モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)
第383話 積み上げた信頼の差。多分これがグスタフにとって一番の誤算
第383話 積み上げた信頼の差。多分これがグスタフにとって一番の誤算
ランディ達のテストも終わり、ウェイン達は二度目の魔の森を経験し、リーヤがエルフの婚活パーティを終え……。つまり週が明けた月曜の朝、学院へと向かうエルシアの足取りはいつになく重かった。
以前ダリオ派閥に属している頃も重かったが、それの比ではないくらいの重さだ。
その理由は昨日に起きた大事件のせいだ。
大事件とは言うが、エルシア達ローレント一家にとっての大事件であり、学院はおろかアレクサンドリアを震撼させるという類のものではない。それでも彼女の足取りが重いのは、父であるジュリアン・ローレントが重要参考人として連行されてしまったからだ。
公文書偽造に関わった重要参考人として。
ハイランド公国への入国に際して必要な渡航証――通称出入国許可証――の偽造に関わっていたとされ、ジュリアンは昨日の朝早く、騎士を伴った憲兵に連れて行かれてしまった。
――心配するな。私は何一つ後ろ暗い事はしていない。
そう言って連れて行かれた父ジュリアンであったが、事態は彼の思っている以上に悪かった。今朝早くに行政府からローレント家宛てに、ジュリアンの扱いを重要参考人から被疑者へと変更する旨が届いたのだ。
まだ連れて行かれて一日しか経っていないのに、犯人扱いである。それが示すのはジュリアンが関わったとされる、証拠が固まっているということだ。
エルシアは聡く、そして家族への絶対的な信頼がある。自分の父は嵌められたという事を理解しているが、それを他の人間に証明する手立てはない。
(よりにもよって、会長の実家か……)
大きな溜息をついたエルシアは、重い足をついに止めてしまった。
街中ではそうでなくとも、学院には沢山の元中央貴族関係者……つまり、行政府で働く親を持つ生徒達がいる。行政府の中でも花形の法務局のスキャンダルだ。昨日が休みであったとはいえ、噂が回っていないと考える程エルシアは楽観的ではない。
もうすぐ学院の門が見えてくるというのに、エルシアの足は重く動かない。ボンヤリと突っ立ったままの彼女の脇を、一人の男子学院生が通り過ぎていく。
怪訝な顔をして自分を追い抜いていく学院生の姿に、エルシアは鼻の奥がツンとなる。先週までは名も知らぬ彼のように、楽しく学院へと足を向けられていたというのに、たった二日でこれなのだ。
やたらと青い空が今だけは憎く感じてしまい、エルシアは頭を強く振ってその考えを追い出す。
(塞ぎ込んでる場合じゃない)
エルシアは軽く自身の両頬を叩いた。例え針の筵だとしても、何食わぬ顔で学院に通うことこそ、エルシアが出来る最大限の抵抗なのだ。
自分の父はそんなことなどしていない、と。
なけなしの根性を振り絞り、エルシアが一歩踏み出した……その時、
「お、エルシア! おはよう!」
背中越しに響く声に、エルシアは思わず肩を跳ねさせる。聞き覚えのある声に振り返ると、そこには同じ生徒会で頑張るガイの姿があった。
「お、おはよ」
若干声を引き攣らせつつ挨拶を返すエルシアに、ガイは特に変わった様子もなく「一緒に行こうぜ」と隣に並んで歩き始めた。
「今日からまた授業かー」
情けない声を漏らして空を見上げるガイは、「いい天気なのになー」と呑気なものだ。だがエルシアにとって、ガイの呑気さは少しだけ有り難い。どうやらガイは何も知らないようで、今も初めてのテストが難しすぎて大変だった事をボヤいている。
「ちゃんと勉強しないから」
呆れた声をもらすエルシアに、「だってよ……」とガイが口を尖らせた丁度その時、二人は学院の正門にたどり着いた。
周囲から注がれる明らかな奇異の視線に、エルシアは思わず唾を飲み込んだ。
「ガ、ガイ……。私ちょっとよる所が――」
「気にすんな」
「え?」
呆ける声を出したエルシアに、ガイはもう一度「気にすんな」と小さく、だが力強く呟く。
「まだ会ったのは二回だけどよ……。俺はお前の親父さんがそんな人間じゃないって思ってる。だから、堂々としてろよ」
真っ直ぐ前を見たまま「行くぞ」と一歩踏み出したガイに、エルシアは小さく頷いてその隣を歩きだした。
エルシアの隣を歩くガイは、降り注ぐ奇異の視線から彼女を守るように、努めて普通の表情で「まずは会長に会おう」と囁いた。
「か、会長に?」
怖気づくように歩みが遅くなるエルシアに、「大丈夫」とガイがその手を握って引っ張る。
「会長なら絶対話せば分かってくれる――」
ガイがそう言い切った時、学舎への入口である玄関付近が騒がしくなり始めた。野次馬がソワソワするような雰囲気に、エルシアもガイも玄関付近に誰が居るかを理解している。
「……出来たら生徒会室がよかったんだが」
苦い顔で呟くガイだが、ここで反転するわけにはいかない。ランディから逃げるような態度を取れば、エルシアに否があるように映ってしまうからだ。
「行こう」
ガイの言葉にエルシアが小さく頷いたその時、生徒達の波をぬうように一際大きく目立つ頭が現れた。
ランディの圧倒的存在感を前に、エルシアもガイも若干尻込みしてしまう。
なんせ周囲の反応を見る限り、エルシアの父の噂は既に学院中に広まっているのだ。彼らからしたら同じ生徒会のメンバーであり、何より今や学院で一番人気者のランディへ牙を剥いたかもしれないというスキャンダルを広めるなという方が無理がある。
そんな中であの存在感と対峙するのか……と言われれば二人も尻込みくらいはするものだ。
そうして思わず足を止めてしまった二人に、ランディが気がついた。
「おー! エルシア。お前を探してたんだ」
笑顔のランディが二人に手を振る。エルシアは顔を引き攣らせ、生徒達がざわつくのを気にせず、ランディは二人のもとへとゆっくり歩いてくる。
「いやぁ、お前に聞きてーことがあってよ」
笑顔のランディだが、エルシアもガイも生きた心地がしていない。特にガイはランディが笑顔で詐欺師を撃退したシーンを目の当たりにしているから余計に。
だから何とかエルシアを守ろうと、ガイは「会長、彼女は――」と声を上げるのだが、その声は真剣なランディの瞳に遮られてしまう。
「悪いな、ガイ。ちっと時間がなくてな」
真っ直ぐなランディの瞳に、ガイはそれでも彼女の隣に立ってランディを真っ直ぐ見返している。そんなガイの視線に気が付きながらも、ランディは「エルシア」とエルシアへと視線を移した。
「ちっと教えて欲しいんだけどよ」
「……はい」
覚悟を決めたように頷くエルシアが、ランディを真っ直ぐに見る。集まっている生徒達も静まり返り、固唾をのんで状況を見守る中、ランディがついに口を開いた。
「和積・積和の公式って分かる?」
めちゃくちゃ真面目な顔で紡がれた言葉だが、その場の全員が言葉の意味を理解するのに若干の時間を要した。
それはもちろんエルシアもである。思わず「はい?」と聞き返してしまうほどに、全く予想していなかった質問が飛んできたから仕方がない。
「和積? えっと……」
混乱する頭を整理するエルシアに「いや、三角関数の話でよ……」とランディが話し出すのは、確実に魔法理論の追試が決まっているのだが、数学の時のような基礎丸暗記方式では恐らく太刀打ちが出来ないだろうことだ。
「あの陰険エルフのことだからな。絶対に追試の方が難しいに決まってる」
顔を顰めるランディが、今までもそうだったと悪態をつく。
「追、試……」
未だに混乱したままのエルシアが、言葉の意味を噛み砕いている間もランディの説明は続く。
「とりあえず三角積分だが、どうやら俺はそもそも三角関数から分かってないらしい」
堂々と言い切るランディに、周囲から呆れたような笑い声が起きる。今彼らの脳裏には、「なぜ覚えていない」「吾輩の授業を聞いていないのか」と二人の教官が肩を落としている姿が浮かんでいることだろう。
「それで和積・積和の公式ですか?」
首を傾げるエルシアに「イエス!」とランディが大きく頷いた。
「でもなんでエルシアに……?」
至極当然の疑問を紡いだのはガイだ。ランディには超絶頼りになるリズとエリーがいるというのに、わざわざエルシアを探してまで聞きに来ることではないのだ。
「それなんだがよ……」
渋い顔でランディが答えたのは、リーヤから「リズとエリーに助けてもらうのは禁止」という無理難題を押し付けられていることだ。
「あの陰険エルフ……自分の恋愛がうまく行かねーからって、俺らの事を妬んで――」
急に口を噤んだランディが、これまた跳ねるように後ろを振り返った。ランディが見上げる先、学舎の三階窓にはこちらを睨んでいるようなリーヤの姿があるのだ。
窓の向こうに見えるリーヤに、ランディは笑顔で軽く手を振り、そうしてまたエルシア達に向き直った。
「っぶねー。何となくだが、教官は地獄耳な気がする」
口元に人差し指を当てたランディが、「とにかく、だ」と切り出したのは、リズやエリーだけでなく、ユリウス達も頼れないということだ。
「キャサリン嬢やセシリア嬢は『自業自得ですわ』とか言いやがるし、ユリ公は『これがこうなる』とか説明が壊滅的に下手だし、コリー&アナベルはまだ学校に来てないし……」
溜息をついたランディが、だから一年でも優秀かつ、いつも学院に来るのが早いエルシアを探していたというのだ。
「ガイじゃちょっと頼りなくてな」
「し、失礼な!」
「じゃあお前分かるか?」
「……わ、分かりませんけど」
口を尖らせるガイに、「な?」とランディがエルシアに微笑んだ。
「つーわけで、俺に三角関数から――」
「えっと、会長……。言いにくいんですが、私もまだ習っていないので――」
申し訳なさそうなエルシアに、「マジで?」とランディが頬を引き攣らせる。
「マジです」
思わず笑うエルシアに、「かー」とランディが頭を抱えて空を仰いだ。
「あ、あの……俺、多分教えられると」
急に声を上げたのは、ランディ達を取り囲んでいた野次馬の一人だ。二年生らしい彼がおずおずと手を挙げる姿に、ランディが勢いよく顔を向け「マジで?」と僅かに声を弾ませた。
「マジです……」
先程のエルシアを模した返事に、周囲から笑い声が漏れる。
「よし君に決めた。ちっと向こうで勉強会を開いてくれ」
ワラワラと集団を引き連れて歩きだしたランディが「そうだ」と思い出したようにエルシアとガイを振り返った。
「テストも終わったし今日から生徒会活動再開するから、忘れずに来いよ」
ひらひらと手を振るランディに、エルシアとガイは同時に「「はい」」と元気よく頷く。その顔に迷いや憂いは見えない。ランディの言葉だけで、二人は「ここにいていい」と太鼓判を押してもらった気がしているのだ。
既に二人から離れていったランディを見つめるエルシアは、「知ってたのかな」とポツリと呟いた。
「多分、ね」
ガイが学舎を仰ぐように見上げ、「ほら……」とエルシアにも上を見るように言う。顔を上げたエルシアの視線の先には、こちらを見ているリズやエリー、そしてキャサリンにセシリア、ユリウスといった顔ぶれが並んでいる。
だがエルシアにとってそれ以上に驚きだったのは、エルシアを見守る面々の中に、あの料理研究会のメンバーがいたことだ。目が合った研究会の会長が、サムズアップを見せてくれるそれだけで、エルシアにとっては救われた気持ちになる。
来た時とは別の意味で足が止まってしまうエルシアに、「行こう。遅刻するよ」とガイが優しく声をかけてその手を引き歩きだした。
二人を優しく迎え入れるように、今日もいつも通りの鐘が学院に響き渡るのであった。
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