第29話 死の感触

ドッ...クン...、ドッ..クン.....。


心臓が動く音が聞こえる。

ゆっくりで、とても苦しそうだが、確かに動いている。


俺...心臓を貫かれたんじゃ...。

生き...てるのか?

いや、そんなわけがない。

あの真っ白な男の手が心臓に触れる感触を俺は確かに感じた。

あそこから生き残る術などあるわけがない。


じゃあ今、俺の体の中で響いている心臓の音はなんなんだ。

まさか、また転生を!?


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、」


転生したんじゃないか?そんな俺の予想は口から溢れ出てきた大量の血で、すぐに間違いだと分かった。

そして現実を認識すると同時に、激しい痛みが体に走る。


「っ...!」


のたうち回るほどの激痛だが、体はピクリとも動かない。

声も出ない。


早くアークに帰って報告しないと...。

あぁ...だめだ...、意識が...。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


〜医療班サラ目線〜


キャンベルさん達が任務に出て、3日経った頃、任務から帰還したと報告があった。


今回はかなり危険な任務だったらしいので、報告を聞くや否や、私は急いで彼らの元へと向かった。


怪我をしているだろうから、早く手当てしてあげないと。

特にキャンベルさんは任務のたびに怪我をしているから...。


「えっ...。」


私は目を疑った。

任務から帰ってきたのは4人中、カンナリさんとヴィナスさんのたった2人だけだったから。 


「キャンベルさんは!?」


気がつくと私はヴィナスさんの肩を掴み、そう叫んでいた。


「・・・」


彼女は私の問いに答えることなく、黙って俯いている。


「まさか...。」


私は彼女の表情から全てを察した。

キャンベルさんは任務で死んだのだ。


ーーー


帰還報告からすぐ、探索班と私が所属する医療班で、覚醒者の遺体と方舟の回収に向かうことになった。


ヘンダーソン様が私たちをラゲール王国までワープさせてくれた。


探索班の班員に制止されたが、私はそれを振り払い、すぐにバラバラディア城へと走った。


まだ厄災がいるかもしれない、そんなことを考える余裕は私には無かった。


「何...これ...。」


城に着くと、私は資料と違った城の姿に驚いた。

激しい戦闘があったからか、城には幾つもの穴が空き、天井はゴッソリと無くなっている。


後から来た探索班と医療班と合流し、私たちは城の中へと入った。

長い螺旋階段を上がる。

幸い、すでに城には厄災の姿はなかったので、スムーズに最上階まで行く事ができた。


“うっ、うわぁぁぁぁ!!!”


城の最上階に着いた時、探索班の1人の男が叫び声を上げた。

人の首が床に転がっていたからだ。


そして、その更に奥に地面に伏した人の影が見えた。

しかし私は事実として確定させる事が怖くて、その場から動く事ができなかった。

そんな私を追い越し、医療班がその影の元へと向かう。


“おい!覚醒者様だ!”

“サラ、早くお前も来い!


私は言われるがまま、ゆっくりとその影の元へと進んだ。

数歩進むと、その影が何なのかすぐに分かった。


キャンベルさんだ。

右腕は欠損しており、体のどこかに穴でも空いているのか、辺りは血で真っ赤だ。


厄災の戦闘で死ねば、死体が残らないことは少なくない。

死体が残っていただけでも良かった、なんて思えるはずもなく、私の目からは涙が溢れていた。

その溢れる涙をすぐに拭い、私は死体と方舟の回収は始めた。


キャンベルさんは、ただ死んだのではない。

彼は任務を果たして死んだのだ。

私が泣いている時間なんて無い。

私も仕事を果たさなければ。


コポッ...。


キャンベルさんの死体に手を伸ばした時、彼の口から少量の水が入った瓶の倒れるような、そんな音がした。


“おっ、おい!まだ息があるぞ!”

“大切な覚醒者様だ。絶対に死なせるな!”

“サラ!早く止血を!”


「は、はい!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


〜ルーク目線〜


目を覚ますと、まず飛び込んで来たのは沢山の人影だった。

視界がボヤけていて、誰が誰なのかは分からないが、沢山の人が俺の顔を覗き込んでいる。


「キャンベルさん!」


サラの声だ。

涙ぐんだ声で俺の名前を呼んでいる。

 

彼女の声が聞こえるという事は、ここはアークの医療班か...。

どういう訳か、本当に俺は生き残ったようだ。

信じられない。


それから俺は何度か気絶と覚醒を繰り返した。

そして何日か経った頃、俺は誰かの肩を借りれば、何とか立ち上がることが出来るようになるまで回復した。

失った右腕も生えてくるらしい。


「っ、」


まだ体は激しく痛む。

切断された右腕や胸の傷もそうだが、筋肉痛のような体が軋むような痛みが強く感じられる。

完全解放の副作用だろうか。


「キャンベルさん、大丈夫?」


俺が目を覚ますと、サラが急いで俺の元へ駆けつけた。

俺を担当しているのか分からないが、彼女は俺につきっきりで介助してくれている。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

「キャンベルさん。」

「はい、何でしょうか?」

「今からアークの葬儀があります。身体が大丈夫だったら、一緒にいきませんか?」


葬儀...。

ああ、隊長の...。


俺は隊長が死んでから既に何日も経っているのに、まだ葬式が終わっていない事に驚いた。


「隊長の葬儀、まだ終わってなかったんですね。」

「うん。アークではね、毎日のように沢山の人が死ぬから、お別れはまとめて行うんです。」

「そうなんですか...。」

「ここからすぐです。どうしますか?」

「もちろん、行きます。」


ーーー


サラの肩を借りて、俺は弔いの儀へと足を運んだ。

すると、泣き声が聞こえてくると同時に、多くの棺が見えた。


隊長の棺はすぐに見つかった。

そこには1番人が集まっていたからだ。


隊長の遺体はすごく綺麗だった。

切断された首は体に綺麗に縫合されている。

しかし、激しい銭湯の跡を完全には隠しきれていない。


そんな隊長の姿を見ると、涙が溢れてきた。


本当に隊長が死んでしまった。

あんなに強い人がこんなにも呆気なく。


短い間ではあったが、隊長には本当にお世話になった。

これからも隊長の部隊で厄災をドンドン倒していくものだと思っていた。


あの時感じた絶望。

どうやっても勝てる気がしない。


「ルーク君?」


知っている声が俺の名前を呼んだ。

声の方へ顔を向けると、ニコ班長が棺の前でしゃがみ、こちらを見ていた。

泣いていたのか、目が赤く腫れている。


「ニコ班長も、泣くんですね。」


思ったことがつい、口に出てしまった。

少し、いや、かなり空気の読めない発言だったかもしれない。

でも、俺にそんなことを考える余裕はなかった。


「うん、これだけはどうしても慣れないね。」


そんな俺の発言に対し、ニコ班長は嫌な顔ひとつせず答えた。


「今回は...すいませんでした。」

「いや、謝るのはこっちだ。まさか超越者がいるなんて...。探索班の調べが足りていなかった。全部私の責任だよ。本当に申し訳ない。」


ニコ班長は、深々と頭を下げた。


「次の任務はいつですか?」


俺がそう言うと、ニコ班長はひどく驚いた顔をした。


「任務?」

「はい、出来るだけ早く行きたくて。」


まだ任務に行ける状態でない事は、俺にも分かっている。でも早く次の任務に行かなければ、俺はもう2度と任務に行けなくなってしまう気がしたのだ。


「...そうか。分かったよ。でも、傷が完治してからだ。」

「ありがとうございます。」


隊長の死を簡単に受け入れることは出来ない。

でも、悩んだところでこの戦争は終わらない。


隊長の分も戦う、その想いと共に再び俺はこの世界を救う事ために全力を尽くす事を誓った。

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