第6話 ヒルダ、悪役令嬢やめるってよ

 あの日から、わたしたちは何をするにも一緒になった。

 誰の目から見ても、さぞ仲睦まじい姉妹に見えたことだろう。

 遊ぶ時も、勉強する時も、寝る時も、それこそお風呂に入る時も一緒だ。ふへへ。

 最初は色んな人間がヒルダわたしの変貌ぶりに戸惑っていた。

 なんせヒルダは手が付けられないワガママ娘だった。特に理由もなくすぐに癇癪を起こすような子供だったから、周りの大人たちはさぞ手を焼いたことだろう。

 だからか、わたしが素直に言うことを聞くと誰もが驚いたような顔をしていた。

 そういう顔を見ていると、きっと今までこの家の誰もがヒルダの素行には頭を悩ませていたのだろうなぁ……と思った。いや本当に申し訳ない。今さらになって反省している今日この頃だ。前世の記憶を思い出した今となっては、ワガママ時代のヒルダは完全に黒歴史である。

 いま現在、主にわたしの世話をしてくれているのはイザベラという名前のメイドだ。

 彼女にこんなことを言われたこともあった。

「わたしはまだヒルダ様にお仕えして短いですが……やはり〝噂〟というのは当てにはならないものですね」

「うわさ? 何のこと?」

 イザベラはわたしの髪を櫛でときながら、くすりと笑った。

「それはもうものすごいワガママ娘で、まったく手がつけられない暴れ馬のような子供だって。気に入らないメイドはすぐにクビにするとか何とか言われてまして……お前も覚悟したほうがいいぞって、このお屋敷に雇って頂いた時に言われてたんですよ。だからとんでもないところに来ちゃったなぁ……と思ってたんですけど、実際のヒルダ様はむしろお利口で素直でとても良い子でしたから。やっぱり噂は所詮、噂でしかないんだなって」

「あ、あー、そうねえ……はは。まぁ噂なんてそんなものよねぇ……ほほほ」

 わたしは視線を逸らしながら、お上品に笑って誤魔化した。

 ……ごめん、それ噂じゃなくて全部事実だと思います。

 どうやらイザベラは本当につい最近入ってきたばっかりらしく、以前のわがままヒルダとはほとんど接点がなかったようだ。犠牲者をまた増やしてしまわなくてよかったとほっとする。

 ……イザベラって、確かゲームだとけっこうなメインキャラだったわよね。

 わたしは鏡越しに、じっと彼女の顔を見つめた。

 イザベラ・ホーソーンはゲームシナリオ上において、エミリアに忠義を尽くすキャラの一人だ。

 エミリアはかなり敵が多かった。そんな中で、このイザベラは数少ないエミリアの味方だったキャラだ。ならば信用は置けるだろう。

 うーん、今の年代だと大学生くらいって感じかな? ゲームだともうちょっとお姉さんって感じだったわよね。

「ヒルダ様、どうかされました?」

「え? い、いいえ、何でもないわよ」

 鏡越しにじっとイザベラを見ていると不意に目が合ってしまった。わたしは慌てて顔を取り繕った。

 ……いけないいけない。わたしはエミリアと違って目付きが悪いんだから、こういうところ気をつけた方がいいわね。睨んでると思われちゃうわ。

 ヒルダとエミリアは双子で容姿は瓜二つなのに、目付きだけはやたらと違う。エミリアは優しそうな顔つきなのに、ヒルダはそれはもう目付きが鋭い。普通にしていてもまるで相手を睨んでいるような目なのだ。まさに〝悪役令嬢〟そのものである。

 ……しかもゲームだとさらに顔に〝傷〟があって、いまと違って両目の色が左右で異なるのよね。ああなったらもう完全に〝黒幕ラスボス〟としか言い様がない。

 まぁひとまず、わたしの目下の目標はひとまず二つ。

 一つ、まずは悪役の座から降りること。

 そしてもう一つは――頼れる〝姉〟になることだ。


 μβψ


 これまでエミリアに意地悪してきた以上に、わたしは彼女に優しくしようと心に決めた。

 そう、わたしは〝姉〟なのだ。

 姉とは何か?

 姉とは――すなわち姉だ。

 意味が分からない? ごめん、わたしにも分からない。

 前世では一人っ子だったけど、実はずっと妹が欲しかった。だからまだ小さかった頃、前世の両親に妹が欲しいとお願いしたこともあった。もちろん微妙な空気になった。あの頃はまだわたしもピュアだったんだなって。

 とにかく、わたしはエミリアの〝姉〟であることを堅く心に誓ったのだ。

 姉たる者、例えどんな状況であろうと妹の前では気高く振る舞うのである。

「お姉様、早くお庭で遊びましょう!」

 エミリアが急かすようにわたしの手を引っ張った。その様子とくれば、まるでわたしを楽園へと誘う純白の天使のような可愛さだ。

 か――可愛い!!!!

 可愛すぎる!!!!

 なんて可愛いのかしら!?!?

 あまりの可愛さによだれが出そうになる。ふへへ。

 おっと……いけないいけない。

 妹の前でよだれなんて垂らしていては姉失格よね。

 わたしは心の中のフィーバーする自分を抑えつけ、顔にはエルダースマイルを浮かべた。

「あらあら、エミリアってばそんなにはしゃいでしまって……淑女がそんなに人前ではしゃいでしまってはダメよ?」

 ふ……我ながら決まった。

 本当は同じテンションで手を繋いで庭まで全力疾走したいところだけど、それでは〝姉〟としての威厳に欠けてしまうものね。わたしはあくまでもクールなお姉ちゃんというポジションでいたいのだ。

「す、すいません……わたしってば」

 わたしの言葉にエミリアはちょっぴり恥ずかしそうな顔をした。

「……以前はあんまり一緒に遊ぶこともなかったので、お姉様とこうして遊べるのがとても嬉しくてついはしゃいでしまいました……ごめんなさい」

「……」

 はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!

 もじもじしながらちょっぴりはにかんだような笑みを見せるエミリアはもはや下界に舞い降りた天使。これほどの可愛さがこの世に存在してもいいのだろうか? いや、良い。

 ……ああ、ありがとう神様。

 わたしにエミリアという素晴らしい妹を与えてくださったことを心より感謝します。

 本当はもう鼻血を出して倒れそうなくらい心臓が踊り狂っていたが、わたしは顔に貼り付けたエルダースマイルを何とか維持し続けた。

「ふふ、エミリアったらおおげさね。ほら、行くわよ」

 わたしが手を差し出すと、エミリアは嬉しそうに両手で掴んできた。

「はい、行きましょう!」

 エミリアの顔に満面の花が咲く。

「――」

 ……この時、わたしの心に言葉にはならない感情が湧いた。

 それはとてもではないが可愛いという言葉だけでは言い表せないものだった。

 今まで意地悪ばっかりしてきて、ロクに遊んでもくれなかった姉。そんな姉とこうして遊べることが、この子は本当にどうしようもなく嬉しいらしかった。

 それを理解した途端に胸の奥が熱く、そして苦しくなった。

 ……可愛いがる、か。いいえ、それだけでは足りないわね。

 わたしはこの子を可愛がろうと心に決めた。

 そうやってシナリオを変えてやろうと思った。

 でも、それだけでは足りないと思った。

 この子をただ可愛がるだけじゃない。それだけではダメだ。そんなのはわたしじゃなくても出来る。

 わたしがやるべきことは、この子を守ることなんだと思った。

 誰よりもこの子の傍にいて、この子を守る。

 この笑顔を守る。

 この子がずっと、こんな笑顔で笑っていられるようにするんだ。

 何があっても絶対に。

 それがわたしの役目。

 だから、わたしは〝悪役令嬢〟になんて絶対にならない。

 わたしは――誰よりも気高くて、誰よりも立派なこの子の〝姉〟になるのだ。

「お姉様? どうかしました?」

「……え? ああ、ごめんなさい。少しぼうっとしていたわね……何でもないわ」

 エミリアの手を引いて歩き出す。

 新たな物語へ向かって、わたしたちは歩き出した。

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