42 襲撃
「リリちゃん? どうかした?」
リトリトの尾が足りないので、森に出ていると、頭の上でリリが立ち上がった。
リリをもらってから数日。どこで食事を得ているのか、時折いなくなって、しばらくすると帰ってくる。それは朝だったり夜だったり、時間は決まっていないのだが、おそらく食事だと思われる。戻ってくると、なんとなくだが重くなっているからだ。
そのリリが立ち上がる時は決まって空に飛んでいくので、これから食事に行くのかもしれない。
「なにか餌でも見つけたのかな」
ぱたぱた羽を羽ばたかせているので、そのうち飛んでいくだろう。気にせず草を刈っていると、カサリ、と背後で音がした。
リトリトか。そう思って矢を手にしたら、のそりと男が現れた。
珍しい。村人ではなさそうだが、男は二人、こちらに向かってきている。少し離れているが、姿は見て取れる距離だ。
討伐隊騎士の格好ではない。茶色や焦茶の服を着ており、一人は小人が被るような、緑のとんがり帽子をかぶっている。もう一人は灰白の髪の毛と髭が繋がっており、小汚いサンタクロースのようだった。
それらが二人、玲那を見て離さないまま、こちらに近付いてくる。
矢を置いて、玲那は腰の帯に手を伸ばした。
「なにか、ご用ですか?」
男たちは顔に下卑た笑みをのせていた。好意的というのとは違う。草木に遮られて胸から上しか見えないが、座り込んでいる玲那からは、草の隙間に銀色の煌めきが見えた。
振り下ろされる瞬間、男たちの顔に目掛け、手元の袋を投げ付けた。
「ぶはっ! な、なんだ、げほ、ごほ!」
剣を振り下ろしてきたとんがり帽子の男は、その袋を剣で咄嗟に叩きつけたが、袋の中に入っていた小石と粉を顔に受け、うずくまって激しく咳き込んだ。その隙に玲那は走り出す。小汚いサンタクロース男は隣で粉を吸い込んだか、咳き込んで目をこすりながら追ってきた。
小汚い男の方が玲那より足が速い。腕を取られそうになった瞬間、玲那はもう一つの袋を投げ付けた。
「ぐほ。げほっ。こいつ、ふざけやがっ、」
小汚い男が剣を振り回そうとその腕を振り上げた。しかし、言葉途中でがくりと地面に膝を突くと、そのまま勢いよく地面に倒れ込んだ。
もう一人のとんがり帽子の男は追ってきていない。すでに地面に倒れていた。
「危なかった。なに、こいつら」
小汚い男は、寝息をたてて眠っている。足で突いてみたが、起きる様子はない。向こうで寝転がっているとんがり帽子の男は、寝返りをうっていびきまでかきはじめた。
「即効性ありすぎじゃない? どんだけ強力な睡眠薬なの」
しかし、うまくいって良かった。まさか、森の中で人に襲われるとは思わなかったが。
男たちに放ったのは、前に使徒からもらった本に書かれていた罠の一つだ。
使い方は、紐に結んで通り過ぎる者に落とすという罠だったが、中身が使えそうだったので、腰の帯につけることにした。もしも襲われた時に使えるようにと持ち歩いていたのだが、正解だった。
罠の中身は強力な睡眠作用のある薬で、とある草の根と種、獣からとった毒を混ぜている。それから唐辛子のような刺激のある実を粉にして、おもり代わりの小石と一緒に食虫植物のような袋状の葉に入れた。咳き込めばさらに睡眠薬を吸い込むという仕掛けだ。
口を閉めて帯にぶら下げて、簡単に取れるようにしていたが、こんなに簡単にいくとは思わなかった。
さすが、使徒の持ってきた本に載っているだけある。
それにしても、
「なんなの、こいつら」
森の中でも強盗がいるのか、もしくは、家に入ってきた強盗かもしれない。後ろから付けられていたのだろうか。
明らかにごろつきの容貌で、いかにもな顔をしているので間違いないだろう。近くによると、ぷんと臭う。お風呂に入る習慣はないのか、生ゴミのような臭さだ。
放っておくのも怖い、ツタで木にくくりつけて、村の自警団に相談するか。あまり触りたくないが、放置もしたくない。
そう思って座り込んだ瞬間、リリが再び立ち上がった。
背後に、剣を振りかざす男がいる。
しまったと思う暇もない。銀の煌めきが振り下ろされ、咄嗟に目を瞑ったその時、頭の上のリリが大きくなったような気がした。
「ぎゃああっ!!」
雄叫びを上げたのは男の方だ。ずんぐりむっくりの体を仰け反らせ地面に倒れると、顔を覆って転げ回る。
リリが男を踏みつけると、青い炎のようなものをまとって男の顔を青の炎で包んでしまう。男は悶え、泣き叫び、そうして、身動きをやめた。
「り、リリちゃん?」
リリのサイズが大きくなっている。手のひらサイズのひよこのようだったのに、今はカラスよりも大きい。顔はフクロウのようだが、羽が伸びて、長い尾が地面に触れた。そうして飛び上がると、小さくなって再び玲那の頭に戻ってくる。
頭の上ではもう小さいひよこのサイズだ。ピ。ピ。と鳴いて、玲那の頭に座り込む。
鳥ではなく、精霊のようなものと言っている意味がやっとわかった。
リリは不審な者たちの気配を感じ、周囲を警戒していたのだろう。玲那が対処できる場合は動かなかったが、危険が差し迫った時、リリは容赦なく相手を攻撃する。
ただ、男の顔は焼けこげていたわけでもなく、無残な状態になっているわけでもない。炎が見えたのだが、幻像だったのだろうか。男は顔が焼けただれたとでも思ったか、気を失っている。胸が動いているので、生きているのは間違いない。
「とにかく、動けないようにしよう」
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