〝傷アリ〟の悪役令嬢に転生しましたが、黒幕になるのはやめて妹を溺愛しようと思います

遊川率

第一章 黒幕は舞台を降りる

第1話 ヒルダ・エヴァット

 ……ヒルダ・エヴァットはとても我が侭な子供だった。

 特に双子の妹であるエミリアに対する嫉妬心が強く、ことあるごとに「妹のことばっかり贔屓してずるい!」と駄々をこねることが多かった。

 そうやって駄々をこねる度に、ヒルダは両親から叱責を受けた。もっと姉としての自覚を持ちなさいと何度も怒られてしまった。

「そもそも双子なのに姉も妹もないじゃない! それならわたしの方が〝妹〟なら良かったのに!」

 ヒルダは何度もそう思った。

 彼女の我が侭は使用人にも及んだ。

 気に入らないことがあったらすぐに使用人を叱りつけた。そのほとんどは言いがかりのようなもので、それが原因で辞める者も多かった。

 ヒルダはとにかく自分の待遇に不満があった。

 それは歳を経て解消されるどころか、むしろ大きくなる一方だった。

 なんにおいても、とにかく妹のエミリアと自分を比較しては、妹ばかりが優遇されていると思っていた。

 もちろん妹との仲は良くなかった。大人しい性格のエミリアはいつも姉に脅えていて、何度も泣かされていた。

 それでもエミリアは心優しい女の子だったので、本気でヒルダのことを嫌いにはならなかった。いつか仲良くなれたらいいなと、心の中でそう思っていた。

 もちろん、姉であるヒルダはそんなことを知る由もない。ただ一方的に妹も自分を嫌っているものだと思い込み続け、事あるごとに嫌がらせをした。

 ……しかし、ヒルダは日々の不満と同時に、幼少期からとある引っかかりをずっと感じ続けていた。

「何か忘れているような気がするわね……でも何だったかしら……?」

 物心ついた頃から、ずっとその感覚が付き纏っていたのだ。

 考えても答えは出なかった。もう少しで思い出せそうなのに、手で掴んだ瞬間に消えてしまう。まるで泡でも掴もうとしているような感覚だった。

 そして、10歳になる誕生日の日。

 当たり前の話だが、ヒルダとエミリアは双子なので誕生日は一緒にお祝いされる。

 二人は色違いの大きな熊の人形をプレゼントされたが……ここでまたヒルダが駄々をこねた。ヒルダが貰った人形が赤色で、エミリアが貰った人形が青色だったのだが、ヒルダが「わたしが青色がいい!」と言い始めたのだ。

 本当は別に色はどっちでも良かった。ただエミリアがもらったものが欲しかっただけだ。

 ヒルダはまた親から叱責された。

 まただ。

 またわたしばっかり怒られる!

 みんなわたしが嫌いなんだ! だからみんなエミリアばっかり贔屓するんだ!

 彼女は散々喚き散らしてから、泣き出してその場を飛び出して行った。

 ……そして、廊下を走っている途中で思いきりスッ転んで頭を強打した。

 その瞬間、今まで掴もうとしていた〝何か〟を、はっきりと全て思い出したのだった。

 

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