかないーー


 痛い思いをして死ぬなんて冗談じゃないんだ。

死ぬんならせめて、苦しまずに楽に逝きたいーー


「えっとね..。ここにいくつか食用油が入ってるんだけど..」


 と、コンロの下の収納スペースをガサ入れする際に、

もしかすると彼女はこの油を家中にばら撒いて放火しようと

しているのでは? といった最悪な妄想が脳裏をよぎる。


 だから一応、例の油入れのスペースの上方にあるガスの元栓は締め、

適当な油を取り出し彼女に吟味させるほんの合間に、俺は

近くにあるもう一つの棚から、マッチとライターを素早く回収。


 それらを全てポケットの中に突っ込んだ。


「何・・ガサガサしているのですか?」

「ううん、何でもないよ。

ところで、家にある油の種類はこれで全部なんだけど..」


 今、大理石で作られれたキッチンの上面に置かれた油たちは、

左から順にーサラダ油、ごま油、こめ油、オリーブオイルの4種


 それを見て、何をするかは定かではないが、

彼女はまず、一番左に置かれたサラダ油のボトルの蓋を開け、

中に入っている油を手に垂らす。


 と、ここまでの行動だけでも大分理解できないのに、直後、

彼女はもっと理解不能な行為に及んだ。



 ペロ



 と舌を上品に出し、指先に付着した油をひと舐め。


「え..? 何してるの?」

「ううんーー総合的には悪くないんだけど・コクと深みにかける・・ー

例えるのならーにんにくの入っていない豚骨ラーメンのようなものね」


 続いてごま油ーー


「ううんーー初手のインパクトは強いのだけど・食べてくると段々

飽きてくる味だわ・・

例えるのならー無駄に味の濃い魚介系ラーメンといったとこねーー」


 こいつは一々ラーメンで例えないといけない縛りでも課しているのだろうか?


 お次はこめ油ーー


「うわ・・・これは論外だわーーあっさりしすぎ・・

例えるのなら・映えと見た目に全振りしたーあっさり塩ラーメンってところね」


※ラーメンに関する例えは、全て彼女の個人的な感想です


 そして、最後はオリーブオイルだ。

正確には、成○石井で購入した純度100%のエキストラバージンオリーブオイルー

自分が洋食、特にイタリア料理好きなのもあって、これは欠かせないのだ。


 一本1500円


 それを、彼女はーー


 まるで一升瓶を一気飲みする中年の親父のように、、


 ゴクリゴクリ


 天を仰ぎながら、物凄いペースで吸引していった。


「うわぁ!! 何してるんだ! 病気になるぞ!!」

「なーーなに・・これ・・」


「聞いてる?」

「あ・ー・・」


「だから、何してるのさ!? 意味分かんないよ!!

オリーブオイルを直飲みするなんてどういう思考してんの!?」

「え・えっと・・栄養補給ーー」


「ふ、ふざけんなよ!!

一本1500円を一瞬で溶かしやがって!!

勝手に家に上がってきたと思えば、、

お前はなんだ!? まじで何者なんだ! 何なんだよ!」

「うーーそんなに高価なものだったとは済まない・・

しかし・・私の生命維持に必要なものだから仕方なかったんだー」


「だからそれが意味分からないんだ。地球上のどこに、

食事で油一本まるまる飲み干す奴がいるよ..。まぁ、一概に

そう判断するのは良くないけどさ..」

「?? 貴方は油を飲まないのーー??」


「飲まねーよ。良いか?油ってのは肉だったりなんだったりを

加熱する際に、高温調理と風味付けを可能にするために加えるものだ。

カプレーゼみたいに、一部直接かける例外もあるけど..。でもとにかくだな、

普通の人間は油を飲んだりなんか..」


 普通ーー


 そうだ。俺はいつからこの子を普通だと、そう思っていた..?

思い返せば、不可解な点は沢山あった。


 整備士、メンテナンス、故障といった不可解な比喩表現

 明らかに発光しているとしか思えないブルーの瞳

 首筋に彫られた、QRコードのような刻印


 そして、見ただけで相手の体温変化が分かる能力..。


 俺は、彼女がここに訪れた際に、

最初に俺にしてきた質問を今度はこちらが尋ねてみた。


「お前ーー人間か..?」 と、そう一言


 すると彼女はキョトンとした顔を作る。


「え?ーー気付いていなかったのですか?」



「私は・脳内に生成aiの学習装置ーー深層学習(ディープラーニング)

を保持する・・ーー・

科学的に生み出された世界初の”擬似”ホモサピエンスーー

コードネーム『X-001』ーー紹介が遅れてしまい申し訳ありません・・」




「私・生身の人間じゃないんですよーー・・ー」

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