49 地下牢

「きゃっ!」

「あ、ごめんなさい。誰かいるのかと思って」


 玲那に気づくと、女の子が急いで立ち上がって壁際に逃げる。眠っている時にのぞいている者がいれば、それはもちろん驚くだろう。だからすぐに謝ったのだが、女の子は挙動不審なくらいガタガタと震えてこちらを見ていた。

 ああ、嫌な予感しかしない。


「あの、ごめんなさい。私、神殿の者ではなくてですね。えーと、ここに連れてこられて、誰かいるのかなあって」

「連れて、こられたの?」

 女の子の言っている意味と、玲那の言っている意味はまったく違うだろうが、女の子が反応した。コクコク頷いて、扉の方を見やる。フェルナンはまだ戻ってこなそうだ。


「あなたはどうしてここに? 町に住んでる人かな? それとも村? 閉じ込められてるの?」

「わ、私は、町の、アレド地区に住んでいました。気づいたらここにいて、変な奴らに追いかけられて。あなたは自由なんですか? た、助けてください。ここから出たいんです!」

「し、しし、しー。大声は出さないようにね。今、助けが来るだろうから、少しだけ静かに」


 アレド地区がどこだかわからないが、この領土の町から連れてこられたようだ。

 女の子は怯えていたが、玲那の方へ寄ってきた。近づいて顔が明かりで照らされて、よく見える。中学生か高校生か。十五歳前後だろうか。玲那より年下に見えた。


「他の部屋にも人がいるけど、みんな女の子? 誰かに連れてこられたのかな?」

「わからないです。他の人は前からずっといて。その、なんていうか、話が通じなくて」

「話が通じない?」

「話しかけても、ちゃんとした答えが返ってこないんです。時々独り言言ったり、普段静かなんですけど、この間は、獣みたいに叫んだりして。なんだか、おかしいんです」

「獣みたいって」


 どこかで聞いた話だ。メイドたちが話していた、魔物がいるのではという話。唸り声は魔物ではなく、人間の唸り声だったようだ。


「あなたは、どれくらいここに閉じ込められてるの?」

「……わからないです。時々、意識がなくなったりして……、き、記憶がなくて。地下だから時間もわからないし、食事の時間でしか時間を計れないから」


 わかっているだけで、五日はいるそうだ。受け答えははっきりしている。よどんでいるのは言いづらいことがあるからだろう。自分を抱きしめるかのように、両手で腕をさすっている。深くは聞かず、玲那は他の部屋をのぞいてみた。誰も起きようとはしない。玲那たちの声に気づかないほど深く眠っているようだった。


「ここは神殿の中なんだけれど、それは、わかっている?」

「……わかってます。ここに来る人は、神殿の人の格好してるから」

「そっか。じゃあ、えーと、ここから出してあげたいけど、今鍵がないからね、もう少しだけ、我慢できるかな? 必ず出してあげるから、落ち着いてね。すぐに助けが、」


 そこまで話して、玲那は顔を上げた。階段を降りてくる音がする。フェルナンの足音ではない。フェルナンはあんな風に大きな足音をたてたりしない。急いで走っても、彼は足音を出さなかった。

 咄嗟に扉に走る。

 突然扉が開いた。大仰に開いた扉から、人が数人やってきた。


「何人いるんだ?」

「六人だ。早くしろ」

「そんな人数、簡単に言ってくれるなよ」

「文句を言うな。あの私生児にはグロージャン家がついているんだぞ! おい、起きろ!」


 男たちが部屋の鍵を開けて、寝ていた女の子たちを叩き起こす。起こされた女の子たちは文句を言わないのか、悲鳴のようなものは聞こえない。ただ、先ほどの女の子だけが、抵抗しているようだった。


「出せ、早く!」

「は、離してください! 助けて! 助けて!!」

「うるさい、黙れ!」


 女の子の口をふさいだのか、女の子の声がくぐもった。大人しくしろと怒鳴り声がして、カラーンと金属の棒のような物が倒れた音がした。そして、石がこすれた音がした後、男たちの声が遠ざかっていく。


 扉の後ろに隠れていても気づかれなかったようだ。古典的な真似をしたが、気づかれなかったので安堵する。そっと顔をのぞかせて廊下を見やれば、そこには誰もいなかった。部屋の中にいた女の子たちを連れてどこかへ行ったようだが、どこにもいない。男たちも、女の子たちもだ。


「どこに行った? 隠し扉?」

 声は遠ざかったが、その前に物音がした。石がすれるような音だ。隠し扉だろうが、怪しいとしたらどこだろう。

 扉が開いている部屋は、すべて女の子がいた部屋だ。そこに隠し扉があるわけがないのだし、あるとしたら、奥の明かりがある壁だろう。


「魔法とかで開けられたら、どうにもなんないんだけど、そうじゃなかったら、どこかな。押して開くとしたら、鍵になるとこが」

 燭台を取り外すための長い金属の棒が床に転がっている。明かりは燭台でほのかに炎が揺れていた。燭台を外すための金属の棒のようだ。空気がこもっているのは燭台の炎のせいだろうが、酸欠になるとか考えないのだろうか。そうならないならば、風が通る場所があるのだ。風が通ればすぐにわかる。案の定、足元に微かだが冷えた空気が通った。扉はこの奥の壁で間違いない。


「ここでビットバ使って壊してもな」

 想像できることと言えば、燭台を引っ張るとかだが、棒でつついたり、上下左右押してみてもびくともしない。

「フェルナンさんまだ来ないな。どうしよ」


 扉の仕掛けなんて、鍵を開くためのスイッチかなにかだろう。手元では手をついた時に気づいてしまうかもしれないのだから、上部か下部。真ん中あたりに何もなければ、こんなものは大抵下部な気がする。身長が届かなければ開けられないからだ。

 下の段の石組みを一つずつ、端から押せば、一つの石がゆっくりと奥に沈み込んだ。


「ほらね。典型的じゃん」

 壁を押せばゆっくりと開く。その先は階段になっていて、遠くに先ほどの男たちの明かりか、ちらちらと橙色の光がゆらめいていた。一度すぐに扉を閉じて、燭台の火を消す。こちらから見えているのだから、あちらからも丸見えだからだ。


 気づかれただろうか。再び扉を開けてみれば、奥の光は止まらず動いている。気づかれていないことを祈るしかない。


 待っていろと言われたが、男たちは急いでいた上に、不穏な話をしていた。女の子たちをここから移動させるのは、証拠隠滅のためだろう。このまま逃げる気か、それとも、

「最悪なこと考えたくないけど、この世界の倫理は最悪だからな」


 だから金属の棒を手にして、歩き出した。光がなく男たちの明かりしか見えないが、足元を照らしてこちらのことを気づかれたくない。壁に手を当てながら、金属の棒を軽く床にすらせる。音がしてしまうので、あまり早く歩けない。


 前の光は遠のいている。かなり距離があるようだ。

 しかし、途中で光が大きくなると、その明かりがフッと消えた。気づかれたのか?

 一度足を止めたが、物音は聞こえない。扉でもあって、出ていったのだろう。ならば、早く行かなければ。


 玲那は棒を床にこすりつけながら小走りになった。段差があって転ぶようなことはないと思うが、階段でもあったら困る。ここで転げたらどんな大怪我をするかわからない。

 転ぶかという恐れと、これからどうすべきかの恐怖で、心臓が耳に響くほどうるさく鳴ったが、リリがピイと鳴くので、気持ちが楽になった。もしもの時はリリも動いてくれるだろう。


 しばらく走れば、棒がカツンとなにかにぶつかった。つんのめって転びそうになれば、弁慶に痛みが走った。段差がある。

 痛みに堪えながらその段差に触れると、階段であることがわかった。床にはいつくばるようにしてその階段を上がっていく。


 ふと、前に壁が立ちふさがった。扉だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る