第30話 後遺症

前回の任務から1ヶ月が経った。

右腕もすっかり生えてきて、リハビリも順調だ。


まだ任務に出る許可が出ていないので、リハビリを兼ねて筋トレに励んでいると、ニコ班長が訪ねてきた。


「ルーク君、ちょっと時間いい?」

「は、はい。もしかして、任務ですか?」

「まだ無理だよ。」

「そうですか...。」


俺は早く任務に出たくてウズウズしていた。

前回の任務から俺だけまだ任務に出ていない。


というのも、前回の任務で隊長を失った俺たちはそれぞれ別の部隊に配属される事になった。

だから、エマさんとカンナリは既に別の任務に向かっている。

俺だけじっとしていられない。


「そもそも君、方舟が壊れたままでしょ。任務に行ける訳ないじゃない。」

「そう言えばそうでした...。」


そう、俺の方舟は前回の任務でぐちゃぐちゃに壊れてしまっている。

第ニ次覚醒が起こっていないにも関わらず、方舟の完全解放をしたからだ。


「だからね、任務に行くために新しい方舟を研究室で受け取ってきてって言い来たの。」

「...は、はい!」


ーーー


研究室に向かうと、ゼインさんが出迎えてくれた。

彼と一緒に数匹の犬も飛び出してくる。


「やあ、キャンベル。久しぶりだね。」

「お久しぶりです。あの、ニコ班長から方舟を受け取るように言われて来たんですけど。」

「ああ、そうだったね。ちょっと待ってて。」


彼はそう言うと、小さな木箱を取り出した。

この中に俺の新しい方舟が入っているのだ。


「お忙しいのに、ありがとうございます。」

「気にしないで。そう言えば君、完全解放をしたんだって?」

「はい、あの時は何が何だか。生きているだけで奇跡だって、医療班の人に言われました。」

「うん、本当に奇跡だよ。これまで第二次覚醒をしていない覚醒者が完全解放を試みて死ななかったケースはゼロだ。本当に運がいいよ。」

「そうなんですか...。」

「まあ、この話は後でゆっくり聞かせてもらおう。まずは方舟だね、早速使ってみてくれ。」

「はい、分かりました。」


前回の任務以来、俺は初めてノアの力を使う。

久しぶりなので、少し緊張する。

あれほど大きな力を使ったのだ、副作用でノアの力を失った、なんてこともあるかもしれない。


目を瞑り、腹に力を溜める。

そして、それに着火するイメージ。


いつも通りの工程をいつもより丁寧に行う。


目を開けると、白い炎が俺の身体から燃え上がっていた。

特に変わった様子もなく、俺が使っていた炎だ。


「よかった...。」


よし、次は方舟だ。

ゼインさんから受け取った木の十字架を握りしめ、心の中で“発動”と唱えた。


・・・。


「あれ?」


しかし、方舟はうんともすんとも言わなかった。


「どうしたんだい?」


ノア化してからいつまで経っても方舟を発動させない俺を見て、ゼインさんは不思議そうに俺に尋ねた。

そして俺は、彼の質問に震えた声で答えた。


「発動...できません。」


その後も俺は何度も方舟の発動を試みた。

しかし、一向に方舟の発動はできなかった。

ノア化は出来るので、ノアの力を失ったわけでは無さそうなのだが。


「やっぱり駄目みたいです。」

「うーん、何故なんだろう。」


ゼインさんが首を傾げる。


俺がこうなってしまった原因が全く分からない訳ではない。

おそらく、第二次覚醒が起こっていないにも関わらず、方舟の完全開放をしたからだろう。

本来、方舟の完全開放は第二次覚醒が起こった覚醒者にしか行うことはできない。

でもあの時、不完全ではあるが俺はやってのけた。

普通なら、第二次覚醒が起こっていない者が完全開放を試みただけで、心臓が破裂し即死する。

生き残ったのは俺が初めてだ。

だから、あの不完全な完全解放が原因だと分かっていても、どうすれば治るのかが全く分からない。


「何か分かったら教えて下さい。」

「もちろんだ。何もできなくて申し訳ないね。」

「いえ、俺のせいなので。」


俺はゼインに一言お礼を伝え、研究室を後した。


ーーー


ゼインさんは俺が方舟を使えなくなった事をアークに報告した。

そして、そんな俺に下った命令は自室で待機。

また振り出しに戻ってしまった。


もうかれこれ1週間、特に呼び出しがある訳でもなく、自室で方舟の発動を何度も試み続けている。

方舟の発動はノア化すれば、自然と行うことができたので、コツなんてものはない。

だからひたすら、心の中で“発動”と念じ続ける他なかった。


もう何十回、何百回と繰り返しただろうか。

しかし、方舟はピクリとも反応しない。


もう…戦えないのかな…。


毎日のようにもし戦えなくなったら、と想像してしまう。

前回の任務で、俺は深く、簡単には癒えない傷を心に負った。

次に任務で、また超越者が現れたら…。

そう考えると、任務に行くのが怖くてたまらない。

でも、あの場にいたエマさんとカンナリは心を傷を癒す間もなく、すでに次の任務に向かっている。

俺だけ、こんな所で終わりたくない。


どうやっても方舟が使える様子がないので、どうすればバレないように任務について行くことができるのか考えることにした。


馬車の中にでも忍び込むか?

いや、覚醒者の感覚は敏感だ。すぐに気づかれてしまう。

なら、探索班として雇ってもらうのはどうだろうか。方舟は使えないが、ノアの力は使えるので弱い厄災なら破壊できるだろう。それに俺は、魔術も使える。

自分で言うのもなんだが、サポート役としてこれ以上の適任はいない。

よし、これでいこう。


善は急げ、ということで俺は早速ニコ班長の部屋に向かった。


「ニコ班長!」


俺はそう言いながら、勢いよく扉を開けた。


「ルーク君!?突然どうしたの?」

「ちょっとお話がありまして。」

「おお、奇遇だね。私もルーク君に大事な話があるの。」

「大事な話?」


俺はドキッとした。

ニコ班長が俺に話があると言う時は、いつも任務の要請だった。

しかし、今の俺はノアの覚醒者として任務に出る事は出来ない。

そんな俺に大事な話?


まさか....クビか?


「私の話は長くなるから、先にルーク君からいいよ。」

「え、いや、やっぱり俺の話はいいです。先にニコ班長が話して下さい。」


俺のテンパった様子にニコ班長は首を傾げた。


「いいの?じゃあ私が話すよ?」

「お、お願いします。」

「君のこれからの進退の話なんだけど。」


進退の話...。

やはり、そうだ。

クビだ。


「はい...、分かってました。」

「ん?分かってた?どう言うこと?」

「クビ...ですよね...。」

「クビ?...ってどこを?」

「だから俺、アークをクビになるのかなって...。」

「ぷっ、ルーク君がアークをクビ?何それ?」


ニコ班長が急に吹き出した。


この人、何笑っているんだ。

こっちは大真面目だってのに。


「何笑ってるんですか。俺は真剣なんです。」

「ちょっと待ってよ。クビになんてしないよ。」

「えっ?じゃあ俺、クビじゃ...。」

「ふふっ、そんな訳ないじゃん。ルーク君はアークの大切な仲間だ。君が辞めたいって言っても辞めさせないよ。」


ニコ班長の話が俺のクビでなかったことに俺そっと胸を撫で下ろした。

となると、1つの疑問が浮かぶ。

じゃあ、俺に話ってなんだろうか。


「なら、話ってなんですか?」

「うん...、その事なんだけどね...。」


先程まで笑っていたニコ班長の顔が曇った。

何が言いにくそうにしている。


「なんですか?早く言ってください。」

「あのね、ルーク君を専属の探索班として採用したいっていう解放者の方がいるの。」


俺は彼女の言葉に耳を疑った。


解放者が俺を専属の探索班に!?

願ったり叶ったりとはこの事だ。


「もちろん、やらせていただきたいです。」

「ルーク君がそう言ってくれるなら、良いんだけど...。」


なんだ?

ニコ班長、さっきから歯切れが悪い。

何か俺に問題があるのなら、ハッキリ言って欲しい。


「何か問題でも?」

「問題というか、今回ルーク君を誘っているのは、レイ・ハムシークっていう人でさ。」


レイ...聞いたことがある。

確か、アークを創設した3家で現在唯一の覚醒者だったっけ。

エマさんがそう言っていた気がする。


「その人がどうかしたんですか?」

「いや、ちょっと変わった人でね。」


なんだ、俺に問題がある訳ではないのか。

なら、問題はない。

カンナリ然り、シモン然り、ノアの覚醒者に変わり者が多いのは実際に体験済みだ。


「そんな事、全然気にしないので大丈夫ですけど。」

「じゃあ、ルーク君が了承したって伝えても大丈夫だね?」

「もちろんです。」


思わぬ形ではあったが、なんとか任務に出る事はできそうだ。

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