46−2 狩り

「お前も食っていいぞ」

「じゃあ、ありがたく、いただきます」


 猪は牡丹鍋よろしく赤身だと思うのだが、これは鶏肉のように真っ白だ。鶏のささみみたいに裂ける肉である。筋肉どうなっているのだろう。

 ぱくりと食べると、味はあまりない。やっぱり鶏のささみだ。

 うーん、お醤油かけて塩胡椒して焼きたい。片栗粉まぶしてマヨ味で煮からめたい。


「微妙な顔すんな。一度食えば味がわかるな。そんな顔するなら、この肉をうまくしてみせろ。調理できんだろ?」

 いきなり無茶振りがきた。オクタヴィアンは玲那が料理をすることは知っていると、味をなんとかしろと命令してくる。

 そんなこと言われても、ここは魔物のいる森の中。味を整えるとしても、調味料がない。


「歩きながら採集してんの見たぞ」

 ぽそりと一言 ポケットに色々入れていたのがバレていた。パンが同じ味で飽きてきたので、森の恵みを採っていたのである。魔物がいるとはいえ、食べられるものはよく生えているのだ。


「まあ、少しくらいは変えられるかもしれませんけど」

 せっかく採取した植物を使うことになるとは。しかし、これだけでは肉の味をうまくすることは難しい。

 玲那は周囲を見回した。ここは森の中。魔物がいるとはいえ、植物はある。


「あ、これこれ、ちょっと調理してもいいですか?」

 葉っぱを魔法のお水で洗ってもらえるか、ラベルにお願いすれば、図々しい奴だな。とオクタヴィアンに言われるが、うまいものを作れと命令したからには許してほしい。

 それと、木の実を発見した。ササミ肉に葉っぱと潰した木の実を巻いて、焼いてもらう。


「できましたー」

 茹でてあるので、軽く焼いただけだ。火も水も魔法でできるとは、なんと楽ちんなのか。

 特に文句を言うでもなくラベルが手伝ってくれる。ありがたい。


「まずは味見を。んー。おいしい! さっぱり。完璧です。どうぞどうぞ。お食べください」

「お前、食ってみろよ」

 その辺に落ちている木の実を使ったので食べたくないのか、オクタヴィアンが赤髪の騎士に促すと、騎士は恐る恐る手にして口にして見せた。


「ふむ。ん。あ。う。うま。え、うまいです。これ!」

「ほんとかよ」

 ラベルも気にせず口にして、軽く頷く。悪くなさそうだ。オクタヴィアンもおそるおそる口にしてみたが、よかったのだろう。顔がぱあっと明るくなった。


 あの木の実はちょっとすっぱくて、酸味があるんだよね。トマトみたいな。そして、葉っぱはちょっぴりレモン系の味。レモンバームみたいな葉っぱだ。

 作れば作るほど食べられるのか、同じ味なのにぱくぱく食べてくれる。火を起こしてもらって、枝に刺して焼いては食べた。


「ふー。森の中で食うにはマシな味だったな。城へ戻ればもっとうまくなるのか?」

「そうですね。城に戻れば、少しは」

 チーズがあればレベルが上がる料理が作れるのだが。トマトや卵。クミンなどがあれば、カレー風味ピカタでも作れるだろうが、カレー系のスパイスがあるのか知らない。まずはトマトがほしいところだが、どうだろう。


「城に戻ったら夕飯はお前が作れ」

「へ?」

「もう少し狩ってくか。夕飯、楽しみにしてるからな」

 オクタヴィアンが悪どい顔をこちらに向けて、ニヤリと笑った。









 料理をさせるために同行させたのか。

 森から送られた魔物を前に、料理長が解体をしてくれていたようだ。

 魔物の解体は絞めた後すぐにさばかなければならないらしく、解体は早い方が良いそうだ。


 フグみたいに内臓に毒があり、触れたらすぐに死ぬとか、喉にある毒を吸い込んだだけで死ぬとか、死ぬレベルが高すぎるらしいが、放置しておくとそれが体内に周り、食べられなくなる。そのため、早めの下ごしらえが必要になる。また、魔物たちは魔法を使えるので、その魔力が溜められる部位は慎重に切り落とさなければならない。魔力の溜まった核のような物は別の用途があるので、魔物の核は使い勝手が良いそうだ。特別な道具と一緒につけて、魔力を吸い込ませ、攻撃力の高い道具にするとか、色々使い道があるとか。


 それはともかく、今日は外で夕食だと、キッチンを出て調理することになった。

 城にいる者たちに振る舞うように、オクタヴィアンが命令したからだ。


「うまいですね。これ、初めて食べました」

 赤髪の騎士が、嬉しそうに肉を頬張る。それは玲那が調理した、トマトもどき煮だ。やりたかったワイン煮込みである。トマトに似た黄色の汁の出る、酸っぱさと甘みの混じった果物のような野菜だ。本来は飾りとして使うそうだが、その皮を湯むきして、ワインと他の野菜と一緒に肉と煮込んだのである。

 赤髪の騎士は初めて食べたと、ラベルにも食べるように勧めた。


 オクタヴィアンは一人椅子に座り、全ての料理を前にして少しずつ口にしている。文句を言っていないので、それなりに食べれるようだ。


「しかし、面白い作り方するな」

「お野菜あるなら、混ぜるとおいしくなるんですよ」

「野菜はあまり使わないからなあ」


 料理長が感嘆してくれる。ワイン煮込みもこちらではメジャーではないそうだ。そもそもトマトもどきを食べようとしていなかったらしい。あれは飾り。食べれば酸味が強い。焼いても酸っぱさは消えないので、味付けとは考えなかったようだ。


 こちらは基本的に料理の種類が少ない。野菜の種類が少ないこともあるが、肉とパンがメインである。森の中で食べられるものがあっても、あえて食べたりしない。単品ではおいしくないからだ。

 特に人気があったのは、ピザである。塩気を多くし、油を入れたパンの生地に、魔物の肉やチーズ。卵や野菜たちを乗せ、トマトもどきのソースをかけて焼いた。ピザよりも少々柔らかな生地だが、うまくできたと思う。


 ラベルはこれが気に入ったか、ピザもどきを頬張っていた。。チーズ入りのナンのようなパンも焼いたので、煮込んだ魔物の肉を乗せて食べるように勧めれば、その食べ方も気に入ったようだ。


「よし、父上に持っていくぞ。お前も来い」

 食べ終わってもいないのに、オクタヴィアンが立ち上がった。料理長がすぐにお皿を用意して、運び出す。

 領主とは仲が悪いのではないのか。騎士二人と玲那を連れて、オクタヴィアンは領主のいる部屋へ進んだ。


「父上はどこだ」

「オクタヴィアン様!? 領主様はお休みで」

「食事をお持ちした」


 警備の騎士か、オクタヴィアンを前に立ちはだかったが、オクタヴィアンは気にせず足を進める。焦ったようにオクタヴィアンの行く先を邪魔するが、それに赤髪の騎士が立ち塞がった。赤髪の騎士の迫力に後ずさりする。

 なんだろうか。奥に行けば行くほど人がやってくる。オクタヴィアンが現れて驚愕しつつも、先へ進めないように防いでいるかのように見えた。

 こちらの建物に来るのは初めてだ。ここだけやたら警備が多い。領主が暗殺でも恐れているのだろうか。


「オクタヴィアン様、領主様はお休みです。どうぞ、お下がりください」

 部屋から出てきたのは、髭を生やした男。鬼ごっこの時にぶつかった神職者と一緒にいた、ボードンだ。

 白髪の混じった髪を後ろに流して、口元にある髭が間違いない。墨でよく見えなかったが、灰色の目が鋭い眼光を灯していた。そのボードンが冷ややかな声でオクタヴィアンを注意する。鬼ごっこの時には気づかなかったが、冷淡な目をしている男だ。

 蔑んでいるようには見えないが、好意的な視線ではなく、うっすらと笑んだ口元が、寒気すら感じる。


「父上への土産だと言っているだろう。ラグラノフが獲れたからな」

 オクタヴィアンも口では笑いながら、目に笑みを湛えていなかった。


「わあああっ!」

 突然喚き声が聞こえて、玲那はびくりと肩を上げた。部屋の中で誰かが叫んだり唸ったりしている。

「なるほど。ご機嫌斜めだな」

 オクタヴィアンはそう言って気にもせず扉を開けた。途端、ガイン、と廊下に何かが飛んできた。水差しだ。


「父上。こんなもん投げたら危ないですよ」

「う、うううう、うるさい!!」

 ガチャン、と今度はボウルが飛んできた。水が入っていたのか、廊下まで水が飛んでくる。


「機嫌が悪いですね。せっかく土産を持ってきたのに。どうぞ、こちらお食べください。うまい飯でも食えば、その機嫌、なおるやもしれません」

 玲那の運んでいたカートを引いて、オクタヴィアンはそれを扉に挟んだ。それを後にした部屋の中から、燭台が飛んでくる。


 叫び声というより、獣が唸ったような声が廊下に響く。

 顔は見えなかった。促されてその場を後にしても、声だけずっと耳に届いた。


 あれが、領主の声?

 機嫌が悪いという話か? それよりも、怯えて喚いているようだった。


 オクタヴィアンも騎士たちも、表情は変わらない。けれど、オクタヴィアンの目尻が、微かに歪んだのが見えた気がした。

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