モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります〜

キー太郎

第一章 悪役令嬢拾いました

序章 これって乙女ゲームだったの?

「もう我慢ならん!」


 学期末を祝う、華やかなパーティ会場に怒声が響き渡った。あまりに場違いなそれに、その場に居合わせた子息令嬢達は静まりかえった。


 誰も彼もが声をひそめ、何事かと耳をそばだてた頃……


「エリザベス・フォン・ブラウベルグ、今日をもって貴様との婚約を破棄する!」

「ブホワッー!」


 ……満を持して紡がれた宣言に、一人の青年が盛大に口の中身を吹き出した。


 今も「ゲホゲホ」と咳き込む赤毛の青年――名をランドルフ・ヴィクトール――は、カクテルを片手にその大きな背中を丸めていた。


(婚約破棄。今婚約を破棄すると言ったよな)


 ランドルフは気持ちを落ち着かせようと、小さく深呼吸を一つ……整ってきた息と気持ちに後押しされながら、声がした方をチラリと盗み見た。そこにあったのは、未だランドルフに向けられる訝しげな視線だ。しかも渦中の人物だろう人達までこちらを見ているのだ。


 慌てて視線を戻したランドルフが、身体を更に縮こめた。人より頭一つ抜ける無駄にデカい身体のせいだと嘆いてももう遅い。ひとまず空気に徹することをランドルフが決めた頃……


「エ、エリザベス・フォン・ブラウベルグ、今日をもって貴様との婚約を破棄する!」


 ……二度目の婚約破棄が告げられた。先程より勢いがないその言葉は、間違いなくランドルフのせいだろう。とは言えランドルフからしたら、こんな所で馬鹿な宣言をするほうが悪い。


 既に空気と同化したランドルフは、始まった婚約破棄劇場をもう一度盗み見る事にした。さっきは一瞬で良く分からなかったが、今度は騒動の様子が――人だかりの中に一際輝くドレス姿の女性と、その前で勝ち誇ったようにふんぞり返る偉そうな男が――よく見える。


(女の方は……この国の侯爵令嬢だったか。名前は、確か――)


「エリザベス・フォン・ブラウベルグ! 何か言ったらどうなのだ!」


 (――そうそう。確かそんな名前だ)


 美しいプラチナブロンドの髪に、海を宿したような深い碧眼。滅多に笑わないと言われる彼女は、ランドルフ達のような木端学生には名前よりも《氷の美姫》とかいう二つ名の方が有名である。


 事実、耳目にさらされている今現在も、眉一つ動かさない鉄仮面ぶりだ。しかもエリザベス嬢の目の前でふんぞり返っているのは、この国の王太子――エドガー・ロア・アレクサンドロス――だ。取り巻きを後ろに控えさせ、自分は別の女の肩を抱くエドガー王太子と、たった一人で彼らと向き合うエリザベス嬢。


(一歩も退かねー、って感じだな)


 肝が座っていると言えばそうだが、この状況で少しも取り乱さない彼女にランドルフは少しだけ興味を持った。とは言え少しだけ、だ。エリザベスにしろエドガーにしろ、ランドルフからしたら雲の上のような存在だ。


 二つ名に恥じぬ落ち着きぶりを見せるエリザベス。

 少々暴走気味だが、文武に秀でている、と噂のエドガー。


 にらみ合う両者の空気を震わせたのは、エドガーに肩を抱かれた女生徒だった。


「エドガーさま〜」


 気持ちの悪い猫なで声を発している桃色髪の女生徒が、エドガーにその身を擦り寄せた。


 大きく胸元の開いたフリフリのドレス姿。

 恥ずかしげもなくエドガーに身体を擦り寄せる様子。


 どれもこれも、貴族の令嬢としてはアウトなのだろう。一部の令嬢から注がれる冷ややかな視線に、何故かランドルフがヒヤヒヤしてしまっている。


(なんだ? あの馬鹿そうな女は)


 げんなりするランドルフとは対照的に、エドガーは女生徒が気に入っているようでエリザベスから庇うような仕草まで見せている。そして取り巻きも取り巻きだ。今も目をウルウルさせる女生徒を叱る素振りはない。


(なんつーか、実際見ると馬鹿馬鹿しいな)


 ランドルフは思わず漏れそうになったため息を、カクテルの残りと一緒に飲み干した。


 学期末を祝うパーティ。

 阿呆そうな王子とその取り巻き。

 すり寄る馬鹿そうな女。


 親の顔より見たシチュエーション。そして――


 ――お前との婚約を破棄する。


 そんな台詞で始まる物語が流行ったな。ランドルフはそんな感想を抱かずにはいられない。なぜなら、こういった話は、腐る程聞いてきたからだ。


 婚約破棄騒動が現実だと、自分がよく知るシチュエーションだと認識した以上、ランドルフがここに留まる理由はない。ランドルフは近くにあったサンドイッチを一つ掴み……抜き足差し足で「お前の悪事の数々」だとか「国外追放してやる」だとかヒートアップする会場から少しずつ距離を取ることにした。


 途中、入口を警備していた衛兵がギョッとした表情を見せたが、「どーも」とランドルフは愛想笑いだけを返して、そのまま会場近くに止まっている馬車へと足を速めた。


「おや、ランディ坊っちゃん。もうお戻りですかい?」

「ああ。ちょいと嵐に巻き込まれてね」


 肩を竦めたランドルフ、もといランディに、御者兼従者のハリスンが「ふぅん?」とパーティ会場を振り返った。


「勘ぐるなよ。俺達はあくまでも。しかも弱小国家の末端貴族だ。大国様のゴタゴタに巻き込まれちゃ、消し飛んじまうよ」


 苦笑いする俺に、「了解でさ」とハリスンが馬に鞭を打って馬車を動かした。


 そう。ランディは関わるつもりはない。いや、関わることが出来ない。なんせ、彼はこの国に留学という形で訪れているに過ぎない、小国のしかも木端貴族のせがれなのだ。


 あの状況で、ランディのような良く分からない男がしゃしゃり出ようものなら、問題が更にこじれるだろう。相手は大国の大貴族、しかも王太子の婚約者だ。妙な勘ぐりを入れられれば、彼女の立場をより危うくしかねない。外国の、木端貴族。それと内通していた……などと言われては、彼女にもそしてランディの家族にも迷惑をかけるだろう。


 だからランディが出来るのは、あの場で騒動が変に大きくなる前に退散するという事だけだ。


 ランディは馬車の車窓から、ふと会場を振り返った。会場は騒動が起きている事など分からないほど静かだ。


「ステータス、オープン」


 ランディが呟けば、小さなウィンドウが現れステータスを表示する。まるで前世のゲームのような世界。


 過労で死んだ男が、前世で好きだったゲームのような世界に転生した。


 よくある話だ。


 今度こそ人生を謳歌する。

 のんびりスローライフだ。


 よくある話、ランディはそう思っていたのだが……


「ゲームはゲームでも、まさか乙女ゲームかよ……」


 ランディが盛大な溜息とともに椅子の上に横たわった。


「よくある話だけどよ」


 ランドルフ・ヴィクトール、十七歳の夏。転生したのが乙女ゲームのモブだという事実を知る。





 ※お知らせ

 非常に心苦しいのですが、以降のコメントへの返信を控えさせていただきます。

 というのもですね……コメントの返信に、大体一日2時間程を要しておりまして。執筆への影響が半端ないのです。


 個人的には読者の方々と触れ合える貴重な場なので、何としても返信を…と思っていたのですが、日に決まった時間しか執筆が出来ないため、更新を優先させていただきたく、ぜひともご了承ください。

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