43 紋章
「この紋章は、ヴェーラー神の信徒のものよ」
エミリーは見せたナイフの紋章について、そう教えてくれた。
「ヴェーラーの信徒って、たくさんいるんですか?」
「そりゃ、この国を守る大神官だもの。ヴェーラー神の信徒なんてたくさんいるわよ。ただ、紋章の入った物を持つなら、神殿の関係者よ」
神殿の関係者と言っても、神殿で働く者たちは大勢いる。ヴェーラーのような大神官や神官。その下の見習い神官。小間使いや従者。この領土だけでも多くの者たちが神殿に関わっていた。
「神官や大神官は、必ずヴェーラー神の印として紋章の入った物を持つの。それはナイフだったりネックレスだったり、色々あるわ。ただ、階級によってその紋章は変わるのよ」
「じゃあ、この紋章は」
「私はそこまで詳しくないけれど、神官とか、位の高い人の持つ紋章ではないわ。位が高い人の紋章はもっと細かいのよ」
なるほど、このナイフに刻まれているのは、花と杖だけだ。杖とだと思っているが、槍かもしれない。その区別もつかないような、大雑把な模様。
玲那は、これ以上に細かく刻まれた紋章を知っていた。
フェルナンが持っていた剣。それに刻まれた紋章は、これと似たような模様だった。しかし、もっと別の物が描かれており、これよりもずっと細かかった。
花と、杖と、獣の横姿。フェルナンの剣の紋章だ。
彼は敬虔なヴェーラーの信徒と言っていたのだから、間違いない。
「それで、これどうしたの?」
「昨日強盗に襲われて、そいつが持ってたんです」
「強盗!?」
玲那は今までのことをエミリーに話した。ガラス瓶を拾ったこと。その後、自宅を家探しされたこと。そして、昨日、見知らぬ男たちに殺されそうになったこと。
「なによ、それ。よく無事で……」
「ほんと、そう思います。自警団の皆さんに町の兵士に突き出してもらったので、他に仲間がいなければ安心なんですけど」
「怖いわ。そんな、大丈夫なの? 村に一人で住んでいるんでしょう?」
家の周囲は鳴子が設置され、屋根にはリトリトの棘(ラッカの痺れ毒付き)、窓や扉はしっかり閉められ、入り込んだら罠が仕掛けてある。内開きの窓を勢いよく開けると、スパイシー睡眠薬が上から落ちてくるのだ。使徒の罠本はとても役立っている。
最悪、リリが攻撃するか、ビットバを飛ばすので、無事では帰れないだろう。
「まあ、なんとかなりますけど。安眠したいから、犯人は一体なにがしたいのかなって、思っていて」
「話のかんじだと、その小瓶を探しに来てるんじゃないんですか?」
側で聞いていたエリックが口を挟んできた。エミリーも頷く。小瓶を探しに家探しし、見つからなかったので、物を奪うついでに口封じというところだろうか。それは玲那も考えている。
「その小瓶、どうしたんですか?」
「討伐隊騎士さんに渡しました。事情も伝えてあります」
「討伐隊騎士!?」
エリックが驚愕する。エミリーは誰に渡したか想像ついているのだろう。あの人に渡したの? と問うてきた。
「渡したのはオレードさんて方ですけど、フェルナンさんも知ってます」
「オレード!? フェルナン!? なんでその二人に!?」
「ご存知ですか?」
「ご存知もなにも」
エリックがエミリーと顔を見合わせる。二人はとても有名なのだろう。フェルナンが領主の手下という話は、エミリーから聞いていた。
「オレードって、オレード・グロージャン様ですか!? あの王族の傍系一族出身なのに、こんな田舎な領土で討伐隊騎士やってるっていう」
「王族傍系一族出身?」
「そうですよ。この領土の中で、領主の次に身分が高い人です。グロージャン家の次男なんですが、なぜか母親の妹の家に住んでいて、討伐隊騎士をやっているっていう、謎の人なんですよ。他の貴族たちから扱いに困るって言われていて」
王族と聞いてあまりピンとこないのだが、とにかく偉い貴族の次男で、このような田舎にいるような人ではないらしい。この領土の人たちも不思議に思う身分の高さで、それがしかも討伐隊騎士というイメージの悪い職についていることが、どうしても解せないようだ。都にいれば、もっと良い職務に就けるからだ。
「じゃあ、フェルナンさんは?」
二人ともとても仲が良く見えるし、オレードはフェルナンの面倒を見ているようだった。フェルナンはオレードに軽口をきいているし、遠慮もない。
エミリーとエリックは、なぜか二人とも口ごもる。あまり良い話には思えない。そうであろう、エリックが外で言わないようにと釘を刺してくる。
「あの人は、グロージャン様の叔母の夫と、メイドの間に生まれた子供だって話です。つまり、私生児ってことですよ」
つまり、オレードの血の繋がらない叔父の、不倫相手の子供ということになる。オレードは叔母の子供ではない、叔母の夫がメイドに産ませた子供と共に働いていることになる。
玲那の常識でも不思議な話に聞こえるが、
「本人たちは気にしてなさそうな話題ですね」
「それは、そうかもしれませんけど」
エリックは面食らったのか、困り顔をしてきた。本人たちはきっと気にしていない。そうでなければ、あんな風に付き合っていられないだろう。フェルナンはぶっきらぼうだが、オレードを一目置いている。年上だからかもしれないが、オレードを敬っている雰囲気はあった。オレードはフェルナンの面倒を見ている風で、年上のお兄さんという感じだったが、そこに嫌悪はない。
周囲だけがうるさいのだろう。話だけを耳にすると、居心地の悪くなりそうな二人組だ。だが、実情、二人は仲が良いだろうに。
「グロージャン様とアシャール様は、身分が違いすぎるんです。そのグロージャン様が気にしてくれるならば、レナさんはとても運がいいでしょうけれど、アシャール様は討伐隊騎士の中でも浮いている存在なので、あまりいい噂がないんです」
アシャールというのはフェルナンの苗字のようだ。オレードの叔父の姓を名乗っているわけである。
浮いている存在の理由は、母親がメイド。しかも平民の子であるということと、オレードと血が繋がっていないこと。そして、フェルナンが神官であるということのせいらしい。
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