第17話 襲撃されました。

 襲ってきた者たちは一体何人いたのか。

 道に転がるフードの男たちと、縛り上げられて猿轡をかまされている者たちが数人いた。


 こちらも怪我人が出たか、騎士の中で手当てを受けている者がいる。死人がなかったことに安堵し、メアリやエレーナ、御者にも怪我なく私はホッと安心した。

 馬には矢が射られており、馬だけが倒れてもがいていた。


「奥様、申し訳ありません。お守りすることができずっ」

 走り寄ってきたのはユーグだ。無事を確認して大きく息を吐く。


「そんなことはないわ。ちゃんと時間を稼いでくれてありがとう」

「しかし、お衣装が、……っ」


 私は自分の姿をぱっと見遣る。手は血だらけで、ドレスにも返り血を浴びていた。髪にも付いているかべとついて、生臭い匂いもする。

 しかしユーグは肩や腕に怪我をしたか、服が切れて血が滲んでいた。


「手当てをしないと。帰りに襲われるかと思っていたのに、行きに襲ってくるとは思わなかったわ。念の為騎士の人数を増やしておいて良かったけれど」

「奥様の計画通り、発煙筒で仲間を呼ぶことができました。行きの陽のある時間で良かったかもしれません」


 そう。私たちは仲間を呼ぶための発煙筒をいくつも用意していたのである。太もものベルトに付けた発煙筒は攻撃するためのものではなく、危険を知らせるためのものだ。

 騎士たちにもそれは配り、彼らも馬車に異常があればすぐに発煙筒を使用しただろう。


 そのため、ラファエウたち他の騎士が素早く駆け付けられたのである。

 お茶会中か行き帰りに襲撃者が来ることを想定し、太ももに発煙筒と短剣を仕込み、コルセットには薄い金属を使用。馬車には弓矢を隠しておいた。


 馬車はその辺りの馬が突っ込んでこようと簡単には壊れない頑丈なもので、内鍵を付けるまでの用意をした。

 襲撃者が来ることを想定した準備が本当にうまくいって満足である。


「何が、満足だ! どれだけ心配したかと思っている!!」

「ラファ。予定では帰りだったんです。行きに襲ってくるとは思わないでしょう? 余程王女は私とお茶など飲みたくなかったのでしょうね」


 私はほうっとため息をつく。予定では帰りの襲撃だったので、侯爵家の騎士たちに途中途中の道で待機してもらうつもりだったのだ。

 そうすれば発煙筒で何人も駆け付けられるし、人数が少なくて戦いが困難になることもないと思っていた。


 シャルロット王女はどうしてもお茶会がしたくなくて、行きの襲撃を決行したようだ。短気にも程があるだろう。


「短気だろうが、何だろうが、君を傷付けようとしたことは許さない……っ」


 ラファエウは憤怒の形相で、歯噛みをして握り拳をつくった。目の前に犯人がいれば殺してしまいそうな怒りを見せる。震えるように肩を上げいきり立たせるのを、私がゆっくりと抱きしめて抑えた。


「ごめんなさい。ラファ。でも、犯人の手下は捕らえられたわ」

「————ああ。見たことのある顔が混ざっている」


 憂えながらも怒気のこもった声が、男たちを凍らせるようだ。

 猿轡をかまされている男たちの中に、ラファエウの知っている者がいる。両手足を縛られて動けなくなっている男の前に、ラファエウは凄みを増して立ちはだかった。


「誰の命令か聞いておこうか」


 ラファエウの問いに冷や汗をかきながらもがいている。猿轡をかまされて話せるわけがないのに、ラファエウは剣を出して勢いよく男の前に突き刺した。

 足が開いているその隙間。足を縛られているのに、その股の間に剣を突き刺す。

 一瞬でも足を閉じていたら足に刺さっていただろう。それを見て男は恐怖を滲ませた顔でラファエウを見上げた。


「侯爵夫人を狙って、ただで済むと思うな。簡単には殺しはしない」


 凍りつきそうな冷淡な声。声だけで刺し殺してしまえそうな鋭さがある。

 男たちは黒のマントで体を隠し、顔を布で覆っていた。私の知っている顔ではないが、顔を隠していたのだから見られては困る者が混じっているということだ。


「まあ、まあ、ラファ。ねえ、皆さん。ここで全てを話されて合法で裁きに合うのと、何もかも黙ったまま、命令された方に殺されるの、どちらがよろしいかしら? まさか、戻って殺されないだなんて、思いませんものね?」


 私の言葉に、男はびくりと体を強張らせる。


「合法で裁かれても死刑かしら? 私は生きてますけれど、罪は軽くないものね。でも、戻られたらすぐに殺されてしまうのではないかしら。あら、そうすると、どちらも同じかしら。少しだけ長く生きられるくらいで」


 私は、うふふ、と笑っておく。

 何が言いたいか。ラファエウは理解したか、肺の奥深くから吐き出すような大きなため息をついた。


「どうかしら、ラファ?」

「……証言があれば恩赦はあるだろう」


 明らかに不満げで、低音のうんざりした声音だったが、小さく口にする。


「強要しているわけではないわ。どちらか、選べるのだから、選ぶのはあなた方ね。うふふ」


 私の笑顔に、男はがくりと肩を下ろした。







 犯人の襲撃を証明し罪に問うには、確実な証拠がなければならない。


(犯人との繋がりを得ていても、どれだけの関係者を引っ張れるかしら)


「な、何なの!?」

「遅くなり申し訳ありません。こちらに参る途中トラブルに巻き込まれまして、このような姿でシャルロット王女殿下の前に現れたことをお許しください」

「な、な、な……っ」


 優雅に庭園でお茶をしていたシャルロットの前に現れた私は、うやうやしく首を垂れた。

 客がまだ訪れていないのに、既にお茶会は始まっていたようだ。

 その割には私の席はないし、シャルロット王女しか座っていない。


「王妃派を気に掛けていただき、お茶に誘っていただいたと伺っておりましたが、他に招待客はいなかったようですね」

「何なの!? ちょっと! そのような格好で、私の前に現れるだなんて、失礼ではないの!?」

「こちらに参る途中、私を襲う圧巻どもと戦いになり、このような姿になってしまいました。お詫び申し上げます。本日はご招待を受け出席の返事をしておりましたので、急いで参った次第ですわ」


 私の返答に、シャルロット王女は青ざめながらも頬を歪めてわなわなと震えた。

 立ち上がって手をついたテーブルがカタカタと揺れる。


「妙な輩に邪魔をされて、戦いになったのです。もちろん、悪漢どもは私どもの騎士たちが捕らえ、今犯人を調査しているところですわ」

「そ、それが、何だって言うのよ!!」

「私がお茶会に出席することを知っていたのか、待ち伏せをされましたので、もしやシャルロット王女殿下の元に妙な輩が入り込んでいるのではないかと心配になったのです」

「私が、何かしたって言うの!?」

「とんでもありません。そのような輩がシャルロット王女殿下の側にいないか、夫から王へ換言させていただきますわ。王女殿下にいたしましては、どうぞ平穏ご無事でお過ごしいただけますよう」


 私がゆっくり微笑むと、シャルロット王女は頬をぴくぴくとさせ、激しい憎悪をあらわにした。


「それでは、このような出立ですので、失礼させていただきます」


 私は踵を返し、そこで待っていた男へ近付いた。

 ラファエウは私の手を取ると、シャルロット王女を視界に入れることなく背を向ける。

 シャルロット王女はその姿を、肩を震わせながら憎々しげにこちらを見遣っていた。





「君の、その心臓の強さが、時折心配でならない」

「まあ、ラファ。あなたが一緒に来てくれたんじゃないですか」


 いくらお茶会の招待を得ていても、本当に王女のいる場所に入れるとは思っていなかった。入れたのはラファエウのおかげである。


 ラファエウは私に届いた招待状を持って兵を押しのけて入り込んだ。私のドレスは血に塗れていたのでマントを羽織って隠してはいたが、ラファエウが来たと聞いたシャルロット王女が許可を出したのである。

 ラファエウが来たと聞けば、誰を連れていようと気にならないようだ。兵は私に気付いていなかったのかもしれない。


 しかし、無理に入ったとはいえ、シャルロット王女はラファエウならばすぐに案内するようにしていたのだろう。呆れて物が言えないが、その期待値は一体どこから生まれるのか、一度聞いてみたい。

 ラファエウがシャルロット王女の元に来るのだと、心から信じているのだ。


「ひどい格好になってしまいましたね。着替えられたらまたすぐに王宮へ戻られるの?」

「できれば屋敷にいたいが、君はそれを望まないだろうから」


 本当は心配で一緒にいたいと思ってくれているのだが、先ほどの事件の対処をしてほしいと分かっているので、少々いじけぎみだ。

 しかし落ち落ちとはしていられないだろう。シャルロット王女が暗殺者たちを向かわせたのは間違いない。あまりに浅はかな真似であり、考えのない行動。この隙を逃すわけにはいかない。


 ラファエウの知っている男は、シャルロット王女の騎士をしている男だった。


(私が知らないわけだけれど……)


「シャルロット王女がこんな短慮な真似をしたのは、理由があると思います」

「君を殺そうとした理由などどうでもいいっ。王女は許さない。必ず罰を下す! 例え罪に問えなくとも、私が自ら罰を与えてやる!!」

「ラファ……」


 馬車の中でラファエウは今にも激昂して爆発しそうな雰囲気を醸しだした。握った手が強く握りすぎて白くなっている。戦いを思い出したか強張らせた顔は引きつり、目尻を吊り上げ険しい表情を見せた。


 確かに準備をしていなければ、私は殺されていただろう。その準備も間違えていれば、皆を大きな危険に巻き込んでいたはずだ。軽傷で済んだのは、あちらがこちらの防備を軽んじていたからである。

 侯爵夫人を襲うのに騎士を使ってはきたが、こちらの防備が勝っていた。まさか、お茶会に訪れるのに一個小隊を分けて伴っているとは思わなかったのだ。


(ある程度の騎士は連れてきていると思ったのでしょうけれど……)


 行きに襲われて対処が少々遅れたため、メアリとエレーナを危険に晒してしまったことに申し訳なく思う。馬車内には入られない予定だったのだが。


「君の身を一番に考えてくれ! 君が手を煩わす必要はなかった!!」


 ラファエウは憤りを見せる。私はラファエウの太ももに触れて、寄りかかった。

 思い出せば手が震えるか、ラファエウは私の手を取り、そっと頬に寄せる。


「あなたのおかげで助かりました。けれど、あなたまで短慮を起こさないでください。シャルロット王女の所業は第二夫人の立場を大きく傾けるでしょう。私たちは彼女たちを退けるチャンスを得たんです」

「君を、危険に晒して、このままにはしておかない」

「ええ。だからこそ、私はチャンスを得たことに喜んでいますよ」


 このままにはしておけない。それは私も言いたい。いつまでも人の夫を狙う真似をして、放っておくつもりはない。

 それに、放置しておけばこちらの身が危ない。これ以上襲撃に神経をすり減らし続けるのも、身内に何かあるのを恐れるのもごめんだ。


「売られた喧嘩を放置するつもりはありませんからね。それこそ報いを受けてもらいましょう。うふふ。ふふ」


 そう。放置などしない。必ず報いは受けてもらう。

 恐ろしさに震えるも、怒りでも震えていた。


 私は怒っているのだ。


 私の笑い声は、後に、すごく怖かった。とラファエウにまで言われ続けるのである。

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