40−2 罠作り
「前に神官様に依頼したことは知っていたんです。隠れて来てもらったのでしょう。それが領主や他の貴族たちに気づかれたら、その神官様も助けてくれないかもしれない。だから、ハロウズ夫人は誰にも気付かれないように、その神官様に来てもらったんです。だから、その人に診てもらえないかと」
「それで、受けてもらえそうなんですか?」
「その神官様は、とても高位らしく、簡単にはいかないと」
アルフは肩を落とした。秘密裏に来てはくれるだろうが、あまりに高位の神官なので、声を掛けるのも難しいのだと聞かされて、どうにもならないことを感じたそうだ。
それでも、玲那に失礼なことを口にした件について、謝りに来てくれたらしい。
「あと、金額の話をまったくしていなくて。義姉に怒られました。気が動転していて、そんなことまで忘れてたなんて、恥ずかしくて」
「いえ、私も、お代のことは失念していたので。そもそも、お代をもらって良いのかと」
「当然ですよ。俺が頼んだんですから!」
力説してくれるが、金額の相場がわからない。職人ではないのだから。そういうと、アルフは腰に巻いた使い込んだ革のカバンから、木の板とペンケースを取り出した。ペンケースは木の皮でできており、ペンは木炭だ。その木炭で板に文字を書く。
「これでいかがですか」
翻訳は、十二ドレ。になっている。布の値段がいくらかわからない。ただ手織り機が三十二ドレだったので、そのくらいかなとも思う。その値段に頷いて、進行具合を伝えると、アルフはオレンジ色の目を瞬かせた。
「もうここまで編んだんですか!? え、家直してるって聞きましたけど!?」
「家は、扉とかは直してもらったので、あとは自分で板を張って」
「窓もすごいですね。じゃあ、あの罠も自分で?」
周囲を見回しながら、アルフは家の中を眺めはじめた。気になるものがあったのか、足を踏み入れようとして、すぐにその足を止める。
「あの、もしかして、履き物を替えてるんですか?」
アルフは靴箱に気付いたようだ。玄関の隣に、木の靴、草履が置いてある。玲那の足元を見つめてそれらと見比べた。玲那は部屋靴として、スリッパ型に作った革靴を履いていた。これはリトリトの皮を使い、作ってみたものだ。足裏に板が入っていないので、かなり柔らかく、外に履いていけないため部屋用にしている。
「外と家で同じ靴を履くのに慣れてなくて。部屋履きです」
「もしかして、自分で作ったんですか?」
「適当ですけどね」
アルフは靴を脱いでそこに置くと、靴下のまま家に入ってきた。他の人は気にせず入ってくるので、気にしなくてもいいのだが。
さすがにお客様に靴を脱げとは言いにくい。こちらでは脱ぐ習慣がないのだから。
「なんだか、不思議なものがたくさんあります」
「そうですか? なんかあるかな。それは、手織り機です。今部品が壊れていて使えなくて。それは、ハンド、お野菜とか断裁するやつです」
物珍しそうにハンドチョッパーを手に取る。ぐるぐる回してみてもよくわからないようなので、藁を入れて試してやると、ものすごい勢いで回しはじめた。
「うわ。なんです、これ! まさか、これも作ったんですか!?」
「材木屋さんと、刃物屋さんに頼んで作ってもらいました」
「こ、これ、登録は?」
「してないです」
「なんで! もったいない!」
ここでも言われた。もったいない。もうここは、自分は他国の人間で、登録すると追い出されるかもしれないとか、適当なことを言いたい。
「私は職人じゃないので、登録料出せませんから」
「あ、そ、そうですよね。そうか、店が出せないとそうなるのか」
納得いただけたようで、安心する。お金は出せるが、それは黙っておこう。
今後、出費ばかり続けば働く必要は出てくる。しかし、登録をしてお金を稼ぐのは、できるだけ避けたいのだ。
商品を作っても、登録せずにお金を稼げる方法が得られればいいのだが。オーダーをやるほど、余裕もない。一点物を作って売るくらいならできるのだが。
コルセットを売るのは今回が初めてになる。これが初回となれば、次にもし頼まれて作ることになった場合、連続して売ることになるため、登録が必要になるのだろう。
黙って作ったとしても、気付かれるだろうか。
小さな町だ。同じものがいくつもあれば、気付かれるか。
こちらのルールを無視しようかと考えが浮かんだが、妙な真似をして捕まりたくない。次はお金なしで作るか、物々交換で作るしかない。また依頼されるかはわからないが。
「俺も、頑張ろう。レナさん。できあがったら教えてください。そうだな。町に来る予定はありますか? その、この間も仕事に関係なく出かけたんで、実は親方に怒られていて」
「大丈夫ですよ。お仕事先にお届けします」
「すみません! その時にお支払いするので。店は、簡単な地図を」
アルフは大きめの木札に地図を描き、ここに持ってきてほしいと手渡してきた。地図を見てわかる場所だったので、了承する。
「俺も頑張って新しい物を作らないと! じゃあ、お気を付けて!!」
なんだか職人魂に火を付けてしまったようだ。飛び出していくアルフを見送って、罠を元に戻す。三つの罠に引っかかったようで、鳴子のツルが緩んでいた。やはり、門扉にベルでも付けた方が良いだろう。
「叩く板みたいなの置こうかな。これを叩いてくださいって書いて」
文字の本は使徒に頼むとして。そういえば、と頭の上を思い出す。
「リリちゃん、いますかー。いるね。頭の上にいても、気付いてなかったな。フェルナンさん言ってた、相手には見えないの、本当なんだ」
リリが、ピピ、と鳴く。危険があれば、助けてくれる。それだけで安心感がある。リリがどう助けてくれるのかわからないが、フェルナンの言うことならば、素直に信じることができた。
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