第7話 魔法の練習

「それでは、今日は基礎魔法の復習と、少しだけ応用魔法の練習をいたしましょう」

 わたしたちはそれぞれ、真面目に「はい」と返事をした。

 今日は〝魔法〟の練習をする。

 そう、魔法だ。この世界には魔法があるのだ。さすがは異世界である。魔法と言えば転生の醍醐味だもんね。

 魔法は貴族だけが使えるもので、平民は使えない。というのも、平民は単純に魔力がないからだ。

 貴族の階級は大貴族、中貴族、小貴族というふうになっているようだけど、この階級の違いは単純に魔力量の差とも言える。ちなみにエヴァット家は大貴族なので、たぶんわたしも生まれつき魔力は多い方なんだろうと思う。知らんけど。

 場所はエヴァット家の中庭だった。さすがは貴族らしく広くて立派な庭だ。語彙力がないのでそれ以上の形容はできないが、とにかく貴族っぽい感じの庭だ。

 魔法を教えてくれるのはお爺ちゃん先生――もとい、セバスチャンだ。フルネームは確かセバスチャン・マクシミリアンだったはず。

 彼はこの家の使用人の一人だ。

 立場的にはいわゆる侍従長みたいな感じらしい。ようはメイドや執事たちのトップだ。年齢は60近くて、頭も髭もすでに白い。雰囲気としてはいかにも人が良さそうなおじじという感じだろうか。

 ……セバスチャンか。この人もゲームではメインキャラの一人だったわね。

 エヴァット家は大貴族で、今でこそ大きな屋敷があって使用人もたくさんいるが、本来のストーリー上ではこれから大きく没落することになる。というのも、闇の力に目覚めたヒルダが両親を殺してしまうからだ。

 家名以外の権威を全て失ったエヴァット家に最後まで残ってエミリアに尽くすのがイザベラと、このセバスチャンの二人だ。

 なので、セバスチャンもかなり信頼がおける人物なんだけど……この人の場合はちょっとがあるのよね。ストーリー上ではけっこう後になってから判明するんだけど。

「……ん? どうかなさいましたか、ヒルダ様?」

 わたしの視線に気付いたセバスチャンがこちらを向いた。

 慌てて顔を取り繕った。

「いいえ、何でもないわ。それより、早く魔法を教えてちょうだい!」

「ほっほっほ、まぁそう急かされますな。ゆっくりちゃんとお教えいたしますから」

 セバスチャンは朗らかに笑った。まるで孫の相手をするお爺ちゃんだ。

 ……これだけ見ると、ただの好々爺こうこうやにしか見えないわね。

「ではまず基礎魔法のおさらいからしましょうか。エミリア様、基礎魔法とはそもそもどういうものか説明していただけますか?」

「えっと、基礎魔法は魔力を四元素と干渉させないで行使すること――でしたよね?」

「その通りでございます」

 セバスチャンは自分の顎髭を撫でながら頷いた。

 わたしも何となく頭の中にあった知識を思い出す。これはゲーム知識というよりはヒルダとしての記憶だろう。

 基礎魔法は単純に魔力そのものを使うことだ。魔力を身体に纏って身体能力を強化したり、攻撃から身を守ったり、怪我をした時は自分自身の治癒能力を高めたりする。

 それに対し、応用魔法は魔力を四元素と干渉させて目に見える事象を発生させることだ。魔法と聞いてまず思い浮かべるのはこっちだろう。

「お二人はすでに基礎魔法は十分できておりますが、何事も反復が大事ですからな。身体にやり方を覚え込ませれば、そのうち意識せずとも出来るようになります。まずは身体に魔力を巡らせるところから始めましょう」

 セバスチャンに言われたとおり、わたしたちは身体に魔力を行き渡らせる練習をする。

 感覚的に魔力の塊はつねに心臓のあたりにある。そこにある塊を、少しずつ体の隅々に行き渡らせるような感覚だ。

 この世界では、貴族の子供はこうして誰かに魔力の扱い方を教えてもらいながら成長することが当たり前なようだ。まぁ自転車の乗り方とか、泳ぎ方とか、そういう当たり前のことでも、最初は誰かに教えてもらわないとできないもんね。出来るようになったら意識せず出来るようになるけど。

「お二人ともよく出来ております。では、次は応用魔法の練習をしましょう」

 セバスチャンの言葉に、わたしはついに来たか、と思った。

 ……これでわたしも何かカッコイイ魔法が使えるようになるわけね。

 転生物のお約束として、転生者はだいたいチート的な能力を与えられている。そのセオリーでいくなら、わたしにもきっとそういうのがあるはず……それに何と言ってもヒルダは元々〝黒幕ラスボス〟だ。そりゃもうすごいチートな能力を持っているに違いない。

 ふふふ……さて、いっちょ妹にかっこいいところ見せちゃいますかね。それで『え? わたしなにかやっちゃいました?』とか言うのだ。あ~、言いたい〜! そのセリフすごい言いたい〜!!

「まずは火元素を操作してみましょう。身体の中にある魔力を、外に広げる間隔を思い浮かべてください。目を瞑って、身体の周囲にある火元素の存在を探してみましょう。元素にはそれぞれ特徴があります。火の元素は少しチクチクした感じですな。毬栗いがぐりのようなものを思い浮かべて、それを自身の魔力で読み取るのです」

 言われた通りにやってみる。

 ……この身体に転生してから、わたしは前世にはなかった不思議な感覚を使えるようになった。

 最初は元素? なにそれ? って感じだったんだけど……言われたとおりに目を瞑って魔力を身体の外に押し広げていくと、確かに自分の周囲に〝何か〟があることが分かるのだ。

 つまりこれが元素というやつらしい。

 セバスチャンが言うように、元素にはそれぞれ特徴がある。

 火元素はトゲトゲしていて、水元素はヌルヌルしていて、風元素はフワフワしていて、土元素はゴリゴリしている――ような感じだ。目には見えないけど、確かにそういうものが身体の周囲にあるのだ。

「火元素を感じ取ったら、自分の魔力でそれらをからめとり、手の平に集めるようにイメージするのです。集まったらそこに火打ち石で火を熾す場面を思い浮かべてください」

「うーむむむ……はっ!」

 ぷすん。

 なんかちょっと燻っただけですぐに消えた。

「……ありゃ?」

 ……おかしいわね?

 もう一回やってみよう。

 魔力をうにょうにょさせて火元素を集めて……。

「はっ!!」

 すん。

 今度は気の抜けた音がしただけで特に何も起きなかった。

 ……あれ?

 おかしいわね……セオリーならここですごい炎が出てきて、周りがすごく驚くはずなんだけどな……。

 いや、まぁ最初だしね。これからよね、これから。

「見てください、お姉様! 出来ました!」

「え?」

 嬉しそうなエミリアの手の平を見ると、そこにロウソクの火のような小さな火がゆらゆらと揺れていた。

 がーん!?

 エミリアは出来てる!? わたしは出来てないのに!?

「ほほう、これはこれは……最初でこれだけ綺麗に火が出せるとは、エミリア様は魔法の才能がおありのご様子ですな」

 セバスチャンも感心している様子だった。

「す、すごいわね~、エミリア」

 わたしは顔を引きつらせながら愛想笑いをする。わたしとセバスチャンに褒められたエミリアは「はい! ありがとうございます!」とにっこにこだ。はい可愛い。

 ……まずいわね。エミリアが嬉しそうなのはとてもいいことなんだけど、これでは姉としての威厳が台無しだわ。わたしはエミリアに羨望の眼差しで「さすがですお姉様!」と言われたいのだ。言われたい、ものすごく言われたい。そんでもって「あら、このくらいなら別に普通よ、ふふ」とクールなお姉様ムーヴをかますのである。

 ここは一つ、エミリアよりすごい魔法を出してあっと言わせるしかない!!!!

 気合いを入れて再び意識を集中する。

 今度こそ火。

 火。

 とりあえず、なんでもいいから火出ろ!!!!

「はああああ!!」

 ポンッ!!

 手の平に花が咲いた。

「ってなんでじゃい!!」

 思わず地面に叩きつけていた。花はダーツの矢みたいに地面に突き刺さった。

 いや火だって言ってるでしょ!? なんで花が出るの!? 手品の練習してるんじゃないわよこっちは!? 魔法だっつってんでしょ!?

 ……と、心の中だけで喚いておく。さすがにエミリアの前でみっともない姿は見せられない。とりあえず、ぐぬぬ顔だけで何とか心を抑える。

「ほっほっほ。まぁまぁヒルダ様。最初はなかなかうまくいかないものですよ。焦らずゆっくりと覚えていけばよろしいのです」

 歯噛みして悔しがっていると、セバスチャン先生に優しくなだめられてしまった。

 ……ぐぬう。悔しい。

 魔法もお姉ちゃんも、わたしはどうやらまだまだのようだと痛感したのだった。

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