1−2 華鈴
――――曽祖父、示森源蔵は絵描きで、それなりに名のある人だった。
現実にあるのか、はたまた想像なのか。画材を選ばず描く曽祖父の風景画は、見たことがあるような懐かしさを感じさせ、どこか物悲しく、時折涙を流しそうになる程、繊細で幻想的な美しさを持っていた。
それが評価され、曽祖父の絵は高額な金額で売買された。画家としてかなりの成功を収めたと言えるだろう。そのため、葬式よりまず相続と口に出したくなるくらい、曽祖父には財産が残っていた。
曽祖父の妻はとうの昔に亡くなっている。一人息子もいたが、それもこの世にいない。その息子の子供は二人。兄である華鈴の伯父は時折この家にやってきたが、曽祖父から嫌われ、家に入ることを許されていなかった。弟である華鈴の父親はほとんど疎遠だ。何年も前にこの家に訪れたきり、姿を現していなかった。
だから、ひ孫である華鈴が、当然のように喪主の席に座った。華鈴は曽祖父の養子に入っているのだから、なんの文句も言われることはない。
自宅で行った曽祖父の葬儀には、多くの者たちが集まった。
長い参列者の中には見知らぬ者も多く、華鈴が喪主であることに不思議がるような、事情を知らない者たちもいた。画廊の店主や博物館の関係者などが集まるのは道理だが、驚いたことに、その中には人ではないモノも混じっていた。
ニヤリと笑う、知らぬモノ。口元だけが見えて、ゾッと寒気を感じた。ああいう類は見ないに限る。曽祖父の知り合いだろうが、間違って名前を呼んでは大変なことになる。
華鈴はそれが家を出るまで、口をぎゅっと閉じて、喪主席でずっと俯いていた。
『そんな風に、彼らの名を呼んではいけないよ』
幼い頃、曽祖父によく注意された。時折人に紛れている彼らに気付いても、そんな風に名を口にしてはいけないのだと。
そんな風がどんな風だったのか、当時は理解できなかったが、彼らの名前がわかっても呼ばなければ良いのだと学んだ。彼らはあやふやな存在で、人とは違うモノだからだ。
だから、名前が分かっても気付かないふりをして、それを過ごす。
「ああいうのも、お線香を上げにくるとは思わなかった」
この家に入れるのならば問題ないモノなのだろうが、それでも恐ろしさを感じた。彼らと対話できるのは、曽祖父だけだ。
曽祖父の元には、不可思議な現象に悩まされる者たちが訪れることがあった。客の中には人ではないモノもいた。どこでそんなモノたちと知り合いになるのかわからないが、彼らも同じく曽祖父に相談に来た。
曽祖父はただ絵を描くだけでなく、不思議なことを生業にしていたのだ。いわゆる化け物を退治する仕事である。
それが原因なのか、曽祖父に悪さをしようとするモノもいた。そのため曽祖父は危険なモノが家の敷地内に入らないようにした。どうやっているのかは知らないが、この家に入れるモノと入れないモノがいるのは確かだ。
線香を上げにきたモノは無害だ。しかし、家の中に入れないモノは危険だ。葬儀中、窓の外に見える垣根の向こうでうろついている黒い影を見付け、華鈴は生きた心地もしなかった。
クリーム色の中折れ帽子を被り、トレンチコートを羽織った男が、敷地内に入りたそうにしていた。しかし、庭に入り込むことができないのか、垣根の向こうを行ったり来たりしていた。
顔は見えない。そのモノの顔は真っ黒で、表情どころか、何もなかったからだ。
ぞくりとした。人ではないモノ。それが庭にすら入れないのならば、あれは曽祖父から入らぬようにと弾かれたモノである。
曽祖父の気配がなくなったと分かり、やって来たのだろうか。しかし、入ることができずにいて、こちらをうかがっていた。
家の外に出ると、時折あのような顔の見えないモノに出会う。華鈴に気付き追い掛けてくることもあったため、恐ろしい思いをしたこともある。
「焼き場についてきたらどうしようかと思ってたけど、いなくなってて良かった」
帰ってくる時、家の周りにそんな怪しいモノはいなかった。それだけは安堵した。
この掛け軸も、その関係だろうか。掛け軸に描かれている青年は、そちらに関わりがあるような気がした。どうにも本物の人間に見えなかったからだ。
「魔除けにでもなるのかな」
人間離れした美貌と雰囲気があり、その分怪しさもあるため、ずっと見ているとどこか背筋がひんやりと冷えてくる。魔除けと言われれば、納得の絵だった。
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