心ある人、心ない人

神埼 和人

心ある人、心ない人

 街は平和だった。

 心ある人であふれていた。


 彼女はそのとき、まだ自分の足で立って歩くことができた。

 しかし、彼女は自分の足で立とうとせず、歩く努力もしなかった。


 心ない人はそんな彼女を見てこう言った。

「自分の足で立って歩きなよ」


 そこへ心ある人が通りかかった。

 心ある人は彼を罵倒し彼女が歩くのを手伝った。

 彼女は心ある人に感謝し心ない人をさげすんだ。


 多くの心ある人が彼女に助けの手をさしのべた。

 やがて彼女は手助けなしでは歩くことが出来なくなった。

 

 ある時、戦争がおきた。

 心ある人も、心ない人も、生き残るために必死だった。

 やがて彼女に助けの手をさしのべる者はいなくなった。


 それでも彼女は立とうとしなかった。

 戦争は彼女を必要としなかったから。


 ただただ、震えてときがすぎるのを待った。


 たくさん死んだ。

 たくさん無くなった。


 人は壊すこと、奪うことに躊躇ためらいを覚えなくなった。

 戦争が心ある人の心を壊し、『心ある人』は、『心ない人』になった。

 そして世界は心ない人で埋めつくされた。


 戦争が終わった。

 彼女は再び、心ある人が手をさしのべてくれるのを待った。


 通りかかったある人が言った。

「自分の足で立って歩きなよ」


 窓から外を見下ろしていた彼が言った。

「自分の足で立って歩きなよ」


 ビラ配りの男も言った。

「自分の足で立って歩きなよ」


 彼女はやっと気づいた。

 自分を助けてくれる人が一人もいなくなったことに。


 彼女は戦争を憎んだ。

 世界を憎んだ。

 人を憎んだ。


 最後に力の無い自分を憎んだ。


 そして、自分の足で歩き始めた。

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心ある人、心ない人 神埼 和人 @hcr32kazu

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