麗う世界のーーー。

狼谷 恋

第一話 【不可思議!奇怪!意気揚々!】

心地良いそよ風に靡かれて桜の花弁が空を舞う季節


ふと桜の木へと目を向ければ散り際で葉桜となりつつある


穏やかな陽の光に照らされ木漏れ日が眩しく思える


庭園には様々な植物達がそれぞれの花を咲かせていた


手入れの行き届いたこの庭園にはたくさんの小鳥達もやってきてその身を休ませる憩いの場所として知られている様だ


清々しい日だ


小鳥は歌い


花は咲き乱れている


こんな日こそ,貴女みたいな小鳥には…


「焼かれて貰うわ…よっ!」


木の上で休む鳥達へと手を伸ばす


しかし鳥達はそれに気が付き翼を広げて空へと戻っていった


「捕まえられなかった…」


「お嬢ぉぉぉぉ!!!奇行は辞めてください!下の者達に示しがつきませんぞ!?」


「奇行って…ちょっと味見しようと思っただけじゃない」


私の名前は霧雨 麗


東京都のとある私立高校へと通う現役の女子高生


…ここまではよく聞くしよくある経歴だと思う


ここから先に語るのはよく聞かないし到底私以外にはあり得ない経歴,私の生き様の一部だ


まず一つ


私は神祇省公安対魔特務六課


通称八咫烏という組織に属している


六年前の大厄災と呼ばれる事件を境に妖怪,怪異の事件数が急増


一般の警察等の法執行機関が対処しきれない妖怪や怪異事件を専門とする警察組織だ


学生でありながらも私がこの八咫烏へと所属している理由を話すにはもう一つの経歴を話す必要がある


それが先ほど私がお嬢と呼ばれた理由に他ならない


日本では古くから妖怪,怪異と呼ばれる存在が数多く確認されている


その大多数は人間社会に適応して身を隠しながらも私達人間の身近にいる存在とも呼べる


…しかし光がある場所には必ず影が出来る


全てが必ずしも良き影響を及ぼすとは限らない


一部の妖怪,怪異は時に人を襲い,害を与える


妖怪や怪異と言っても何かしらの上下関係があるのか…時に多くの怪異を従える上位種の存在も確認されている


その中には私達の様に人の言葉を話すまでに達した存在も少なくはない


…そして人の言葉を介して人と結託する怪異事件の数も年々多くなっていっている


怪異と結託,そして事件を起こす組織


それは暴力団,極道,ヤクザと呼ばれる


それこそが私のもう一つの経歴


私は18歳と言う若くしてここ東京都に勢力を置く暴力団組織,黒雨会の跡を継いだ


…と言っても先代はまだ生きている


生きているというか私の父だ


暴力団という名前だけを聞いてしまうと反社会的な組織と思われてしまうかも知れない


けれど私達黒雨会は他の暴力団組織とは違う


多くの暴力団組織が私欲の為に怪異と結託して多くの事件を引き起こす


私達黒雨会は怪異と結託こそすれどその目的は人々を守る為


それならば何故警察の様な真っ当な組織に属さないのか


それは規則の為だ


規則は時に救える命すらも救えない


何事にも縛られない


その為苦肉の策として黒雨会は作られた


警察組織とは違い独自の目的,やり方で怪異と結託した他の暴力団組織を抑制,抗争を長い間続けていた


しかしそれでも尚今の状況を見るに一向に良くなる兆しは見えない


暴力団と警察組織


相反する二つの組織に所属しているという異質な存在


片方が力を持っていてもそれでも尚守れない物だってある


それを互いに補う


その為に私は黒雨会の会長として神祇省と契約を交わした


表社会の正義の顔としての警察組織


裏社会に精通した私達黒雨会


決して交わる事が無い,交わる事がなかった組織同士が互いに手を取る


そうしなければ今のこの状況…いいえ,この先更に酷い状況になった際に対処が出来なくなる


これが私の考えだ


その為私は八咫烏内では他の人と違って特殊な立ち位置で規則に縛られずに行動をする事が出来る


と言っても無論一般的な規則は守る


私の八咫烏としての仕事は緊急時の即時現場への出動


八咫烏到着までの怪異との遅滞戦闘


とは言っても黒雨会の中には怪異の存在を認識出来る人はそんな多くもない


主に私が情報を受け取り民間人への被害が出ない様に戦うだけ


また民間人を逃す際にも極道らしいやり方を取る


あくまでも民間人からすると突如暴れ出した暴力団構成員に見える筈だ


八咫烏は秘匿の部隊


その正体を悟られる様な行動はしてはならないからだ


「いい加減にしてくださいお嬢!先日は庭の池の錦鯉を食べ尽くしてザリガニの養殖を始める!その前はミントを栽培して花壇に壊滅的な被害を出す!更にその前はペットショップの動物を食用で買ってくる!!全く先代が知ったらどうなる事か……」


「はっはっは,いいじゃないか欲求に素直で,そうは思わないかな?」


「お早うございます,お父様」


「先代!?全く…そうやって甘やかすから…」


「なぁに私が生きている間はいくらでも尻拭いはしてやる,自由に生きてこそ人間本来の姿だと思うがね」


「同感ですよお父様」


「うむ,ところで部屋に置いてあった壺を見なかったか?朝起きたらなくなっていてな…名のある陶芸家の焼いた素晴らしい壺なのだが…」


「壺……あぁ!寝室の壺なら今カンジャンケジャンを作ってます」


「カンジャ……なんだって?」


「韓国の料理で壺の中にタレを入れてカニを漬け込む料理でーーー」


「タレを?入れて?カニを…?バカ者ぉぉぉぉぉお!!!!」


あぁ…お父様の怒鳴り声は相変わらず耳がキンキンする


流石かつては修羅の鬼と呼ばれた会長だ


「もう許さんぞ麗!!皆の者!麗をとっ捕まえろ!!!」


「「「「「「応ッ!!!!」」」」」」


どこからともなく…という訳ではないのだけれど度々不思議に思う事がある


家の中から他の人達が姿を現すのは当然だ,至極当然


けれど木の上や池の中から出てくるのは少しおかしいんじゃないかなぁ…


「早いっ!?そっちに行ったぞ!」


「くそぉ!躱された!」


こんな事は私にとって日常茶飯事だ


いや…うん,こんなのが日常茶飯事というのもそれはそれでどうかと我ながら思う事はある


「正門から逃げたぞ!追え追え!!」


さぁ日が登ってもう随分と経つ


私にはやるべき事がある


そう,私はまだ学生なんだ


当然学校へ通うのも立派な仕事の一つだ


『はははッ!随分と今日は数が多いじゃねぇか麗ッ!』


「お早う天泣,さぁ学校に行くわよ!」


『どうせまたロッカールームのおっさんと一緒だろ?いい加減俺様の待遇改善してもらいたいぜ!』


「文句言わないの」


天泣


それは私が黒雨会の跡を継ぐ際に譲り受けた怪異化した妖刀の名前だ


妖刀と聞くと多くの人が思い浮かぶ名前は村正と呼ばれる刀だろう


その通りでこの天泣は村正を作刀した刀工一派の最期の作品であり,存在しない一振りだ


何故存在しないのか


それは村正よりも強い妖力を帯び,過去大惨事を引き起こして歴史の闇に葬られたとされている


多くの妖刀が人間の血を欲するのに対して天泣は同一の存在…他の妖怪や怪異の血を好む性質を持っていた事から雲がないのに雨が降る様子を現す名前が付けられた


もしくは天泣という名前が付けられてその様な性質を帯びたとか…定かではない


偶然にも父がこの刀を所有した事で黒雨会は今の規模まで大きくなった


生半可な精神力ではこの刀を扱う事すら出来ず,逆に扱えれば非常に強力な力となる


私自身は霊力が低く,怪異の姿も以前は朧げな姿でしか認識出来なかった


この刀を所有,扱う様になってからはっきりとこの目で見れる様になった事からこの刀は使用者に一種の力を授ける性質があるのだろう


その影響で別の力も私に流れ込んでしまったのだけれど…


何はともあれ私の大切なバディの様な存在だ


性格は随分と問題があるし口煩いし他の人には刀の声は届かないので他の人から見ると私は独り言を話してる様に見えるしでタチが悪い


「あ…おはよう麗さん」


「おいっすー!まーた鬼ごっこですかー?」


「お早う!えっと……」


「楓よかーえーで,全くそろそろ名前を覚えて貰いたいわね,もう三年も同じクラスなんだから」


「人の名前を覚えるのが苦手で…ってもたもたしてたら捕まっちゃう」


「相変わらずねぇ…」


通学の際に強面のおっさんから追いかけ回されているのはもう見慣れた光景である


何でも噂では私が黒雨会と抗争をしている謎の女子高生だとか…


まさか私がその黒雨会の会長であるとは知る由もない


「到着…っと!」


「相変わらず朝早いな,流石剣道部主将だ」


「お早うございます葉山先生」


最早私がヤクザを引き連れて登校するのも日常茶飯事である


それどころかそのヤクザに説教をぶちかます先生も先生で中々に恐れ知らずだ


全員校門の前で正座をさせられている姿を見ながら私はんべっと舌を出して手を振る


これが学校での一日の始まりだ


そして私はいつもの場所へと向かう


「お早う,時雨さん」


「おはようお嬢さん,今日も朝から賑やかみたいじゃな」


「えぇ…お父様がキレちゃってね」


「ほっほっほ,今度は壺でカンジャンケジャンでも作ったのかの?」


「ご明察,まさにその通りよ」


時雨さん


この高校の用務員のお爺さんだ


そして私達黒雨会の構成員でもある


結構な古株の様で父とも繋がりが深いらしい


「じゃあ預けますね」


「うむ,確かに預かり受けた,何があろうとも守り通すぞ」


「では…また放課後に」


刀は私が黒雨会の会長としての証


肌身離さず持っている…という訳にもいかず,学校にいる間はこうして時雨さんに預けている


そんな時雨さんが学校の用務員となったきっかけは所謂掃除が得意だったから…との事


私が思うに掃除の意味が違う様な気もするけれど…


教室のドアを開く


この時間帯はまだ生徒があまりいない


けれど私が一番乗りという訳ではない


何故なら…


「おはよう麗さん,今日も早いね」


「えぇ…おはよ,隼人さん」


教室へ来るといつも彼が一番乗りをしている


私はこの時間が好きだ


彼は同じ年代の人の中でも一層大人びた雰囲気を感じさせる


その様子に私は心を惹かれている…のかも知れない


「今日の放課後は暇かい?」


「…ごめんなさい,部活の方でやる事があってね…」


「そっか…忙しそうだもんね,麗さんは」


「明日なら時間は作れるけれど…どうしたの?」


「実は最近オープンしたカフェを見つけてね,雰囲気が良かったから麗さんと一緒に行きたいな…と思って」


「えっ…私でいいの…?」


「うん…僕は麗さんと一緒に行きたいな」


「嬉しいわ…それじゃあ明日の放課後に……ん?」


何やら視線を感じる


こういう時は大抵…


「あ……」


「バレちった…」


「………貴女達何をしているの?」


教室の外から盗み聞きとはいい度胸だ


「いやぁ…青春の甘酸っぱい恋を応援?」


「いつ破局するかの賭けの予想?」


「なるほど,保健室はまだ空いてないけれどいいのね?」


鈍い音が廊下に響き渡る


学園での生活は概ね皆が想像する通りだ


授業を受け,友人と話し,部活動に励む


時には恋にだって堕ちる


健全な高校生の生活だ


「はーいみんなちゅうもーく,お前らは私立高校に入れるくらい金のある頭のいいガキ共だ,先生もそれを誇りに思ってるし将来は日本を支えていくんだと考えると先生鼻が高いぞー,けどな,どっかの大学みてぇに馬鹿な事する奴も一定数いる,そこでだ,飼育小屋に持ってく筈だった野菜をつまみ食いした馬鹿は挙手な」


「……………」


「……………」


「お前らなー…いいか?馬鹿やるのは別にいい,けど正直に名乗り上げて謝罪するくらいの誠実さは持ち合わせておけよー?先生悲しいぞ?先日は学園で飼育してる鯉を釣り上げた生徒もいるしなー?」


「先生,確かにあの時は食事目的で池の鯉を釣り上げようとしました,あの件はしっかりと謝罪もしたし学園長からも許しを得ています,今回人参を食べたのは私じゃないです」


「何故人参だって分かった?」


「あ………」


……とまぁ…


この通り私は学園の中でもかなりの変わり者として名が通っている


ある意味成績が優秀だから見逃されている部分もあるんだろうけれど…


「れーいー?先生前々から言ってるよなぁー?腹が減ったからって学園の物を食おうとする癖直せってなー?いいか?学園に生えてるひまわりはお前のおやつじゃないしな?科学研の飼ってる爬虫類もお前の食糧じゃないぞ?それと先日先生が食べようと思ってたポップコーンも無くなってたよなぁー?」


「美味しかったですよ」


「そうかそうかそりゃあよかったなぁー!先生もあのポップコーンは好きだからなぁ!次やったら茶道部の刑だ」


茶道部の刑


以前一度それを体験した事がある


黒木先生が点てたお茶を飲まされるというもの


不味い


ただひたすらに不味い


抹茶の苦さとかいうレベルじゃない


あれを飲むくらいなら顔を壁に叩きつけて保健室へ逃げるくらいには不味い


こんな感じで私の日常は毎日繰り返されている


あぁ勘違いしないで貰いたい


ひまわりを食べたのはあくまでもひまわりの種の話だし科学研の爬虫類を食べようとしたのも脱走したのをたまたま捕まえたからであって知っていたらそもそも食べようとしなかった……筈


「相変わらずやってるわね麗さん」


「人参食べるくらい好きだったの?」


「意外としょうがと合うのよ」


「調味料持ち歩いてるの麗さんくらいでしょ…」


「将来は美食屋かな?」


「美食屋って何よ」


「未知なる味を求めて探求する人…ってマンガで読んだ」


「それ釘パンチとか出てこない?」


「釘を握り締めて相手を殴るって事?」


「それただの暴力」


「それにしてもー…麗さんも隅に置けませんなぁー?」


「何の事かしら?」


「とぼけちゃって〜!明日の放課後隼人っちとデートでしょ〜?」


「別に付き合ってる訳じゃないしデートではないでしょ?」


「男と女…何も起こらない筈がないでしょー?」


「寧ろ何も起こらなさそうなのが麗さんよねー」


女というのはこの手の話題が好きだ


そして知らないうちに尾ひれにロケットブースターが付けられたのかと疑うような噂に発展する


恐らく明後日には私は彼と婚約を交わしたという噂にまでなっているだろう


現についさっきも飼育されているウサギをステーキにしてその付け合わせに餌である人参を盗んだ…という事になっている


噂というのは本当に怖い


「そういえばSNS見た?これこれ」


「あーその動画…フェイク動画なんじゃない?」


「…………」


とある女子生徒が見せたSNSの動画


それは所謂ショート動画の様な物だった


繁華街を歩いている様子が映し出されている


そして少し先にいる男


その男が急に何かに引き寄せられる様に路地裏へと入った


…いや,まるで何かに引き摺り込まれた様な不自然な動きだった


撮影者もその様子を不審に思ったのかすぐに路地裏へと入っていく


誰もいなかった


ほんの2.3秒


どこかに隠れた様子もなく,身を隠せる様な物もない


それなのに男は忽然と姿を消してしまった


私はその男に見覚えがあった


記憶が正しければその男は紫龍会の構成員だった筈


黒雨会同様,紫龍会も暴力団組織だ


先日から紫龍会の構成員が何者かに襲われ消息不明になるという失踪事件が複数報告されていた


この事から私達黒雨会も独自に調査を開始


繁華街にて不審な人物がいないかを探っている


「この手の動画が最近流行ってるよねー…確か似た様なやつが…あった…これこれ」


同様の動画は他のSNSでも見受けられた


いずれも内容は同じ


奇妙な動きで路地裏へと引き摺り込まれる男の様子が撮影されたものだった


「…あれ?」


「どうしたの?麗さん」


「いや……この二つの動画…場所も近いし映し出されてる電光掲示板…時刻が同じだわ…」


「本当だ…18:30…偶然?それともやっぱりフェイク動画なのかな…」


「…………」


ただのフェイク動画…この線はまずないだろう


何故ならただの民間人のフェイク動画に暴力団関係者が協力するとは思えない


そして同じ場所,同じ時刻


これは偶然起こった事故ではない


人為的なものだ


(恐らく…他の組織からの警告…もしくは……)


「麗さん?そんな顔してどうかしました?」


「え…あぁいえ,こんなのが流行りの動画なんて世も末と思ってね」


「言えてる〜,こんなのよりももっとこう…パーっとした動画とか〜」


---------


-------------


-----------------


放課後


部活動に取り組む生徒や友人と一緒にどこかへ遊びに行く生徒


まだ校内に残り勉強をする生徒など様々だ


私も剣道部の部活を終えて帰宅の準備をしているところだ


18:25


例の失踪事件


場所,時刻


そしてあの場では敢えて言わなかった


いずれも火曜日の出来事だった


そして直近の二週間


連続で事件は起こっている


そして今日は火曜日


再び起こる可能性が高い


「おや…お帰りですかな?お嬢さん」


「いえ…今日は繁華街に行くつもり」


「…では例の件…という事ですか」


「えぇ,他の人の状況は?」


「18:00より組員が6名程繁華街の警戒にあたっております,今の所異常は報告されておりませんが…どうやら関西の虎徹組の構成員が何名か目撃されている様です」


「関西の…?妙な話ね…確か先日抗争が終わったばかりだった筈…」


虎徹組は確か以前怪異と結託して大阪で大規模な事件を起こしていたはず


その一件で他の組織にも目を付けられ抗争が勃発


その抗争もつい先日終結したばかりだ


虎徹組はこの件で規模が縮小


自分達の組で手一杯なはずなのに何故わざわざ関東に赴いている…?


「……構成員の面子は?」


「幹部の檜を筆頭に若い衆がちらほらと…」


幹部が動く


という事はただの観光ではない


そして先日からの失踪事件


「…時雨さん,私の制服を」


「かしこまりました」


私の制服というのはこの学園の学生服の事ではない


私のもう一つの制服


それは八咫烏の隊員が身に纏う制服の事を指す


「刀をお返しします,それとこちらのインカムも,逐次報告する様に指示を出しています」


「ありがとう時雨さん,いつも通り八咫烏の方へは予め連絡を,万が一の時が起きた場合に備えて民間人の避難は私達黒雨会が行います」


「はい,ご武運を」


日は既に暮れている


18:28


もう時間がない


ここは最短ルートで向かうとしよう


『行くのか?麗』


「えぇ,いつも通り力を貸しなさい」


『相変わらず刀使いの荒い奴だ…ッ!』


身体を屈める


そして勢いよく空へと跳躍する


家の屋根を伝い空中を駆けていく


日も暮れているから姿を見られる心配も無い


仮に見られていても大抵の人は勘違いか何かだと思うだろう


『…!こちらA班!西側のコンビニ付近で対象の姿を見失いました』


時刻は18:30


時間通りだ


間違いなく例の失踪事件だ


「こちら麗,今そっちに向かってる,警察組織には既に連絡は済ませてあるわ,拳銃の発砲を許可する,ただし絶対に人には当てないで」


遠くの方で銃声がこだまする


悲鳴が繁華街を包み込む


屋根の上からは繁華街から急いで逃げていく人達の姿が確認出来る


これで民間人の避難は自然と完了するだろう


「こちら麗,怪異事件発生,場所は繁華街西側地区,現在現場に急行中,また民間人避難の為部下に拳銃の発砲を許可,負傷者は0名」


『了解です,こちらも現場へ急行します』


現場へと辿り着く


夕方の静まり返った繁華街


それだけでも十分不気味だ


けどそれだけじゃない


『…いるぜ,麗』


「えぇ…分かってる」


路地裏


誰もいない


けど…その"ナニカ"はいた


「ツッ!」


人型を保ってはいるもののその身体は漆黒の闇に染まっている


こちらの存在に気がつくと路地裏から大通りへと飛び出してくる


「カテゴリーC……【禍人】」


強力な霊力によって人間の思念,怨霊が実体化した怪異


霊力を持たない人間ではその姿を視認する事は出来ない


「はぁぁぁ…ッ!!」


抜刀


そしてすかさず斬り伏せる


怪異の中でも比較的対処がしやすい


が…問題なのはその数だ


先程は一体だけだったのにも関わらず気がつくと周囲には何体もの禍人が姿を現す


恐らく暴れていた禍人に影響されて他の個体も活性状態へなったのだろう


いくら対処が容易だと言っても一人で相手をするとなると厄介だ


多勢に無勢


それでも尚手を緩める事は許さない


今この場で禍人を抑えている私がやられてしまえばこの禍人は他の民間人も襲うだろう


それだけは断じて許す訳にはいかない


『麗,そろそろだ』


「えぇ…私も感じてる」


一体…二体…


確実に仕留めていく


それでも尚数が減っているとは思えない


次から次へと湧き出てはこちらへと向かってくる


けれど時間は充分に稼げた


「各員散開!目標カテゴリーC級【禍人】!」


「待ってたわ…隊長」


一人の力では守れるものは少ない


より多くのものを守る為に必要なものは力では無い


仲間だ


仲間と力を合わせた時の力はより大きな力を生み,より多くの人々を守る刃となる


私は一人ではない


自らを慕ってくれる黒雨会の部下と


共に戦う八咫烏の隊員達がいる


人々が平和な日常を過ごせる様に私は刀を手に取った


力無き者を守る盾となり,刃となる


それが私の…霧雨 麗の信念だ


例えこの手が全てを救えなくても


この手が届くものは守り抜く


その為に私は八咫烏の隊員となったのだから


-To be continued-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る