第8話 次の目的地へ

目が覚めると、ベッドの上だった。

窓から刺す朝日が眩しい。


ここは...どこだ?

頭がボヤけていて、状況が理解できない。


ベッドから体を起こそうした時、全身に雷が落ちたような激しい痛みに襲われた。

ノアの力を使った副作用なのか、体中がひどい筋肉痛になっている。


ふと横を見ると、ベッドの脇で座っていたアイラさんと目が合った。


「ル、ルーク君!目を覚ましたのね!」

「え、あ、はい。ここは...?」

「教会よ。あなた3日間意識を失っていたの。」


3日間も...。


俺はノアに覚醒して...。

それで厄災を倒して...。

少しずつ、思い出してきた。

俺は厄災を倒した後、力を出し切った俺は気絶したんだ。

その後の事は分からないが、どうやら教会に運ばれたらしい。


「アイラさん、お兄さんのこと...、あれ?」


気づくと、アイラさんは部屋からいなくなっていた。

アイラさんにはお兄さんのことで話したいことがあったが、体が思うように動かないので、諦めてベッドで寝ていると、ゲアの町で1番の医者だと名乗る男が部屋に入ってきた。

アイラさんが呼んでくれたらしい。


「体の調子はどうだね?」

「全身激痛です。」

「ハハっ、そりゃそうだろうね。ほら、包帯を変えるから体を起こして。」

「手を..貸してもらえますか?」


俺は医者の手を借り、なんとか体を起こした。

そして、痛みで震えながら両手をバンザイする。


「すぐ終わるから、そのままでね。」

「は、はい。はや..く、終わらせて...下さい。」


血で固まった包帯がベリベリと肌から離れる痛みが体を走る。


「うん、我慢できそうになかったら言ってね。...ん?」


医者は俺の包帯を取ると、驚いた顔をして俺の体を見つめた。


なんだ?

何かまずいことでも?


「何かありましたか?」

「いや、あのね...傷が全部塞がっているんだ。本や噂でしか聞いたことがなかったけど、ノアの覚醒者はすごいね。」


医者は俺の体中をペタペタと触る。


身体能力だけなく、再生力も上がるのか。

俺の覚えているだけでも、何発も厄災の攻撃をこの身に受けた。

他にも沢山の攻撃を受けてただろうし、骨だって折れていただろう。

すごいなノアの力は。


しかし、いくら傷が治っても、疲れは取れていない。


「包帯は変える必要はなさそうだね。」

「そうですか、じゃあ俺はもう少し寝ることにします。」


俺はもう少しだけ、気絶することにした。


ーーー


再び目を覚ますと、もう夜だった。

また熱が出ていたようで、体は汗でびしょびしょだ。


額に乗せられていたタオルで体を拭いていると、それに気づいた教会の人が風呂を勧めてくれたので、借りることにした。

シモンとの旅の中で、この世界の風呂には何度も入っているが、この世界の風呂は実に原始的だ。

薪を使用して風呂を沸かす。

温度調整は冷たい水を入れて行う。

実にシンプルだ。

さらに、これには俺も驚いたが、勧められた風呂はなんと男女混浴だった。


別に何がどうというわけではないが、俺はすぐに服を脱ぎ捨て、上半身裸で風呂へと走った。


風呂へ向かうと、脱衣所に1枚の手紙が置いてあった。


ー・覚醒者様のおかげで、この町が再び平和になりつつあります。このようなことで足りないのは重々承知しておりますが、大浴場を貸切にさせていただきました。では、ごゆっくり。・ー


まあ、こんなもんだよな。

って、納得できるか!

町を救った勇者にこんな仕打ちがあっていいのか!


さっきの教会の人に何か言ってやろうかと思ったが、今の俺にそんな体力があるわけもなく、おとなしく風呂に入ることにした。

すると、久しぶりの風呂ということもあって、一気に体の疲れが吹き飛んだ。


気持ちぃぃ。


湯で顔を洗おうとした時、水面に俺の顔が映った。


「あれ?」


目から十字の紋様が消えている。

確かに体から力が溢れ出すようなあの感覚は今はない。

覚醒は一時的になものだったのだろうか。

それとも、オンオフを切り替えることができるのか?

もしかしたら、俺は覚醒していない、なんてこともあるかもしれない。


俺はノアについて殆ど何も知らない。

シモンに質問すれば答えてくれたのかもしれないが、まさか自分がノアに覚醒するなんて思わなかったので聞かなかった。


まあ、今はどちらでもいい。

この最高の環境で、生き残れたことを喜ぼうではないか。


ーーー


風呂から出ると、アイラさんが待っていた。

俺にか気づくと、彼女は笑顔で手を振った。

思っていたより元気そうだ。


「あ!ルーク君、怪我は大丈夫?」

「全然大丈夫です。アイラさんは...あの...大丈夫ですか?」


彼女に対して上手く言葉が出てこない。

形はどうであれ、アイラさんのお兄さんは殺したのは俺だ。合わせる顔がない。


「見ての通り、大丈夫よ。」 


彼女はそう言ってクルクル回った。

本当は辛いだろうに、彼女は毅然と振る舞っている。


「...お兄さん、助けられなくてすいませんでした。」


俺がそう言うと、アイラさんは首を横に振った。


「気にしないで、あなたが助けてくれなかったら死んでいたのは私だったわ。ありがとう。」


彼女が本当はどう思っているのか俺には分からない。

俺を殺したいほど憎んでいてもおかしくない。

でも、彼女の言葉のおかげでほんの少し心が軽くなった気がした。


ーーー


朝になると、俺は荷物を取りに行くため、彼女のボロボロになってしまった家に向かった。

瓦礫の中から俺の荷物が無事であることを祈って探す。

シモンが置いていったあのゴミのような地図はともかく、他の荷物がなければ、旅を続けることができない。

記憶を辿りに瓦礫をどかしながら探すと、見覚えのある巾着袋を見つけた。


「お!あった!」


砂だらけだったが、俺の荷物は全て無傷だった。

もちろん、シモンが置いていったゴミのような地図もある。

俺は荷物から『1から学ぶヴァルハラ大陸』を取り出し、開いた。


「よし、次はどこだ?」


ルート上でゲアから1番近いのはどこだろう。

出来るだけ最短で行きたい。

今回のように大雪の中、長時間歩くのはもうごめんだ。


地図を指で辿っていると、ある大きな国を見つけた。


「ドルド王国...。ここが1番近いな。」


次の目的地が決まった。

ここならゲアまでの道程(みちのり)よりは、楽に進めそうだ。


次は馬車を使おう。

馬車っていくらで乗れるのだろうか。

電車と同じくらいなら、前の世界換算で、銀貨1枚くらいかな。

まあ、どちらでもいいか。

今はお金より効率を重視しよう。


ーーー


町の人に馬車を手配してもらった。

馬車が来るのを待っていると、俺が出ていくことを聞きつけたのか町の人達が集まってきていた。

その中から1人、老人が出てきて俺に話しかけてきた。


「覚醒者様、もう行かれるのですか?」

「はい、急ぎの用事があるので。」


老人は俺を覚醒者様と呼び、敬っていた。

まるで神様でも見るような様子だ。


俺はここで疑問に思った。

この世界において、ノアの覚醒者についての認識はどういったものなのだろうか。

この老人のように敬ってもらえるような存在なのか、それともおとぎ話の登場人物程度の認識なのか、どちらであるかによってこれからの立ち回りが変わってくる。

もし前者なら、積極的に覚醒者であることをバラしたほうが、旅は順調に進みそうだ。

しかし、後者なら、自分がおとぎ話の登場人物だと名乗る人物は頭のおかしな人だと思われかねない。


俺は老人に尋ねた。


「ノアの覚醒者ってよくいるんですか?」

「いえ、私も貴方様で二人目です。」

「では、ほとんどの人は見たこともないのですか?」

「はい、そうなりますね。ノアと神の戦いの歴史は有名なので、存在は知っている程度ですね。」


知ってはいるが、見たことがない人が多いと。

あまり、自分がノアの覚醒者だと言うのは避けたほうがよさそうだ。


そんなことを考えていると、馬車が到着した。

乗り込もうとした時、アイラさんが、こちらに走ってくるのが見えた。

私も連れていって、という旅で可愛いヒロインが加わる王道パターンかと思ったが、そんなことは余裕で起きなかった。

アイラさんは俺に小さな小袋を差し出した。


「ルーク君、これ良かったら、町の人たちからのお礼よ。じゃあ、良い旅を。」


小袋を開けると金貨が2枚入っていた。

実にありがたいが、今回の俺の働きには見合っていない。


「いえ、大丈夫です。これは、アイラさんの家の修理の足しに使ってください。」


見栄を張った。

受け取った袋をアイラさんに返す。

気が変わらないうちに出発しよう。


「馬車、出してください。」

「お客さん、料金は先払いなんだ。場所は、どこまでだい?」

「ドルド王国までです。」

「じゃあ、金貨1枚だ。」


え?たっか。

俺は料金を払うため、巾着袋を開いた。

銀貨が8枚。


えっと、銀貨10枚で金貨1枚分だから...。

足りない。


「・・・あのー、アイラさん、やっぱり金貨1枚だけ貰っといてもいいですか?」


アイラさんは不機嫌だ顔ひとつすることなく、プッと吹き出していた。

結局、俺は金貨2枚をしっかり受け取り、無事、馬車に乗ることができた。


今のダサすぎる一部始終は無かったことににしよう。


よし!次の目的地ドルド王国へ出発だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


〜アイラ目線〜


ルーク君が町を去った。

まさかあの少年がノアの覚醒者だったなんて。

ノアについては母に読んでもらった本くらいの情報だが、世界を救った存在というくらいは知っている。

彼が来ていなければ、この町の人々は1人残らず殺されてしまっていただろう。


彼は最後まで私のことを気にかけてくれていたようだった。

私の兄を殺したことを気に病んでいなければ良いのだけれど...。


私は、ボロボロになってしまった家に帰り、まだ使えそうな食器や家具を探した。

しかし、ほとんど、使えそうなものはない。

帰ろうと思った時、瓦礫が少し動いた気がした。


「ん?何だろ?」


瓦礫を退けると、何かの肉片のようなものが転がっていた。

ドクンッドクンッと脈を打っている。

不気味で気持ち悪い。

しかし、なぜだろうか。

目が離せない。


見つけた時、不気味で気持ち悪いと思ったのに、見れば見るほど、心が穏やかになった。

まるで、失った兄がそこにいるかのように。


私の手は自然とその肉片に伸びていた。


ーーキンッーー


「あっぶねぇ。」


私の手が肉片のような何かに触れようとした時、突然現れた男によってそれは真っ二つにされ、灰になった。


男は全身黒い服を着ていて、かなり怪しい風貌をしている。


「あなた...誰?」

「あぁ?お前には関係ない。それより、ここに厄災がいるという情報が入ったんだが、なぜいない?」

「それは、ルーク君が...」

「ルーク?誰だそいつは。」

「え、あの...」


私が答えようとしたが、男の注意は既に私には無かった。


男は肩に乗せた鳩のような鳥と喋っていた。


「おい、厄災はどこにいるだよ!」

“おかしいなー。確かな情報だったんだけど”


なんと、鳩が喋っている。

いや、喋っているというか、音が出ているが正しいのかもしれない。


男の注意が再びこちらに向いた。


「おい!女!」

「は、はい!」

「ルークって奴はどこ行った?」

「ド、ドルド王国に行くって...。」


本当は黙っておいた方が良かったのかもしれないが、男に気圧されて喋ってしまった。


「ちっ、遠いな。」

“じゃあカンナリ、次の任務地は、ドルド王国だね。ルークという人物を探してきてくれ”


カンナリと呼ばれる男はすごく不機嫌な様子で、その場を立ち去っていった。

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