第40話 新しい年

年が明けた。

アークに来てもう約1年。

あっという間だったように感じる。


そして、この世界に転生して8年。

俺が読んできたラノベや漫画のような楽しい異世界ライフは送れていない。

なんなら真逆の人生(ライフ)を送っている。

何度も死にかけたし、その度に大怪我を負った。


でも、前の世界に戻りたいとは思わない。

こっちの世界で俺は必要とされている。

それだけで俺は幸せだし、それに俺は全力でこたえる。


前世で死ぬ前に願ったこと。


魔法使い、勇者。

...あとハーレム。


結局1つも叶っていないが、勇者にくらいはなれるかも。

まあ、今となっては全てどうでもいいのだが。


ーーー


新しい年が始まるということで、アークでは大広間で新年会が催されることになった。


暗い空気が漂っていることが多いアークだが、今日ばかりは皆んな笑顔で楽しんでいる。

ニコ班長いわく、新年会にはアークに所属する殆どのメンバーが揃うそうだ。


もしかしたらシモンも来ているかも、ふとそう思った俺はジュースを片手に大広間を探索した。


「うーん、やっぱりいないよな。」


予想はしていたが、やはりシモンはいない。

今すぐに会いたいといった訳ではないが、久しぶりに話したいとは思う。


「誰か探しているのかい?」


1人でジュースを飲んでいると、後ろからゼインの声がした。


「あ、えーっと、シモンも来てるかなって。」

「あぁ、シモンか。彼は来ていないようだね。」

「そうみたいです。」

「私も彼には久しく会っていないな。」

「長期の任務に出ているらしいですね。」

「そう聞いているよ。」

「あの、シモンの任務って一体...?」

「そうだね...、うーん、答えてあげたいのは山々なんだが、私も知らないんだ。ここまで長期の任務はアークでもかなり珍しいから、予想すらつかないね。」

「そうですか...。」

「うん、私も気になるよ。私たち解放者にすら教えて貰えない任務なんて一体なんだろうね。」 

「解放者にすら...ってゼインさん、覚醒者なんですか!?」

「あ、ああ、そうだよ。知らなかったんだね。アークで私の能力は有名だし、君も見た事あるはずだからてっきり知っているものかと思っていたよ。」

「ぜんっぜんっ、知らなかったです。それに俺、ゼインさんの能力も見た事ないです。」


俺がそう言うと、ゼインは首を傾げた。


「いや、見たことあるはずだ。だって初めて君がアークに来た時、迎えにいったのは私のはずだよ。」


初めてアークに行った時...。

あの時いたのは、カンナリだけだったような...。


「えっと...。カンナリと一緒にいましたっけ?」

「いたとも。カンナリともう1匹が。」


ん?1“匹”?

どう言うことだ?


「匹?んー、鳩ならいましたけど。」

「だから、その鳩だよ。」

「えっ!?あの鳩がゼインさん!?」


嘘でしょ!?

あの鳩、ゼインさんだったの!?

確かに、あの鳩から男の声がしていたような、そんな記憶がある。

にしても動物に姿を変えられるなんて、これまた凄まじい能力だ。


「いやいや、鳩は私じゃないよ。」

「え?じゃあ、あの鳩は...」

「私が操っていた鳩だよ。私の能力は動物を方舟化して、操ることができるんだ。」

「へぇ、すごい能力ですね。」

「はははっ、そうだね。アークのためにも長生きしないと。」

「研究班班長と解放者を兼任だなんて...。大変ですね。」

「まあね。数年前までは班長ではなかったからこの数年は地獄だよ。」

「前の人は死んじゃったんですか?」

「いや、消えたんだ。突然ね。ヘルムっていう人なんだけど。」

「へー、怖いですね。」

「まあ、問題のある人だったからね。...よし、この話はここまでにしておこう。今日は一日中、パーティだから楽しんで。」

「は、はい...。」


ーーー


ゼインさんと別れ、アークに知り合いが多い訳ではない俺は、1人席について、食事を摂った。

全て食べ終え、デザートでも食べようかと席を立とうとした時、隣の席にニコ班長が座った。


「あっ、ニコ班長。どうしたんですか?」

「たまにはゆっくり話そうよ〜。」


ニコ班長はフニャフニャした感じでそう言った。

顔が真っ赤になっている。

どうやらかなり酔っ払っているようだ。


「は、はい...。」

「で、レイさんとの任務はどう?」

「まぁ、何とかうまくやってます。」

「ふふっ、それは良かった。彼、変人だからルーク君のことが心配だったんだ〜。順調そうで良かったよ〜。」

「変人って...ははっ、確かにそうですね。でも、めちゃくちゃ強いので尊敬できます。」


そう、レイさんはめちゃくちゃに強い。

方舟が加工から帰ってきてから、何度も任務に出たが、彼が出ると俺の出番はなし。

任務が一瞬で終わる。

まぁ、楽で良いと言われればそうなのだが、一緒に任務に出ている身としては、本当に俺がついていく必要ってあるのかって思ってしまう。


「純粋な戦闘力ならレイさんがアークで1番だろうね〜。超越者と戦ったことのある、数少ない覚醒者の1人だし。」

「レイさん、超越者と戦ったことがあるんですか!?」

「うんうん、あるよ〜。一個前のアーク本部が襲撃された時にね。15年くらい前だったかな〜。戦っただけじゃなくて、撃退しちゃったからね。」


超越者を撃退!?

まじかよ、そりゃ強いはずだ。


「強すぎますね。というか、前のアークって超越者に襲撃されたんですね。」

「うん、まだその時、私はアークに所属していなかったけど、大変だったらしいよ。」

「2度目がなければいいですね。」

「いや、15年前の襲撃が2度目だよ。1度目はアーク創設当初だね。初代アーク本部はノアの墓にあったらしいよ。」 

「えっ、そうなんですか。じゃあ3度目が起きないよう、俺たち頑張ります。」

「そうだね、私も頑張るよ。」


ーーー


酔っ払ったニコ班長としばらく話していると、彼女はいつの間にか寝てしまっていた。


「むにゃむにゃ、ルゥクくんっ!お酒持ってきてぇ。」


ニコ班長は情けない声で俺にそう言った。

そんな酔い潰れたニコ班長は探索班によって連れて行かれた。


「ふぅ。」


悪酔いした上司と長時間喋るという地獄の時間を乗り越えた俺はご褒美にエマさんを探すことにした。


エマさんとはこの1年でかなり仲良くなった気がしている。

何度も任務で一緒になったこともそうだが、とにかくエマさんが優しいのであまり喋らない俺に積極的に話しかけてくれる。

まさに天使。


少し探すと、すぐにエマさんは見つかった。

エマさんのところに人集りができていたからだ。


“ヴィナス様!これをどうぞ。”

“おい、横入りすんな!ヴィナス様、喉乾いていませんか?”

“お前こそ勝手なことするなよ。ヴィナス様は皆んなのものだー!”


といったようにエマさんにアークの男どもが群がっている。

全くもって節操がない。

まあ、俺もその1人になろうとしているところなのだが。


そんな男たちにエマさんは困った様子で苦笑いで対応している。


よし、仕方ない。俺が助けよう。


「おい、お前ら!!エマさんが困っ..」


“んだ?てめぇ!”


「いたっ!」


“ノアの覚醒者だからって調子乗るなよ!”


「うわっ!」


かっこよく助けようとした俺だったが、予想以上に男どもの熱量が凄まじく、俺は一瞬でもみくちゃにされた。

ノアの力を使えば、こんな人集り腕一振りで吹き飛ばすことができるが、そんな事をしては皆んなが大怪我してしまう。


俺は何も出来ないまま踏まれ、蹴られた。


ーーー


散々踏まれ、蹴られた俺は大人しくデザートを食べることにした。

数あるケーキの中から俺はモンブランようなものを選んだ。


うん、うまい。


覚醒者の頑丈な肉体があって良かった。

もし普通の体であんなに踏まれ、蹴られを繰り返せば、今頃俺の口の中は血の味でいっぱいだったに違いない。


「なに食べてるの?」


突然、目の前が明るくなった。

この曇りなき透き通った声は...。

エマさんだ。


「け、ケーキです。」

「おいしそうだね。ん?ルーク君なんか、汚れてない?」


エマは埃や足跡まみれの俺の服を見てそう言った。


「あ、はい。ちょっと転んじゃって。」

「ふふっ、大変だね。」

「はい...。エマさんこそ、さっきは沢山の人に囲まれて大変そうでしたね。」

「そうなの。私のファンだとか言って、いっぱい人が集まってきて。なんか、ファンクラブも作っちゃってるみたいで。」

「へー、すごいですね。」


ファンクラブまで出来上がっているとは。

さすがだな。

まあ、こんなに可愛くて、優しい心の持ち主、他にはいないから出来て当然か。


「うん。困っちゃうけど、皆んな楽しそうで嬉しいよ。いつものアークはもっと雰囲気暗いもんね。」

「そうですね。...そう言えば、カンナリを見かけないですね。」

「うん、カンナリは毎年来ないよ。」

「年に一度なんですから、これくらいの付き合い参加したらいいのに。」

「いや、来たくないって訳じゃなくて。お墓参り行ってるの。」

「そ、そうなんですね。誰のですか?」

「うーん、勝手言っていいか分からないからカンナリに聞いてみて?」

「はい、そうします。」

 

俺には絶対に教えてくれない、そう確信があるので聞きにはいかない。


それにしても、カンナリにも特別な人がいたんだな。

アークでは数え切れな人が死んでいるので、あまり墓参りという文化はない。

というか、全部に行くなんてキリがない。

だから、わざわざ休みの日に墓参りに行くなんてよっぽどの事だ。


特別なな人...か。

いつか俺にもそんな人ができるのだろうか。


「ルーク君!」

「...はい!何でしょう?」

「なにボーッとしてるの?ケーキ、取りに行こ?もう1つくらい食べれるでしょ。」

「...食べれます!」


新年会。

皆んなが厄災との戦争を忘れ、ただ楽しむ日。

こんな日を毎日送れるようにしたい、俺はエマさんとケーキを食べながら心底そう思った。


まずは、来年もこの会を開けるよう頑張らないとな。


そんな事を思いながら、俺は3個目のケーキを口の中に入れた。

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