天啓を受けました
ユニヴェールの明かりで服を乾かしながら、小さな火を囲む。
シリウスがなぜか持っているハート型のクッションを貸してくれた。受付嬢からもらったらしい。これはユニヴェールが使っていいものなのだろうか……。
「簡易ストーブなんて、あるんですね」
小さめの四角い鉄製の箱に、炭と小枝を入れて燃やす。
その上にシリウスは切れ目が入った鉄板を置いた。
「鍛冶屋で売っているんだ。煙を出せば魔物を呼び寄せる危険もあるが、身体が冷えたときは火を熾さないと動けなくなるからな。ひとつ持っていれば重宝するぞ」
まだまだ揃えるものが多そうだ。
「ユニヴェールは、今後はどうするつもりだ? 仲間を募ったりするのか?」
「そうですねぇ……。そういうのも、考えないといけませんよね」
冒険者になったものの、マリスダケをギルドに納品したあとはどうすればいいのだろう。
またすぐにダンジョンに潜って、今回みたいに野宿すればいいのだろうか。
「今回の依頼が終わったあとは? 神殿には戻らないんだろう?」
「絶対に戻りません」
これだけは、はっきりとしている。
「必要なものを揃えて……また、ダンジョンに潜ろうかな」
携帯食料を食べようとしたユニヴェールを制して、シリウスが塩と胡椒をふった肉を焼いてくれる。肉が焼ける匂いが、なんとも香ばしい。
(そっか、ストレージバッグの中に入れておけば腐らないんだっけ)
次は生肉を買っておこう。
「次の依頼を受けるまでの間は、どこへ? 実家は近いのか?」
「実家は遠かった気がします。両親の顔も、あまり覚えてません。優しかったのは覚えているんですけど……薄情ですよね」
ユニヴェールは笑って誤魔化す。シリウスが視線をそらした。
「薄情じゃないさ。俺も……忘れてしまいそうだ」
シリウスにも事情があるようだ。
もっと親しくなれたら、いつかお互いの生い立ちを話せるだろうか。
「そのようなわけで、帰る場所もないからダンジョンで野宿しようかと」
「どこかへ泊まったらどうだ?」
コホン。シリウスが咳ばらいする。
「俺の定宿を紹介してもいい。女ひとりでも安全な宿屋だ。飯も美味い」
「宿屋ですか……高い」
ダンジョン前の宿屋が、脳裏をよぎる。
探せば安いところもありそうだけど、まだ収入がないし節約したい。
「金がなければ、俺が立て替えてるぞ。も、もちろん、やましい気持ちから誘っているわけじゃない……! ただ、困っているなら助けられるというだけだ!」
なんて優しい人だろう。でも、借金は嫌だ。
それだったらいっそのこと、商売をしてみるのはどうだろう。
「ダンジョンで、宿屋とか」
そういえば実家が、宿屋のようなものを営んでいた気がする。
たまに冒険者っぽい人が泊まっていた覚えがある。
「いや、ダンジョン内じゃないっ。地上にある、普通の宿屋だ!」
シリウスが慌てて否定するけれど、悪くない考えだ。
宿屋としても収入を得られるし、ダンジョン内に拠点があれば魔石の採掘も捗る。
たまにギルドへ行って納品してもいい。その帰りに、必要なものを調達できる。お肉も甘いものも食べに行ける。
いいこと尽くしだ!
「ダンジョンで宿屋、いいかもしれません!」
「待て……っ、よく考えろ!」
シリウスの引き留める声よりも、ユニヴェールの希望の方が大きかった。
「シリウス、ヒントをくれてありがとうございます! わたし、ダンジョンで宿屋を営んでみます! ついでに幻の果実も探せば一攫千金、お金持ちですよね!」
「ダンジョンはユニヴェールが考えるほど甘いところではない! 魔物以外にも男という名の魔物が潜んでいて、ユニヴェールなど一瞬で食われるような場所だぞ!」
「男という名の魔物?」
たとえどんな魔物が来ようとも、
「大丈夫です! そのときは受けて立ちます!」
「意味がわかっているんだろうなっ⁉ 身の危険について話しているんだぞっ⁉」
「もちろんです!」
返事はしてみたものの、胡乱な目で見返されてしまった。
「この話は追々するとして、」
シリウスが深い溜息をつきながら、ユニヴェールをしっかりと見つめる。
「ダンジョンは、人が住めるような場所じゃない」
「でも地上で生活するには、お金が足りません。神殿にも目をつけられたくありません」
「町から離れるという手もあるぞ。ユニヴェールさえよければ、俺も一緒に離れよう」
シリウスの瞳は真剣だった。
そんなに頼りなく見えるの?
「だったら、一緒にダンジョンで宿屋を営みませんか?」
「一緒に……営む?」
「はい。二人で営みましょう」
ひとりよりも二人のほうが絶対に楽しい。ましてシリウスなら心強い。
ピシャーン! 天啓を受けたみたいな表情でシリウスがユニヴェールを見つめた。
「……悪くない」
「よかった! よろしくお願いしますね、シリウス」
気が変わらないうちにとユニヴェールは畳み掛ける。
シリウスもご機嫌な様子だ。
「こちらこそよろしくな、ユニヴェール」
宿屋の構想を練りながら、二人はいつの間にか眠りについていた。
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