第10話 呼び出されました。
しばらく忙しい日々が続いた。
私はベルナールから教えをもらったり、時折休んで皆とお茶をしたり、充実した時を過ごしていたのだが、ある日王太子殿下から手紙をいただいた。しかも外で使者が待っており、返事を催促しているという。
珍しいというより、何かあったのではという予感がして、私はすぐにその手紙を手にした。
手紙の内容は短く、至急王宮に来られないか、との連絡だ。
急いで用意をして王宮に訪れると、その部屋にいたのは王太子殿下だけでなく、ほとんどお会いすることのない女性が同席していた。
「急な呼び出しをして申し訳ないわね。あなたの話を聞きたかったの」
新緑のような緑の瞳を持ち、銀色の長い髪をまとめた、王太子殿下を少し柔らかな雰囲気にしたような、年を感じさせない美しい女性。
王妃である。
私は急いで挨拶をした。王太子殿下に王妃の組み合わせ。この二人に呼ばれたのは初めてだ。
王妃に促されて座った席だが、もう一つ椅子が空いている。怪訝に思っている間に、次の客がやってきた。ラファエウだ。
「遅くなり申し訳ありません。エラ……」
ラファエウは私が招待を受けていると知らなかったか、何か言いたげにして席に着いた。そうして王太子殿下に向かって目配せするように頷くと、王太子殿下と王妃が視線を合わせる。
「夫人に来てもらったのは、夫人のご友人の話を耳にしたからだ。ドローテ子爵夫人について、話をしたとか」
先日、ジルベルトに誘われたお茶会で話題に出た方のことだ。確か王妃の侍女になったが体調を崩しているという話だった。
「ドローテ子爵夫人には休みを与えているのだけれど、様子を見にいかせたところ別人のようにやせ細ってしまっていてね。王妃も心配されて、医師を派遣すれば、とんでもないことが分かったんだ」
ドローテ子爵夫人はまるで老婆のようによろよろと歩き、何かを探すように屋敷内を徘徊した。そして時折、堰が切れたかのように暴れ発狂するというのだ。
そうして、医師が調べたところ、ドローテ子爵夫人の症状が麻薬症状に似ていると分かった。
「麻薬、ですか……」
「エラ、前に話した、王宮で殺傷事件があったという話だが。その男にも同じ症状が出ていた」
「それは……」
ラファエウが話してくれた、王宮での殺傷事件。争った覚えもないのに、急に襲い掛かった事件で、犯人の襲撃理由が一貫しないものだった。
どちらも王妃派であり、症状も同じときたら。
「王妃派が狙われているということですね」
「そのようだな。ラファエウ、調べた物は?」
王太子殿下がラファエウに問う。ラファエウは胸元から布に包まれた物を取り出すと、さっと広げた。
そこにあるのはくすんだ緑色の茶葉のようで、しかし嗅ぎなれない甘い香りがした。
「これが、子爵夫人の家で見つかったものです。最初はほてりやだるさを感じるのですが、一度口に含むと集中力が高まるそうです。それから飲み続けると、肌が青白くなり痩せて細くなる。さらに長く含み続けると、感情の起伏が激しくなり、突然叫び出したり虚ろになったり、認知機能も低下し廃人のようになると」
ラファエウの説明に、私はごくりと息を呑む。お茶にでも混ぜれば分からないような見た目だ。
「症状は一致しているな……」
「このような物が料理に混ざらぬよう、王妃派たちに周知する必要があるわね」
「王宮でも混入させられる可能性はあります。そちらにも知らせておきましょう」
王妃と王太子殿下がお互いに頷き合う。
知らぬまま混入物を口にする可能性もある。パーティやお茶会でも気にする必要があるだろう。
「一気に口にすれば中毒を起こすそうです。これの二倍ほどの量を一度に飲めば、幻覚を見たり昏倒したりするようです。殺したければこれの三倍くらい飲ませれば可能でしょう。ただ、その量を口に含めば味や匂いなどで気付くでしょうから、無理に飲ませない限り難しいと思われます」
「ならばやはり少量を混ぜてというところか」
ラファエウは頷く。この麻薬の存在に気付かれぬように少量を飲ませ続け、発狂したり徘徊したりするまで続けると、医師でも施しようがなくなる可能性があるという。
「では、ドローテ子爵夫人は……?」
王妃が顔面を蒼白にさせた。王太子殿下も唇を噛み締める。ドローテ子爵夫人の症状は末期だ。回復の見込みがあるのか、なんとも言えない。
ドローテ子爵夫人だけでなく、殺傷事件を起こした貴族も同じだろう。
「彼らがこれをどこで手に入れたのか、受け答えできぬ状況ですので、入手方法はまだ分かっていません。この麻薬が他に出回っていないか調べてはいますが」
ラファエウはちらりと私を見遣る。
「ギャンブルを行っている者たちが手に入れている可能性は高いかと」
「関わりがあるのか?」
「まだ分かってはおりませんが、ギャンブルにのめり込んでいるという、アンチュセール伯爵のように、初期の麻薬症状に似た状態になっている者が多いように思うのです」
私は、どきりとした。ジルベルトも不思議に感じているほど、のめり込んでいる。
ならば、何かしらの薬を盛られて、依存させられているのではないのか。
それに……、
「あなた方のお友達の中で、他にこのような話は聞いていないかしら? 同じような症状になっていたら大変だわ」
王妃に言われて、私は首を振る。まだお茶会も始めたばかりで、多くの情報を得ているわけではない。ジルベルトにそんな話があるか振ってみるしかないだろう。
王妃にはそれを伝えつつ、私は嫌な予感を感じて、気になっていたことを口にした。
「……ラファエウ、ほてりやだるさという症状は、どれくらい含めば起きるのでしょうか? どの程度含み続ければ、痩せるほどになるのでしょう?」
「君の小指の爪の先くらいの量を毎日含むと、症状が少しずつ出てくる。何日も飲み続ければ依存症になり、常に欲するようになるそうだ。その頃には痩せているだろう」
「味はどうなのでしょう?」
「味は、少しはあると思うが……。なぜだ?」
「気のせいかもしれませんが、アルチュセール伯爵夫人が体調不良で、倦怠感があるとおっしゃっていました。肌が綺麗になる茶葉をアンチュセール伯爵から頂いたそうです」
ジルベルトはアンチュセール伯爵が痩せ始めたと言っていた。その症状からも麻薬症状を想像させる。
「お茶に混ぜて、配っている可能性はないでしょうか?」
「ラファエウ。すぐに調べさせろ。ギャンブルを行なっている者たちを重点に、依存傾向のある者は特に」
「承知しました」
王太子殿下の命令でラファエウが席を立つ。私もじっとしていられず、席を立つ許しを得る。
「夫人。すまないが大きく騒ぎ立てないように」
「承知しております」
麻薬を得ていたなど、全容が分かるまでは周囲に気付かれてはならない。その忠告に頷きながら、私はすぐに屋敷に戻ると、ジルベルトに急ぎの手紙を出した。
その返事が戻ってくれば、すぐに屋敷を飛び出す。
「突然お邪魔してごめんなさい」
「いいのよ。急な知らせだったから、急ぎだったのでしょう??」
さすがジルベルトか、部屋に案内されると人払いがされていた。お茶は出されたが、琥珀色のそれを見つめて、ジルベルトを見遣る。
「これを見てほしいの」
ハンカチに包んだ、くすんだ色の茶葉のような物を取り出して、私はジルベルトに見せた。王太子殿下より少量をお借りして持ってきた物だ。
「これがどうかしたの?」
「あなたが、アンチュセール伯爵からいただいたお茶の中に、これが混ざっていないかどうか調べさせてほしいのよ」
ジルベルトは一度そのハンカチを凝視し、私へ視線を向ける。
「説明を、してくれる?」
何かしらの事件を感じたのだろう。ジルベルトが緊張した面持ちで問うてきた。私は頷き、先ほど聞いたばかりの話を伝える。
「————お茶に、麻薬が混入……?」
「まだ正確な話ではないし、もしやと思ってお借りしてきただけなのよ。だから、メイドたちに変に思われないように、お茶をお借りできないかしら? 持って帰り、ラファエウに調べてもらうわ」
「わ、分かったわ。ちょっと待ってちょうだい」
ジルベルトはメイドを呼ぶと、表情を笑い顔に変えた。
「肌がキレイになっているのよ。彼女にもあげたいの。少し分けて持ってきてちょうだい」
驚くほど自然な演技で、私の方が驚きそうになってしまう。
メイドはすぐに小瓶に入れて茶葉を持ってくる。それを笑顔で受け取って、メイドが部屋を出るのを確認すると、蓋を開けた。
「目で見ても、分からないわね」
見た目は茶色の茶葉で、一見緑色は見られない。香りもお茶の香りで、判別はつかない。
「粉にでもしていれば、気付かれないと思うわ。念の為これに似た色や形、香りのするものに気を付けて。それと、アンチュセール伯爵だけれど、ギャンブルを行う際お酒などで口に含んでいるかもしれない」
「……ああ、何てこと————」
何と慰めて良いのか分からない。ジルベルトは顔を覆って泣き出すのを我慢している。
「ギャンブル依存ではなく、その薬のせいで依存傾向にあると思うの。アンチュセール伯爵は、急に感情の起伏が激しくなったりしていないかしら……?」
「そういえば、この間、ちょっと何かを聞いただけで急に怒られて、体調が悪いからと後で謝られたけれど……」
感情にまで影響が出ているのならば、かなりの量を取り込み続けているのかもしれない。早めに医師に診せる必要がある。
「王太子殿下にお知らせして、専門の医師に診てもらった方が良いわ」
「どうして、こんなことに……」
ジルベルトの嘆きに、私はただ肩をなでてやることしかできなかった。
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