第17話 甘い考え

ライゼムの町に到着した。


俺は広がる緑の木々や流れる川の音と、自然の豊かさに驚いた。町というより、小さな集落のように見える。

良く言えば自然あふれる町、悪く言えばめちゃくちゃ田舎だ。

小さな町だとは聞いていたが、ここまでとは。


まずは、カンナリを探さないと。


ーーー


町に入ると、人1人見当たらない静かな光景が広がっていた。

豊かな自然とは裏腹に、かなり不気味な雰囲気が漂っている。


「誰も...いませんね。」

「おそらく、厄災の影響でしょう。それだけ人が死んでいるのです。」


ゲアの町の時もドルド王国の時もそうだった。

厄災がいれば、その場所では沢山の人が死ぬ。

加えて今回はアザモノという厄災の成長個体が相手だ。もしかすると、被害の数は数十人いや、100人を超えているかもしれない。


「ジンさん、早く厄災倒しちゃいましょう。」

「はい、お願いします。しかし、今回はアザモノである可能性が高いです。長期戦になる事が予想されます。まずは宿を探しましょう。」


ということで宿を探したが、建物全てどこもかしこも閉まっていた。

こんな状況だ、仕方のない事ではあるのだが、いくら覚醒者が強靭な肉体を持っているとは言え、四六時中活動し続けることはできない。


「どこも開いてないですね。...っていうか、カンナリはどこ行ってんですか!」

「そうですね、宿は私が探しておきますので、キャンベル様はカンナリ様を探してもらえますか?」

「...はい、分かりました。ジンさん、気をつけて下さいね。」


ーーー


日が落ち始めた頃、カンナリは見つかった。


俺は彼を見つけた時、目を疑った。

なぜならカンナリは小さな少年の胸ぐら掴んでいたからだ。


俺はカンナリから少年をすぐに引き離した。


「カンナリ、何やってるんですか。」

「あ?邪魔だ、退け。」

「退きません。質問に答えてください。何やってるんですか?」

「ちっ...怪しかったから、話を聞いてた。」


話を聞く?胸ぐらを掴みながら?

どう見ても、今からぶん殴るって感じだった。

理由はどうであれ、少年の胸ぐらを掴むなんて、見過ごすことはできない。


「はぁ、聞き方ってものがあるでしょう。それに怪しいって何ですか。こんな子供が厄災、それにアザモノだと?」

「それを確かめてる。」


カンナリは俺を跳ね除け、少年に再び近づこうとする。


「ちょっ、カンナリ、待ってください!俺が確かめます。」


俺がアザを確かめるため、少年の服をめくろうとした時、遠くからジンの声が聞こえた。


「キャンベル様、あっ、カンナリ様も。宿が見つかりました。」


ジンは、ふくよかな中年の女性と一緒だった。


「この方が宿を開けてくれるそうです。」

「仕方ないから泊めてやるよ。...あれ、セスク、こんな所にいたのかい。」


彼女がそう言うと、セスクと呼ばれる少年は彼女の後ろに隠れた。


「あんたたち、この子に何かしたのかい?」


女性が俺とカンナリをギロリと睨んだ。


「すいません、少し話を聞こうと...。」

「セスク、そうなのかい?」


少年が頷いた。


「...まぁ、いい。この子に何かしたら宿には泊めないからね。」


ーーー


宿に到着すると、カンナリは荷物を置いて、またすぐに宿から出て行った。


俺が頂いたパンを頬張るかたわら、ジンは女性と少年から話を聞く。


「この町で、起こっている事件についてお聞きしたいのですが。」

「あぁ、あんた達、見かけない顔だと思ったらそういうことかい。その子は覚醒者?」


女性は俺を見てそう言った。


「はい、この方は覚醒者です。この事は一応ご内密にお願いします。」

「ああ、分かってるよ。でも、やっぱり厄災が関わっていたのか。」

「はい、その可能性が高いかと。なので、事件の詳細を出来る限り細かくお願いします。」


ジンが紙とペン取り出す。


「詳細も何も無いよ。突然いなくなるんだ。血痕すら残っていない。」

「そうですか...。では、被害者に共通点はありますか?どんなに小さな事でも大丈夫です。」


女性は少し考えた後、少年の頭を撫でて悲しい顔をした。


「セスク、今日はもう遅い。部屋に戻りなさい。」

「はい、おばさん。」


女性は、少年が2階へ上がっていく後ろ姿が見えなくなるの待ってから再び口を開いた。


「失踪者は全員、男だ。それに皆んな子を持つ父親だ。父親を失った子の中には、ひとり親の子だっている。酷い事をするよ。」

「あの少年も父親を?」

「いや、あの子の父親は2年前の戦争で死んだんだ。親友の子だから私が親代わりになったのさ。」


また戦争か。


この世界でも戦争は各地で起こっている。

厄災よりも人を殺しているのではないだろうか。


俺がパンを食べ終え、ジンの横で話を聞いていると、彼は何かに気づいたように俺の方を見た。


「キャンベル様、話は私が聞いておきますので、お休みになって下さい。」


特に体が疲れていたわけではなかったが、お言葉に甘えて、俺は自室に戻り、ベッドに入った。


ーーー


次の日、目が覚めると外が騒がしかった。


宿から外に出ると、昨日はほとんど見かけなかった町の人々が集まっていた。


「何かあったのですか?」


俺は宿を出てすぐにいた町の人に聞いた。


「見知らぬ男が騒ぎを起こしてるって。」


町の人の言葉を聞き、俺は嫌な予感がした。

いや、予感というより確信に近い。


俺は町の人をかき分け、騒ぎの中心へと向かった。すると、やはり俺の嫌な予感は当たっていた。


騒ぎの中心にいたのはカンカリだった。

男性の胸ぐらを掴んでいる。


「カンナリ、懲りないですね。その人から手を離してください。」


俺はカンナリと男性を引き離した。

男性は、走って逃げていった。


「邪魔すんな。あいつが厄災だったらどうする。」

「何度も言いますが、やり方ってものがあるでしょう。」


カンナリの顔がいっそう険しくなった。


「おい、お前。」

「何ですか。」

「邪魔だから帰れ。」


カンナリはそう言って、去っていった。


カンナリのあの様子、かなり怒っている様子だった。

確かに彼の言うように、厄災を一刻も早く見つけることは重要だ。しかし、だからといって、何でもして良いわけじゃないと俺は思う。

この俺の考えが甘いと彼は思ったのだろう。


宿に戻ると、セスクが1人で座っていた。

騒ぎで起きて来たのだろう。


「おはよう、セスクくん。」

「おはようございます。えっと...。」

「ルークでいいよ。」

「ルークさん、おはようございます。」


セスクはにっこりと微笑んで、俺に挨拶する。


なんだ、いい子じゃないか。

思わず微笑んでしまう。


カンナリのように威圧するのではなく、俺のように相手の目線に立って話せば、厄災かどうかなど、すぐ分かるのだ。

 

しかし、カンナリは言葉で理解してくれるような人物だとは思えない。

俺は俺のやり方で、彼より早く厄災を見つけよう。

そうすれば、彼も少しは反省するはずだ。

  

ーーー


その日の夜、俺は魔術で姿を見えないよう条件を付した結界の中に入り、一晩中見張を続けることにした。


夜明けが近くなった時だった。

宿からセスクが飛び出して行くのが見えた。


危ないな、こんな時間に。


厄災を見つけることが最優先ではあるが、これであの子に何かあっては厄災が跡から見つかっても意味がない。


少し迷ったが、結界を抜け、俺はセスクを追いかけた。


後を追って、曲がり角を曲がると、セスクが尻餅をついていた。

彼をカンナリが見下ろしている。

カンナリにぶつかったのだ。


カンナリの手には解放前の方舟が握られていた。開放前とはいえ、鎌の形をした刃物だ。人なら簡単に殺せる。

彼は何を思ったか、そのまま、セスクの首元に刃を近付けた。


「カンナリッ!」


流石の俺も堪忍袋の尾が切れた。

子供に武器を向けるなんてあってはならない。


カンナリとセスクの間に入り、セスクを俺の背に隠した。


セスクに向けられていた鎌が俺の首元に向けられる。


「何度、俺の邪魔すれば気が済むんだ。お前ごと叩き斬るぞ。」

「やれるものならやってみて下さいよ。」


俺がそう言うと、カンナリの雰囲気が変わった。

鎌を振り上げる。


ちょっ、本当に斬りかかってくるのかよ。

やばい、ノア化が間に合わない。


近づいてくるカンナリの目からは明確な殺意が感じられた。


「ちょっ、嘘です!斬りかかるのは無しでっ..。」

「どけっ!」


カンナリはそう言うと、俺を突き飛ばした。

それと同時に、大きな爆発音のような轟音が響いた。


カンナリの力と風圧で、バランスを崩した俺は、ゴロゴロと地面を転がった。


「痛っ..。いきなり突き飛ばして、何す...。えっ...、。」


突き飛ばされた体を起こした時、広がる光景に俺は声が出なかった。


地面に広がる真っ赤な血。

腹を貫かれたカンナリ。 

そしてカンナリの腹を貫いた黒い触手はセスク少年につながっていた。


セスク(厄災)は、笑みを浮かべ、顔に滴るカンナリの血を舐めながら、彼を見上げている。


まさか、本当にセスクが厄災だったなんて。

カンナリの言っていることが正しかったのだ。


「おい...逃げ...ろ。ゴフッ、。」


カンナリは口から沢山の血を吐きながらそう言った。


ノア化した体は簡単には傷つけることは出来ない。

しかし、彼の腹には大きな穴が空いている。

俺を助けたために、ノア化が間に合わなかったのだろう。


完全に俺の失態だ。

カンナリに従っていればこうはならなかった。

なのに、カンナリは俺を助けた。

絶対に彼をおいてなんて行けない。


息を大きく吸い、腹に力を溜める。

そして、着火し、全身に流す。


「よし。」


全身から白い炎か溢れ出てきた。


俺がノア化すると同時に手首に巻き付いていた方舟がグローブの形になった。


炎を両拳に集め、構える。


「カンナリ、今助けます。」

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