第13話 パーティに参加します。

「エラ……。と、とても、良く似合っている……」


 ラファエウは頬を真っ赤に染めるどころか、耳まで真っ赤にして、私を見つめた。

 目がくらむと一度ふらついたほどだ。


 今日の建国記念パーティのために、それなりに装ったつもりだが、ラファエウには好評のようだ。

 メアリとエレーナ、他のメイドたちも集まって、用意にてんやわんやだった。建国記念パーティということもあって、メイドたちの気合の入れようも半端ではない。


「派手ではないかしら?」


 私が軽く自分の装いを見回して聞くと、メアリやエレーナだけでなく、執事のアルバートやユーグまで、ぶんぶんと首を振り、ラファエウに至っては、そんなことは絶対にない! と勢いよく反論してきた。


「美しすぎて、素敵すぎです、奥様ぁ~」

 メアリが神を崇めるがごとく祈るようにそんなことを言う。ラファエウはその言葉にうんうん頷いた。


「ラファも素敵ですよ」

「ううっ!」

 ほめただけなのに、なぜかラファエウが胸を抑えて苦しみ出す。


「旦那様、卒倒しちゃいそう……」

 メアリがぽそりと口にしたが、本当に卒倒しそうなほど、ラファエウは私のドレス姿を見て、息を止めているかのように顔を赤らめていた。


「旦那様、奥様、そろそろ出発なされませんと」

 アルバートに促され、私はラファエウの腕を取り部屋を出る。


 私たちの衣装は同じ色でまとめた。

 ラファエウの瞳に合う、萌葱のような鮮やかな緑のドレスとスーツだ。金の刺繍や差し色の白でまとめており、二人一緒ならば意外に目立つだろう。


 私の胸元には、ファエウがこっそり用意してくれていた宝石が飾られている。

 私の目の色に合わせた鮮やかなオレンジ色にピンク色が混じった宝石は存在感が激しい。ラファエウの胸元にも同じ色のブローチが飾られていて、派手さが半端ない。


(思ったより鮮やかに見えるわね)


 悪目立ちするつもりはなかったのだが、ラファエウが衣装も宝石も似合いすぎて、これは目立つこと間違いない。

 悶えたいのはこちらである。私を見て照れながらもニコニコして、可愛いにも程があるのだが。

 お揃いの色彩をまとったことにより、私たちの仲がどのような状況なのか、人々は噂するだろう。

 






「公然と二人でいらっしゃるようになったわね」

 呟いた声に、王太子殿下がちろりと横目で見遣った。


「美しい夫人を共にして、気分が良さそうだな。ラファエウ」

「自慢の妻です」


 ミカエル王太子殿下と共にいた王女シャルロットを前にして、ラファエウは本気で照れながらも、はっきりとそんなことを口にした。シャルロットが扇で顔を隠したまま、ぴくりと片眉を動かす。


 王太子殿下は吹き出しそうになっていたが、シャルロットの顔は屈辱にまみれていた。

 ラファエウは煽る気はなかったのだろうが、充分に嫉妬の炎を燃やす導火線に火を付けたようだ。

 私は横でシャルロットの突き刺すような視線に、にこりと笑顔で返していた。


「エラ。大丈夫か……?」


 自慢してから気付いただろう。ラファエウが耳を垂れ下げた犬のような顔をしていた。

 煽った気はなくとも煽ったと気付いたようだ。王太子殿下と王女の挨拶を終えて背を向けてから、子犬のような顔を向けてくる。


「視線で喧嘩を売ってきたので、買っておきました」

「すまない……」

「あなたが謝ることではありませんよ。ラファ。人の夫にいつまでも異常な執着心を持ち続けすぎなだけです」


 肩を下ろす必要などない。ラファエウに笑むと一瞬にやけた顔をしたが、さっと背筋を伸ばして周囲を見回した。

 何をされるか分からない。シャルロットが嫌がらせでも企んでいれば、このパーティ会場は絶好の場所だろう。


(私の夫だと、目の前ではっきり言えば良かったかしらね。次の機会があったら口にしましょうか)


 シャルロットに会うことはほとんどないが、あそこまであからさまに敵意を向けてくるとは思わなかった。想像以上に粘着質なようだ。

 記憶がないため話を耳にしているだけだったが、思っている以上に面倒そうだ。


 王と王妃が現れて、皆が首を垂れる。王は杖をついており、歩くのも難しいのかすぐに椅子へ座った。

 病気がちと言うのは本当のようだ。距離があるここからでも顔色が悪く見える。銀髪に空色の瞳。痩せているせいか鋭さを感じる。しかし覇気がなく、どこか疲れが見えた。

 隣で王妃も座ったが、第二夫人であるマルレーヌがいない。


 ダンスの曲が始まり、ラファエウはすぐにこちらを見つめた。見つめると言うか、物欲しそうにして、そっと手を出してくる。


「エラ。……その、良かったら、ダンスはどうだろうか」

「————もちろんです。ラファ」


 ラファエウの満面の笑顔の眩しさよ。餌をもらえたわんこのよう。私はラファエウの手を揚々と取り、ダンスを踊るべく舞台へ歩んだのだ。





「姉上、本日はとても派手ですね」

「あら、オスカー」


 弟のオスカーが声を掛けてきた。

 ラファエウは人に呼ばれたので、少し離れた場所で集まってきた女性たちと話していたのだが、私を取り巻いていた女性たちの数も減ったのでやっと声を掛けられたと隣に寄る。

 オスカーの後ろに誰もいないことを確認すると、オスカーは当たり前のように口端を上げて肩を竦めた。


「一人です。妻は来てません」

 一緒に来ているかと思ったが、念の為置いてきたようだ。


 オスカーは軽く笑いながらも、私と同じアンバー色の瞳を眇める。赤色の髪は少し短めにしたのか、前よりも顔が痩せたように見えた。

 それもそうだろう。ラファエウから父親の事故の話を聞いたのだ。


 オスカーにとっては実の父親。私にとっても同じだが、記憶がない分、どこか人ごとのように思えた。心から悲しめない苦しさが私の心を苛んだが、オスカーの表情を見ていればその気持ちが共有できるような気がした。


 私はオスカーの背中に触れて、子供をあやすかのように軽く叩く。

 確かではないが、殺された可能性がある。事故に見せかけて殺したとしたら、オスカーにも危険が及ぶ可能性もあった。


「ラファが、詳しく調べてくれています。それまで、あなたも気を付けて」

「姉上もです。話を聞いた時、母上が卒倒しかけました」


 ただでさえ記憶を失い、母親の顔も覚えていないのに、今度は命を狙われた。お母様には心配をかけて当然だった。


「騎士も付けていただいたし、対策も考えているのよ」

「対策ですか?」

「お屋敷の皆で協力して、悪鬼を退治しましょうねって。私が転んでただで起きぬ者だと、知っているでしょう?」

「……よく分かっていますが、無理だけはしないでください。遊び相手ではないのですから」


 碌なことではないと思ったか、オスカーが砂を噛んだような顔をしてくる。しかし、止めても無駄だと思って、注意程度で留めてきた。さすが我が弟だ。


「お元気なようで安心しましたが、姉上は、こちらには煽りに来たのですか?」

「そのつもりはなかったのだけれど、煽ってしまったかもしれないわね」


 男性に挨拶を受けながらも、シャルロットの目はラファエウに向いている。私が見ていることに気付くと、鋭い眼光を一瞬こちらに向け、ふん、と顔をわざとらしく背けた。


「そろそろ、またあなたのお子ちゃまに会いに行きたいわあ」

「今のを見て、そんな感想が出ることに姉上の心臓の強さを感じます」

「まあ、お子ちゃまには会いたいでしょう? 心の癒しがほしいわね」

「ぜひ来てください。侯爵はお忙しいでしょうから」


 ラファエウは色々な人から声を掛けられている。あちこち挨拶をしつつ、こちらを視界に入れた。やっと断りができたか、こちらに近付いてくる。


「エラ、飲食は部下が持ってくるもの以外、口にしないでくれ」

「分かっています」


 パーティ前から注意は受けていたので、まだ何も口にしていない。そう言われて間もなくラファエウの部下がジュースと軽くつまめる物を持ってきた。オスカーもそれを受け取って、酒を飲まずにジュースを口にする。

 見知らぬ者が持ってくるグラスを受け取るのは危険だ。何かが混入してもおかしくない。

 茶の中に麻薬が入るのだから、その可能性もあり得た。


 ラファエウは後ろで待機しているユーグを確認する。ユーグは淑やかに私の後ろで待機していた。もちろん女装してである。王太子殿下に招待状を特別いただき、私の警護に付いていた。


「第二夫人です」

 オスカーが私に目配せする。


 第二夫人が第二王子を連れてきた。

 第二夫人マルレーヌ。王女シャルロットと同じ薄い金髪。毒々しい赤のドレスを着ているが細い肢体と膨らんだ胸が艶かしい。その色っぽさに男たちが釘付けになる。


 第二王子バスチアン。第二夫人やシャルロットと違い、白金の髪色だ。王も白金のため、王に似たのかもしれない。王太子殿下の髪色より金が少し混じっている。

 まだ一歳にもならないので、歩く姿はよちよちだ。乳母が抱き上げて椅子に座る第二夫人に渡す。パーティに連れてくる年ではないが、建国記念日なので特別に連れてきたようだ。


「かわゆいですね……」

「姉上はちびっこずきですからね。からかえるちびっこなら、特に」

「まあ、オスカー。愛らしいちびっこは、ちょっぴり怒った顔がなお愛らしいのよ」

「それは性癖でしょうか」


 我が弟ながら辛口である。子供の頃からかわれた恨みが強いようだ。私は覚えていないので、全くの言いがかりである。


「王弟だ」

 隣でラファエウが教えてくれる。


 王弟バラデュール公爵。病気で痩せている王に比べて体格は良い。ふっくらとしているとまでいわないが、少々ふくよかだ。若い頃はがっしりしていたのだろう。

 王と同じ銀髪で長い髪を後ろに束ねており、瞳は王と同じ空色だ。鼻の下の髭は揃えられ、その下に口角の上がった口元が見える。穏やかな雰囲気が優雅さを感じさせる。趣味で絵でも描いていそうだ。


(でも、瞳に鋭さがあるわ。さすがに王弟かしら)


 バラデュール公爵は独身だった。早くに妻に先立たれて、今は独り身である。そのせいか女性たちが近付きやすい。太っているほどでもなく、目鼻立ちは整い年を感じさせない。

 大人の余裕と独特の色気を感じさせる人だ。


(王も王太子殿下もお顔は整っていらっしゃるし、王妃様も美しいし、王族は美人揃いね)


 王太子殿下も女性とダンスを踊り始めた。シャルロットも誘われて渋々踊っている。

 王妃は王を気にし、第二夫人は第二王子を気にしていた。


(何だか、気のせいかしら……?)


 第二夫人が第二王子を人に任せてダンスをし始めた。

 相手の顔を見つめてその人を虜にするような笑顔を向ける。しかし、どこか違和感を感じた。


「ラファ……」

 全てを言う前に、ラファエウが頷き、グラスを置いて部下の方へ向き直す。


「エラ、オスカーと一緒に」

「分かりました」

 顔も見ずに言われてもオスカーは頷き、反論することなく近寄る。


「姉上、もう少し端におりましょう……」

 オスカーが提案した時、ダンスを終えたシャルロットが、ラファエウが離れたのをよいことに、こちらに近付いてきていた。オスカーが一瞬体を強張らせる。


「姉弟と、相談事かしら? このようなところで固まって」

「久し振りに会う弟と、家族の話をしておりました」


 家族というところを強調して、私はにっこりと微笑む。

 シャルロットは扇を取り出し、再び口元を隠した。歯噛みでもする準備だろうか。


「ラファエウはお元気そうね。ずっと別の女性ばかり連れてきていましたけれど」


 人の夫を呼び捨てして、目を吊り上げながらもせせら笑ってくる。その連れてきていた女性もあなたではなかった、とか言っていいだろうか。


「私が忙しくしていたため、代理をお願いしておりました。王女様に心配いただけたとは、嬉しい限りですわ。夫が選んだ女性にはご理解いただいております」


 それで揉めたことは時効である。今は私しか一緒にいないのだから、口出しされる筋合いはない。

 にこにこ顔を見せて笑んでいると、シャルロットは器用に片眉を傾げたが、鼻息ひとつして踵を返した。振り向きざまに恨みを孕んだ瞳でこちらを鋭く睨め付けてから去っていく。進む方向はラファエウだが、再び忙しそうにして王女の視線は完璧無視だ。

 近寄っても軽くあしらわれるのが目に見える。


「姉上。売られた喧嘩は買うし勝ちますってところ、本当に尊敬します」

「口喧嘩程度ならば良いのだけれど……」


 オスカーが祈るようにして嘆いてくるが、今のでは勝った気はしない。

 口元を扇で隠していたから、表情がはっきり分かるわけではなかったが、悔しがっている割に笑っていたかのようにも見えた。


(先ほど顔を合わせたのに、わざわざ私に話し掛けてくるのも気になるわ)


「オスカー、今日は何かラファに言われたことでもあるのかしら?」

「姉上の側から離れないように頼まれているだけです。私も詳しく聞いているわけではありませんが、今日は特に警戒されているようですね」


 警備の騎士の多さは知らないが、やけに見掛ける気がする。


(ラファは何か計画でも耳にしているのかしら)


 王はまだ席にいる。王妃がしっかり側にいて、王太子殿下も席に座りダンスを踊ることもやめてしまった。軽く踊った程度で席に戻ったのだ。


 ラファエウは王太子殿下との間にあった話を全て私に話すわけではない。

 得ている情報を妻に話すわけにはいかないのだから。


「ラファの邪魔にならないようにしないと」


 私はスカートをなでて心を落ち着ける。


(これだけ兵士がいるのだもの。警戒は強いはずだわ)


 後ろにはユーグが控えていた。グラスを持っているが、口を付けずに周囲を見回している。

 そのユーグが動きを止めると、身を乗り出した。


 ガチャーン。


 大仰にガラスが割れる音がして、皆がそちら見遣った。


「申し訳ありません」

 ボーイがワインの瓶を落としたか、すぐに片付けようと人が集まった。

 瞬間、別の方向から悲鳴が上がった。


「王!!」


 誰かが叫ぶように王を呼ぶ。一人の貴族がナイフを持って王族のいる先の階段へと足を進めていた。

 王太子殿下が剣を抜き王妃が王の前に立ちはだかると、その男が走り出そうとした。


 しかし、走った先はその端にいる第二王子の方向。横にいた乳母が急いで第二王子を抱きしめて男を背にする。


「バスチアン王子!!」


 周囲の叫び声がこだました時、その貴族に赤いドレスの女性が体当たりをした。

 後ろから勢いよく突き飛ばされて、男が階段に手をつく。手にしたままのナイフを握りしめると、ふらりと揺れて突き飛ばした女性をきろりと見遣った。


 男は焦点の合わない目をして、女性へとそのナイフを振り下ろした。

 鮮血が舞い、床にぽたぽたとそれが流れた。女性の腕を裂いたのか、悲鳴を上げて腕を庇う。


「取り押さえろ!!」


 怒号と共に兵士たちが男を囲む。男はふらつきながら階段上に行こうとしたが、すぐに兵たちに取り押さえられた。


「一体何が……」

「あれは、カルメル子爵では……?」

「カルメル子爵がなぜ……」


 犯人の男の名を耳にして、私はもう一度男を見遣った。

 カルメル子爵。確か王妃派ではなかっただろうか。しかもそのカルメル子爵を突き飛ばして襲撃を止めようとした赤いドレスの女性は、第二夫人だ。


 第二夫人が王弟に助けられながら、ぎこちなく立ちあがろうとしている。無我夢中でぶつかっていったのか、立つにも腰が引けてしまっていた。

 王弟が首にあるスカーフを外し、第二夫人の腕に巻いてやる。傷が深いのかすぐに血が滲んだ。


「何て勇気のある行動だったのかしら」

「武器を持った相手に体当たりをするなど……」


 第二夫人がなんとか立ち上がると、周囲は彼女を称賛する声を出した。

 ゴドルフィン侯爵は早く騒ぎを治めろと、近衛騎士たちに指示を出す。


 王と王妃、王太子殿下は既にその席を立ち、会場を後にしている。襲撃を受けて騎士たちと退出したようだ。第二王子も一緒か。既に姿がない。


 残った第二夫人は人々に囲まれて声を掛けられながら会場を背にする。王弟は騒ぎになった会場をおさめていた。


「……やられたわ」

「え?」

「オスカー。一緒に侯爵邸へ戻りましょう。ユーグ、ラファエウはすぐに戻れないでしょうから、私たちは先に帰るわ」

「その方が良さそうですね」


 ユーグはラファエウの方を見つめ、軽く頷く。ラファエウが気付いたか、ユーグは私たちを誘導した。

 捕らえられたカルメル子爵は、兵士たちに囲まれながら奇声を発して、暴れながら連れていかれた。

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