5−4 丸吉
源蔵は不思議な人間だ。普通の人間がどんな風なのか見たことはないが、時折迷い込む人間はあまりにも弱く、大抵が意思疎通もできないような下等な獣たちに食われるという。
その人間が睦火を助け、燐家までついてきた。源蔵が特別なのは当然だったのだ。
源蔵は睦火と他愛なく話しながら、時折嫌悪を見せる。その顔を見て、睦火は源蔵をよくからかっていた。睦火と源蔵の仲が良いと思うのは当然で、睦火がそれだけ親しさを見せる相手は源蔵しかいなかった。
睦火が華鈴を花嫁として迎えるのも当然だろう。
「その源蔵様の、ひ孫様だぞ」
人間だからと侮り、口汚く罵るのは、源蔵をよく知らないモノたちだけだ。
「誰がなんと言おうと、華鈴様は睦火様が選んだ方だ。燐家の当主のお相手なんだから、華鈴様は私が守ってあげなきゃ!」
デッキブラシを片手に握りしめ、今一度心を引き締めていると、バシャン、と湯を叩きつけるような音が聞こえた。
「泳いでるのかな?」
(露天風呂に入るのは初めてだと喜んでいたのだから、はしゃいでいるのかもしれない)
しかし、丸い耳に届いたのは、小さな悲鳴。華鈴の声だ。
湯殿の方から、華鈴の悲鳴が、一度だけ聞こえた。
「華鈴様!? 失礼します!!」
丸吉はデッキブラシを手にしたまま脱衣所に入り込む。曇りガラスの向こうはシンとして、なんの音も聞こえなかった。
「華鈴様!? なにかありましたか??」
呼びかけても、なんの声もしない。さすがに大声で呼べば、丸吉の声に気付いて返事をしてくるだろう。しかし、少し待っても返ってくる声はない。丸吉はそっとその曇りガラスを開けた。
「し、失礼します! 華鈴様、なにかありましたか!?」
そう叫んで入り込んだ先、湯に浸かったまま、華鈴が片手を押さえてうつ伏せになっていたのが見えた。
「華鈴様!?」
華鈴の姿を見ないように、片目をつぶって手で隠しながら近寄れば、転がった桶の側に蛇がのたくっていた。
「こ、こいつめ!!」
持っていたデッキブラシでゴルフボールのように吹っ飛ばし、華鈴へ寄れば、風呂に入りながらも真っ青な顔をしていた。
「華鈴様!? まさか、か、かまれたんですか!?」
何度呼んでも華鈴は真っ青な顔のまま、荒い息をしていた。
「た、大変だ!」
丸吉は転げるように走り出すと、獣の姿になって階段を駆け降りていった。
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