第8話

 俺は昔から、国語の文章題とかで頻出される


 問. 『この人物の心情をn文字以内で述べよ』

    といった問題が大の苦手だ。


「さっきは雨凄かったよねー。晴れて良かったよー」


 隣を歩くこの女性、いや、あの後俺が適当に名前をつけた。

あくまで記憶を取り戻すまでの一時的なものとしてだが、


「そうだね"七瀬”さん..。でもにわか雨の後の晴れは、湿度が上がって

ベタつくから、俺はあんまり好きじゃないかも..」

「それめっちゃ分かるよー。汗が気化されなくて身体に纏わり付く感じ、

気持ち悪いの凄く良く分かるかも!!」


 七瀬志穂(ななせしほ)。

『名無し』だから、七瀬志穂と、その由来はこんな寒いギャグから来たが、

当の彼女は中々気に入ってくれたようで、「七瀬かー」なんて

たまに口ずさんでは、水溜まりを踏まないようにステップしている。


 一応、彼女には俺の靴下を履かせている。


「でも、私はどんな日でも、晴れが好きなんだー

あ、そうだ! 晴れといったら、どこかの海で遊ぶのもアリじゃない?

絶対気持ち良いと思うよ!!」

「あははーー確かに、海かぁ..。最近行ってなかったけど、

久しぶりに行くのもありか..。でも、水着がない..」


「ふふ、それ言ったら、私だって水着持ってないよ。

でもね、水着がなくったって良いじゃない?

制服で行って足先だけ浸かって水を掛け合いっこしたり、

砂浜でお城を作ったり、夕陽を眺めたり、そうだーー

どこまでも続く水平線と潮の匂いを嗅ぎながら、波の音に

ただ耳を傾ける。一概に泳ぐだけじゃ海の楽しみ方じゃないんだよ?

康太くん!!」

「あははーー何だか青春映画とかアニメみたいな楽しみ方だね」


「青春映画..?ーー

でもそうだね、ねぇ、じゃあもし機会があったらさ、

私と一緒にどこかお出かけでもしない?」

「うん。それは寧ろこっちがお願いしようと思っていたとこだよ。

夏休みの長期休暇とはいえ、講習と家でゲームくらいしかやる事

がないから、ずっと退屈してた所なんだ」


「やったね!! じゃあ海に行くのは確定だとしてーー」

「夏祭りとかは? そうだ。ちょうど明日開催されるから」


「えぇ!! 本当に? 私お祭り大好きなんだー!」

「分かった。じゃあそれも行こう。記憶喪失に良いのは、

とにかく沢山の刺激に触れるのが良いらしいし。お互いにとって

メリットしかない外出だよね」


「....」


「あ、もう家に着いたね」


 俺は言葉選びというのがどうも苦手らしく、本当は七瀬と

遊びに行ける事が決まって嬉しいのに、それだと何だか下心が

透けて見える感じがしたから、あくまで『記憶喪失の治療』が目的

という伏線を仕込んでおいた。


 しかし『メリットしかない外出だよね』

というワードチョイスはどうなのかと自分でも思う。

何故って、メリット・利点という言葉は無機質で、どこか

冷めたような感じがする。


 何だか、ただ外出に行くだけなのに、

どこかビジネスの要素を孕んだような、約束=契約

といったイメージが拭えなくて、なんか嫌だ。


 でも、それ以外に良い言葉が思い浮かばなかったのだ。

そして案の定、七瀬は口を真一文に結んで沈黙した。


「素直に私と遊びたいって言えよ」


 彼女の目は、俺にそう訴えかけているみたいで怖かった。

でも、一言反論させてもらうとすれば、

自分と彼女で、異性との外出に期待している事が違う。


 きっと、彼女にとっては、それは男女の親密な友情で

あわよくば恋に発展しちゃうような、恋愛色の強いものだろう。


 でも俺が彼女に求めているのは、単なる暇潰しーー

その相手としての利用価値が七瀬にはあるから、こうして空白の

カレンダーのマスを埋めるように、約束を漕ぎ着けているわけだ。


 高二の夏ーー


 夏休み、高校生なのに、誰かと遊んだり、

出かけたりする用事がない自分。


 明日の夏祭りだって、例年ならクラスの同級生達

数人とワイワイ馬鹿騒ぎしていた。でも今年はそうしなかった。

学校が別になり区内の友人と疎遠になったわけじゃなく、

初めから誘おうとする気はなかったし、彼らのラインアカウントは

もう削除済みだ。


 しかし、どうせこんな事になるのなら、自暴自棄になって

独断で縁を切らなければ良かったと、俺は激しく後悔した。


 藤森の件然り

 七瀬の件然りーー



「ねぇ康太..。私受付のおじさんに可哀想な人をみるみたいな

哀れみの眼差しを向けられたんだけど、一体どうしてかな..?」

「さぁ、変態だからじゃないか?」


「え? どういう意味??」

「だから、君がマゾで羞恥プレイ好きの変態って意味だよ。

だって、七瀬。お前いきなり裸足で号泣ダッシュしたんだろ?

そう思われても無理ないよ」


「....」

「口が滑った」


 すると直後、俺は彼女に強烈な殴打をお見舞いされた。

腹をグーパンでぶん殴られ、胃の中の内容物が出そうになるーー


「馬鹿!! 泣いたのは誰のせいだと思ってるのよ!!

それにどうせ私の事変態ってあの管理人さんに言ったのは貴方でしょう!

じゃなきゃ康太がそんなに誰かの考えてる事をペラペラ語れるわけないもん!」

「ご、ごめん..。悪気はなかったし、君を泣かせてしまった事は

申し訳ないと思ってるよ..。でも、管理人さんにはああ言っておかないと、

君は本当にただの不審者として扱われていてもおかしくなかったんだ..」


「でも、、変態はない!!」

「そりゃあもっとマシな言い訳はあったのかもしれないけどさぁ」


 逆上してしまい、思わず声が荒ぶる。


「俺に関しては、DV彼氏って設定だぜ。

きっとこれからあの受付を通るたびに、

あの管理人さんに白い目で見られるんだ..」

「DVって何よ..??」


「Domestic Violence (家庭内暴力)の略だ。

配偶者を頻繁に殴る男性を指す事が多いな」

「さ、最低じゃない..」


「そうだ。俺はそんな汚名を自らに課しちまった..。

泥を被ったのはお互い様さ..。気楽に行こうぜ。

DV彼氏と、M女同士ーーー」


 ゴン


 今度はアッパーで顎を思い切り殴られた。

頭蓋骨の中で、脳がぐわんぐわんと振動する。


「もう!!! 本当最低!! じゃあ..。

お風呂入ってくるから、、ちゃんと反省してよね..」

「すみません..」


 玄関先でこのようなやり取りがなされた後に、

彼女は風呂に入るとだけ言い残し、渡り廊下を歩いて向こうに行く。


 それを片目に、俺は彼女が出た時の着替えの服を調達しに、

自分の部屋の扉を開け中に入った。


 室内のクローゼットから、彼女の丈に合いそうな服を見繕うためだ。


 俺はすぐさま

ベッドの奥にあるクローゼットの、スライド式の扉を開けた。


 取手を掴んで横にスライドさせるだけで、

俺一人が入っても充分快適な姿勢で暮らせるくらいの

スペースが担保されたクローゼットの中の服をあさって、

中学時に着ていた学校指定のジャージを取り出して、

扉を閉めて、部屋を後にしようとしただけーー


 そう、俺がした事といえば、

クローゼットの扉を開けただけだった。


 決して、錬金術の類で人体錬成を行なったとか、

黒魔術で降霊の儀をしたとか、そういうわけでは決してない。

いや、寧ろそっちの方が今のこの状況を説明する上で都合が良かったかーー


「うわあ!!」


 本日三度目の衝撃ーー


 二度あることは三度あると、昔の人は良く言ったものだ。

まさか今日だけで、

俺の人生史上最大の事件をこうも立て続けに起こさせるとは、

神の作った『矢場康太の人生設計図』には致命的なバグがあるらしい。


 でも、、とにかく、、だーー

口説いようだが、俺が一人であわあわ言っているだけじゃ

何が起きているかちっとも分からない人間が大半だろうから説明してやる。


 今、俺の目の前には、見知らぬ少女が一人、

こちらをその双眸で見つめながら佇んでいる、


 艶のある肩まで伸びた金髪のショートヘアに、

 LEDライトが発行しているような、眩しささえ感じる青の瞳


 全身はエヴァのプラグスーツのようなボディラインのくっきりと出る

服に覆われており、首筋にはバーコードに近いような、機械的な刻印が

刻まれているのが特徴的な彼女は、


「貴方は、、人間ですか..??」


 初手から意味の分からない質問を投げかける、我が家の不審者第二号だ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る