45−4 鬼ごっこ

 領主は、元はとてもおとなしい子供だったそうだ。だが、十六歳の時に実の父親を殺し、領主の座についた。

 結婚してオクタヴィアンが生まれたが、幸せは続かず、領主の様子が変わりはじめた。長く貴族たちに搾取されてきたことが溜まり溜まったのか、妻に暴言を吐いたり、時折暴力を振るったりしはじめたのだ。時に泣き、喚き、錯乱し、日常をまともにすごせないことまで増えた。


 そのせいで今度は妻の精神が不安定になり、離婚危機に陥ったが、家庭内別居を始めた。

 オクタヴィアンは母親を連れて父親から離れ、母親の面倒を見ている。領主の病は落ち着いている時もあるため、仕事は行っているそうだが、取り決めは貴族が行い、領主の存在価値は薄い。つまり、領主一家は領主として行うことをほとんど行なっておらず、貴族に一任していることになる。


「それじゃ、また領主を討とうとする貴族が現れるんじゃないですか? でも引きこもってるからいいのか」

「ほんとに歯に衣着せない嬢ちゃんだな。貴族の前でそんな口きくなよ? 簡単に殺されちまうぞ」

「その倫理がもうついてけない」

「あん?」

「いえ、気をつけます。それで、オクタヴィアン様はあちらの、貴族たちがいる建物にはほとんど近づかないんですか?」

「領主様がおられたりするし、貴族たちに何を言っても、領主の子供だからとあしらわれることが多い。政治には関わらせてもらえていないからな」


「それは、なんでまた?」

「成人されていないからだ」

「成人してないと、お手伝いできないんですか? 領主って、ちょっと私わかってないんですけど、お家の人が領土を管理してるってことですよね。だったら息子さんも関われるんじゃ? そこに成人が関わるんですか?」

「病の領主に代わって仕事を行うのなら、成人した跡取りが引き継ぐと、王宮に許可を得る必要がある」

「成人していないから、仕事はできないと。今、十四歳ですよね。じゃあいつ成人なんです?」

「十五歳だ」


 それまであのやんちゃを放置するということか。それはそれは、オクタヴィアンに良くないように思う。

 しかし、貴族たちはそれを盾にするかのごとく、オクタヴィアンを遠ざけているということだ。


「そんなのは書類を押す印の話で、仕事自体は教えなければならないから、関わらせるのは常識だがな。だが、領主様が正気ではない状態が続いていて、オクタヴィアン様に仕事を教える者はいないというわけだ」

 それでは、貴族たちの思い通りではなかろうか。このまま領主が病に伏して、正気を保てない状態が続いたら、貴族たちのやりたい放題だ。オクタヴィアンが政治に関わろうとしなければ、ただの置き物になるだけ。

 オクタヴィアンがその座を継げばどうにかなるとは思わないが、貴族たちにとってはよい環境となっている。


 じゅわ、っとお肉が焼ける匂いがした。かまどがあるのに、料理長は魔法を使って肉を焼いている。その方が、焼き具合が調整しやすいらしい。

 お肉のステーキ、お肉のスープ。じゃがいももどきとにんじんもどきはお肉に添えるだけ。果物はお皿に丸まる乗せたまま。


 本当に肉しかない食事だ。あとはパンで、オクタヴィアンは子供なのにワインを出す。水が高級なわけでもないだろうに。十四歳など、ぶどうジュースで十分ではないか。アルコールの年齢制限がないのだろう。あんなやんちゃを通り越した子供にアルコールを飲ませるのは、危険でしかないように思う。

 今度は別のお肉を凍らせて、炎に包んだ。


「なんで魔法で凍らせるんですか?」

「この魔物の肉は凍らせた方が柔らかくなるんだ」

「……魔物」

「おう、うまいぞー。あとで少しだけ分けてやるからな」


 それはうれしいが、原型を留めていない肉なので、元の姿が想像できない。魔物辞典に載っている魔物だとは思うが、調理方法は独特のようだ。お肉を求めに川向こうへ行って、万が一魔物を狩れたとしても、食べ方がわからないかもしれない。


 魔物だもんね。めちゃくちゃ硬いうろことか、ついてるかもしれないもんね。

 それにしても気になるのが、得体の知れない人間に料理を手伝わせることだ。変なものを混ぜられたりするのではと警戒しないのだろうか。謎だ。


「上に上がって、料理運んでくれ」

「はーい」


 建物には料理を運ぶエレベーターがあって、それを上の階で受け取ることができる。紐を引っ張るタイプのエレベーターかと思えば、魔法で移動した。石の置き場で上下するのだ。オクタヴィアンの部屋に持っていくのは玲那の仕事で、カートに乗せて持っていった。


 貴族の食事のイメージは、広い食堂で主人がお誕生日席に座り、家族が両脇に座って食事だったのだが、ここではオクタヴィアンは自室で食事をした。

 今は部屋にいないらしい。セッティングしておけば良いので、安心して部屋に入る。オクタヴィアンの食事をする部屋は、テーブルが中央にあるだけの部屋で、リビングのような感じだ。ベッドなどはないし、クローゼットなどもない。飾り程度の棚がいくつかあるだけで、何もない。自室というが、他にも自室があるのだろう。


 前回この部屋に入った時は、入った瞬間にナイフが飛んできた。オクタヴィアンに会わないうちに、さっさと部屋を出る。この後は他の人たちの食事を食堂に運ぶ。兵士たちなどではなく、オクタヴィアンに近い人たちの食事だ。執事や騎士、メイドたち。兵士たちの食事はここでは作らないらしい。運び終えたら、自分の食事だ。玲那は料理長と一緒に、キッチンで食べた。


 魔物の肉という赤身のステーキ一欠片と、パンとスープ。それからぶどうジュース。ワインが飲めないと伝えれば、こちらが出てきたのだ。


「わ、おいしー。これで魔物なんですか?」

「なかなかいけるだろう。ほとんど手に入れたりしないんだけどな。たまに狩りに行って、手に入るんだが、量があるから貯蔵庫で眠ってるんだよ」

「貯蔵庫って、聖女が作ったんですか?」

「当然だろう。冷える貯蔵庫だ。魔物肉は腐りやすいからな。すぐに凍らせて貯蔵庫へ運ぶ。保管は三月ほどできる。新鮮な方がいいんだが、そうそう狩りに行かないからな」


 それでは、万が一魔物を狩れても、持ち帰って保管するのは難しそうだ。

 魔物なんて狩りに行かないけどね。


「物作りの聖女って、行方不明なんですよね」

「そう聞いているな」

「どれくらい前の話なんですか?」

「物作りの聖女は、そうだなあ。認可局ができた頃だから、五十年近くは昔じゃないか?」

「じゃあ、生きているとしても、七十歳とか、八十歳とかくらいですかね」

「生きていたら? 百歳ぐらいだろ。物作りの聖女は長い間多くの物を作ったんだ。聖女は悪だという奴が多いが、俺は物作りの聖女は偉業を成し遂げたと思ってる。後期には物を作らなくなってしまったが、ここにある物はほとんど聖女が作ったからな。ありがたいことをしてくれたよ」


 オーブンのような石窯。冷蔵保存ができる貯蔵庫。水を汲むポンプ。このキッチンにある物は現代に繋がるような物が多い。便利で、簡単。生活に費やす時間を短縮でき、逆に時間を与えることができる。

 けれど、その便利さを作っても、その後の不遜さで悪とされた。


 勝てば官軍負ければ賊軍。当初は善でも後に悪になるかもしれない。領主もまた、そんな時間の渦に呑まれているのだろう。

 そんな騒動に、自分も巻き込まれていくのかと思うと、少しだけ背中に寒気が走った。

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