第31話 レイ・ハムシーク
厄災と戦うノアの組織“アーク”。
この組織はノアの子孫である3つの一族が創始者となり、現在までアークの最高権力として組織の舵を切っている。
セムス家
ヤペテルト家
ハムシーク家
この3つの一族の内、唯一のノアの覚醒者であるレイ・ハムシークに俺は専属の探索班になるよう打診された。
もちろん、答えはイエス。
ニコ班長が、俺が承諾した事をレイに伝えるよう使者を出すと、すぐに返答が来た。
「ルーク君、“今すぐ僕の部屋に来て”だって。」
「は、はい!」
ーーー
俺はすぐにレイ・ハムシークの部屋へと向かった。
案内された彼の部屋はアークの最上階、つまり解放者の部屋だ。
いつもこのフロアに来るときは緊張してしまう。
「失礼します。」
部屋に入り一礼、そして扉を音が鳴らないようゆっくり閉める。
そう、これはある種の面接なのだ。
レイは俺を専属の探索班として誘ってくれてはいるが、ここでミスれば“やっぱり無しで”なんてことも起きかねない。
粗相の無いよう振る舞わなければ。
「おっ、ルーク・キャンベル。待っていたよ。」
年齢は20代後半と言ったところだろうか、黒髪天然パーマの男が俺を出迎えた。
この男がレイ・ハムシーク...。
思っていたより若い。
「今回は、お招きいただきありがとうございます。」
もう一度、一礼する。
すると、レイは顔を顰しかめた。
「なにそれ?僕に気を使わなくていいよ。意味ないから。」
「えっ...。」
「早く本題に入ろう。僕の部隊に入るの承諾してくれたんだよね?」
「は、はい..。」
「オッケー、じゃあ決定ね。」
「え、あっ、はい!」
案外簡単に採用が正式決定したことに俺は驚いた。
なんだ、すごく良い人じゃ無いか。
ニコ班長が少し変な人とか言うから、変に身構えてしまっていた。
「これから2人で頑張っていこうね。」
ん?
「えっと...2人?」
「そう、2人。」
「他の覚醒者は...。」
「いないよ。僕と君だけ。」
「でも、今は部隊で任務に出る事が原則なんじゃ...。」
俺がそう言うと、レイは面倒くさそうにポリポリと頬を掻いた。
「はぁ、そんなの僕に関係ないよ。僕は特別なの。」
彼は投げやりにそう答えた。
何当たり前のこと聞いてんの?と言わんばかりに。
「そ、そうですか...。」
「じゃ、準備して。」
「何の準備ですか?」
「任務に決まってるじゃん。」
決まってるじゃん?
急に言われても分かんないよ。
「えっと…。」
「ほらほら、早く準備してきて。あと、ちゃんとアークの戦闘服着て来てよ。」
「わ、わかりました。」
前言撤回。
ニコ班長の言っている事は正しかった。
こいつ、変なやつだ。
ーーー
俺はすぐに部屋に戻って準備を始めた。
部屋には探索班の制服が用意されていたが、なぜかレイに覚醒者用の戦闘服を来てくるように言われたので、そちらに着替える。
準備が済み、部屋を出ようとした時、部屋の前に気配を感じた。
ん?誰だ?
感じたことのない気配だ。
なんか、ちいさい?
扉を開けると、小さなお爺さんが立っていた。
「キャンベル様ですね?」
「えっと…誰ですか?」
「私わたくしはレイ様の仕えております。ハリスと申します。」
彼はそう言うと、右足を引き、左腕を腹部当てて一礼した。
俺の知っている執事のお辞儀だ。
「あの、俺に何か用ですか?」
「はい、レイ様から先にアークの1番出口に先に行ってると伝えるように、と。」
“それくらい自分で言いにこいよ”と言いそうになったが、やめておいた。
レイはノアの子孫であってノアの覚醒者、それも解放者だ。
まあ、これくらい人にやらせてもおかしくはない。
「はあ、それはどうも。ご丁寧に。」
「それでは私はここで失礼します。」
ハリスはもう一度お辞儀すると、俺の部屋からゆっくり歩いて行った。
ーーー
ハリスに言われた通りに、俺はアークの1番出口に向かった。
他の出口に続く道は洞窟のような感じなのだが、1番出口に続く道はしっかり舗装されている。
おそらく解放者専用の出口なのだろう。
少し歩くと、見るからに高級そうな馬車がとまっていた。
解放者とまでなると、馬車まで違うのか。
「おーい、レイさーん。キャンベルですー。」
俺がそう呼びかけると、御者が馬から降りて馬車の扉を開けた。
「んんっ、あぁ...ルーク・キャンベル。遅いじゃないか。」
レイは目を擦りながら、キャビンから顔を出す。
今から任務だというのに寝ていたのだろう。
なんと緊張感のない男だ。
「任務...行きましょうか。」
「うん...。早く終わらせよう。」
ーーー
馬車に乗ると、すぐにレイは寝てしまった。
確かに日付が変わるのが近い時間ではあるが、今は任務に向かっている真っ最中だ、任務前に爆睡なんて俺には出来ない。
特にすることもない俺はシモンに貰ったゴフェル付きのペンダントを眺めた。
「シモン...なぜ俺にこれを...。」
このペンダントを見ていると、不思議な気持ちになる。
「それ、変わったゴフェルだね。」
「うおわっ!」
突然現れたレイの顔に俺は驚いて、キャビンの壁にぶつかった。
衝撃で馬車が揺れる。
「なにさ、僕をお化けみたいに。」
「急に話しかけられたらビックリもしますよ!」
「ふーん、…まぁ、いいや。それでそのゴフェル、何?」
レイは興味深そうに、俺のペンダントを指差した。
「何って...、ただのゴフェルですよ。」
「本当に?」
レイは何か納得のいかない顔をして、ゴフェルを見つめる。
「何か変なところあります?」
「うーん、やっぱり普通のゴフェルかも。」
なんだよ。
テキトーな人だな。
「そ、そうですか。」
「それはそうと、話は変わるんだけど君、前回の任務で超越者と戦ったんだって?」
超越者?
...あぁ、あの真っ白の男のことか。
思い出したくもない記憶だ。
「戦ったらしいですね。」
「らしいですねって、君が戦ったんだろう?」
「はい...。でも激しい戦闘のせいか、記憶が薄らとしか残っていなくて。コーディ隊長があれは超越者だと言っていた気はするんですけど。」
そう、俺は前回の任務のことをあまり覚えていない。無理矢理、完全解放をしてからの記憶に靄がかかっている。
だから、戦っている最中やどうやって生き残ったか、などの記憶がほとんどない。
「ふーん、じゃあ超越者が何か知らないのかい?」
「はい、戦った後も死にかけたり、方舟を使えなくなったり、バタバタしていて聞く機会を逃してました。」
「ハハッ、やっぱり君面白いね。じゃあそんな君に、僕が特別に超越者について教えてあげよう。」
「あ、ありがとうございます。」
何が面白かったのか俺には分からなかったが、レイはとても上機嫌になり、立ち上がった。
「超越者っていうのはね、厄災の最上位種だ。厄災が成長することは知っているだろう?」
「はい、欲望を発散すればするほどってやつですよね。」
「そうだ、そしてその欲望の大半は殺人に直結する。つまり人を殺しまくった厄災の行き着く先が超越者だ。」
人を殺しまくった厄災...。
俺がこれまで戦った厄災ですら、何十人、何百人と殺していた。
それだけ殺していてもアザモノだ、超越者までには至っていない。
じゃあ、あの超越者は一体何人殺したというのだ。
考えるだけでも恐ろしい。
「最上位種という事は1番強い厄災ってことですか?」
「まあ、簡単に言えばそういうことだ。君はそれと戦って生き残ったんだ。もっと自分を誇るといいよ。」
「はい...。」
レイはそう言ってくれるが、俺に誇ることなんて出来ない。
あの瞬間、俺は完全に敗北していた。
この世界での敗北はイコール“死”を意味する。
俺が今生きているのは超越者の気まぐれだ。
次に相対すれば、確実に俺は死ぬ。
早く、一刻も早く強くならないと。
まずは再び方舟を使えるようにならなければ...。
でないと、覚醒者として任務に出向くことすら許されない。
はぁ、先が思いやられる...。
「どうしたルーク・キャンベル、浮かない顔だな。」
「はい...。俺が超越者に勝てる日なんて来るのかなって。」
「まあ、解放者にならない事には話にならないね。解放者でも僕以外は単独での撃破は無理なんじゃないかな。」
解放者でも無理だなんて...。
益々自信が無くなる。
「そうですよね...。」
「ルーク・キャンベル、そんな顔をするな。君はまだ覚醒者になって間もないだろう?ほら、任務地までは明日までかかる。今日は休め。」
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