家事の達人はダンジョンを前にして途方に暮れる
藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中
第1話 ギフトは神からの恵み
この世界では誰もがギフトを一つ持っている。それは神からの恵みであるといわれている。
ギフトの内容は人によって異なるが、時として人間の限界を超えた力を与えてくれるものであった。
すぐれたギフトを持つ者は偉業を成し遂げ、あるいは富を築き、あるいは名誉を得る。
この世界にはダンジョンがある。ダンジョンには危険な魔物が住みついている。魔物の素材は貴重な資源であり、希少な素材を得れば高く売りさばくことができた。
ダンジョンは一獲千金を夢見る人間たちの夢の舞台だった。
アートは人の力である。行動を繰り返し技を磨き続けると、ある日アートが身につく。アートがあれば、考えなくとも体が動く。高い成果が自ら得られる。
人は体を鍛え、武技を磨き、アートの獲得に努力する。一つのアートは派生アートを生み、より高いレベルのアート取得へと人を誘う。
強きアートを身につけた者はすぐれた探索者としてダンジョンで名を成した。
ギフトとアート。恵みと努力。この二つがあれば、人は何にでもなれるのだ。
俺に与えられたギフトは「
◇
「すみません。掃除させてください」
「おう、リビイか。客の邪魔をしないようにな」
俺は八百屋の店主に頭を下げて、店の土間を掃除し始めた。並べられた野菜には触らず、ほこりを立てぬよう注意しながら静かに土間を掃除する。
俺が掃いた後には塵一つ残らない。まっすぐな掃き目が数本残るだけだ。
急いだわけでもないのに、あっという間に店の掃除が終わった。
「終わりました」
「相変わらず手際がいいな。さすがは家事の達人だ」
「はい……」
俺は褒められて返事を飲み込む。掃除を褒められても喜べなかった。
「あの、落ちていたクズをもらっていいですか?」
「ああ、いいとも。そんなもん売りもんにゃならねえからな」
「ありがとうございます。またお願いします」
「おう。親父のレビンによろしくな」
俺は拾い集めたクズ野菜をズタ袋に入れて、肩から下げる。そうして、ほうきを持って次の店に向かうのだ。
俺が持つアートは、炊事、洗濯、掃除、収納、裁縫……。家事の達人というギフトのお陰で、家事の技がアートとして身についている。家事ならば何をやっても人には負けない。
だが、それでは金にならない。稼げない。
この世界で稼ぎたいならダンジョンだ。ダンジョンで魔物を狩れば、貴重な素材が得られる。
俺も体を鍛え、棒を振り回して武技系アートの取得に血道を上げた。だが――。
『どうなってんだ、お前? これだけ稽古してなぜ上達しない?』
『もう少し、もう少し練習させてください。真面目にやりますから、技を教えてください!』
『だからこうだといってるだろう! どうしてできない?』
人に習っても、努力を積み重ねても、俺は武技の習得ができなかった。武術系のアートは一つとして生えることがなかった。
その代わりに家事アートがすくすくと成長していく。足腰を鍛えれば家事の動きがスムーズになり、腕力を鍛えれば洗濯や収納の能率が上がった。
すべては家事の達人というギフトの為せる業だった。
俺はギフトを呪い、神を恨んだ。
何よりも自分の不遇を悲しんだ。
それもひと時のことだ。いまはもうあきらめた。
俺には探索者となる道はない。一生を家事と雑用で終わるのだろう。
今日も食材のクズや傷みかけた切れ端を譲り受け、木材のクズ、あまり布、壊れた道具などを拾い集めて街を歩く。
人から見ればゴミだが、俺にとっては生活の糧だ。
人の役に立ち、それなりに重宝がられてもいた。
「けっ。見ろや。リビイのやつ、今日もゴミ拾いだぜ」
「ご苦労なこった。嫌にならねえのかね、毎日あんな生活」
「ダンジョンに潜れないクズ野郎にはお似合いだぜ」
「ちげえねえ。ハハハハ」
同世代のダンジョン探索者たちが、冷たい目を向けて俺の悪口をいう。わざわざ俺に聞こえるように。
俺に友だちはいない。幼なじみはみな探索者になった。誰もがそれなりの稼ぎがあり、血色の良い肌つや、金のかかった身なりをしていた。
俺はといえば、栄養不足寸前の張りのない肌に、何度も繕い直した古着を身につけていた。身ぎれいにはしていたが、どうしたってくすんで見える。
俺は首を振ってイライラする考えを頭から追い出す。人をねたんでも仕方ない。自分を憐れむのは悲しすぎる。
人は人、俺は俺だ。俺は仕事をして正当な対価を得て暮らしている。何も恥じるところはない。
それでいい。
夕方家に帰ると、親父が死んでいた。
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